2009年2月 8日 (日)

ベルリン放送交響楽団演奏会

 2月7日、岩国駅近くにあるシンフォニア岩国で開催されたベルリン放送交響楽団の演奏会を聴く。指揮は、このオーケストラの音楽監督を務めるマレク・ヤノフスキ。この組み合わせ、今から4年ほど前にベルリンのフィルハーモニーで聴いたことがある。そのときはR・シュトラウスのアルプス交響曲で、フィルハーモニーの舞台を埋め尽くす大編成のオーケストラが見事なアンサンブルを聴かせてくれたのだった。その記憶もあって楽しみに出かけた。
 プログラムはすべてベートーヴェンの中期作品で、最初に演奏されたのは「エグモント」序曲。ヤノフスキは、最近しばしば見られるように、ピリオド楽器での演奏を意識して弦楽器の人数を減らしたり、ピリオド楽器の奏法を取り入れたりはしない。フル編成のオーケストラをしっかりと鳴らしきる。それがむしろ小気味よいくらいだった。序奏部での弦楽器のユニゾンは、各セクションの緊密なアンサンブルと相まって、風圧が伝わってくるような響きで、そう、このような響きを聴きたかったのだ、と思ったくらい。とはいえ、緻密な構成力に定評のあるヤノフスキのこと、けっして豪放さを強調する方向へ走ることはない。バスがどっしりと座ったピラミッド型の音響をベースに、ダイナミクスの違いをきちんと描き分けていたのが印象的だった。そのバスが肺腑をえぐるようにクレッシェンドを主導するのが、この作品にはとくにふさわしく、主部のクライマックスの悲劇性をより深いものにしていたように思う。内声部のリズムの躍動感も素晴らしく、それが音楽に推進力を与えるとともに、壮麗なコーダをより感動的なものにしていたのではないだろうか。一曲目からして聴き応え充分であった。
 次にヴァイオリン協奏曲が演奏されたが、独奏を担当した樫本大進は、第二楽章まではとても小さく見えた。第一楽章では、オーケストラの響きの深さに、樫本の表現が拮抗しえていなかったように見える。独奏が登場する最初の上昇音型のパッセージからして、高音が今ひとつ輝かない。オーケストラがトゥッティで演奏するなかで弾くときなど、自分の音を引き立たせようとすればするほど、表現が縮こまってしまったように見える。細部に工夫の跡が見られるだけに惜しまれる。ようやくカデンツァに入って、解き放たれたかのように、伸びやかな音で素晴らしい技量を聴かせてくれた。第二楽章以降は、オーケストラの響き自体が少し薄くなることもあって、樫本の音は輝かしさを増したように思う。とくにフィナーレは、全体として感興と躍動感に満ちた演奏に仕上がっていた。ただ、緩徐楽章での樫本の表現はいささか表面的に流れた感があり、伴奏のオーソドックスなアプローチと対比して少しちぐはぐな印象を受けた。もしかするとそのあたりが、第一楽章で「小さく」なってしまった要因かもしれない。
 さて、休憩後に演奏されたのは第5交響曲。全体として、フォルテとフォルティッシモの音量を明確に区別しながら、引き締まった響きとテンポで全体を運んでいたが、実際に聴いているあいだは、そのような演奏として対象化されている印象はまったく受けない。あの単純な動機を積み重ねることで構成された音楽に自然に身を委せ、リズムの躍動を肌で感じ、それがクライマックスへ突き進むのに胸を熱くすることができた。そのように音楽そのものが伝わるのは、ヤノフスキとベルリン放送交響楽団の楽員が、このあまりにも知られた作品の内実を共有しているからだろう。両者は特別なことは何ひとつしていない。ただ、書かれている音をこの両者なりに音にしきっているだけである。そのことが、音楽そのものの構成によって生そのものの力強さと一体となったベートーヴェンの音楽として、聴衆の心を動かしうることを、あらためて実感させられた。とりわけ、内声部でリズムを刻む一音一音もおろそかにすることなく弾ききって音楽に献身する姿には心打たれる。また、全曲を通してファゴットが素晴らしい演奏を聴かせてくれた。これを含めたバスの声部が、一歩一歩大地を踏みしめながらクライマックスへとひた走る音楽の推進力とリズムの躍動感を支えていたことはいうまでもない。これほど堅固でありながら、音楽の喜びに満ちたベートーヴェンが聴けることは、めったにあることではないだろう。
 アンコールには、第8交響曲の第2楽章が演奏された。こちらは、先の曲よりも解き放たれた感じで、楽員たちもいっそう伸び伸びと演奏していたように見える。感興に満ちた素晴らしい演奏だった。
 これほどのベートーヴェンが聴けるのに、聴衆が少なかった(前二列くらいごっそり空いていた)のは非常に惜しまれる。また、この会場に海外のオーケストラが来るのは4年半ぶりとのこと。ホールの響きはそう悪くないだけに、これも寂しい気がしてならない。
 

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2008年5月30日 (金)

広島Van弦楽四重奏団第3回演奏会を聴いて

 広島交響楽団の弦楽器奏者で構成される広島Van弦楽四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏シリーズは、今最も楽しみにしている演奏会の一つである。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲が16曲すべて演奏されること自体、きわめて稀なことであるうえ、その実演に接するなかでこそ、作曲家が弦楽四重奏曲という非常に抽象度の高い形式に込めた深い思索を、あるいは情熱やユーモアを、肌で感じることができるのだから。そして、回を追うごとにアンサンブルが成熟していくのに立ち会える喜びも、このシリーズならではのものであろう。
 去る5月18日に行なわれた第3回演奏会では、第4番(ハ短調作品18の4)と第13番(変ロ長調作品130)の二曲が取り上げられたが、とくに後者の変ロ長調の四重奏曲の演奏からは、アンサンブルの成熟が一つの充実した音楽に結実しているのを聴き取ることができた。アレグロの楽章では、後期作品の厳格な形式性を保ちながらリズムが躍動し、緩徐楽章では、豊かな響きのなかに深々とした歌が浮かび上がる。この第13番の演奏によって、四重奏団のベートーヴェンの作品へのアプローチも明確になったのではないだろうか。奇を衒うことなく、ひとつひとつの音をしっかりと響かせることによって、音楽そのものに語らせようとするアプローチ。それによってこそ、ベートーヴェンが弦楽四重奏のために書いた最も美しい楽章と言われるカヴァティーナが深沈と響くし、晩年の彼独特のほろ苦いユーモアも、皮相に流れることがない。
 情熱をもって各フレーズを明確に描き取っていく鄭英徳のヴァイオリンがひときわ印象に残るが、それを支える各声部の充実ぶりにも目を見張らされる。もう一歩踏み込んだ表現を求めたい箇所もないではなかったが、これほど完成度の高いベートーヴェン後期の弦楽四重奏曲の演奏に接することができたことを、まずは率直に喜びたい。また、広響の忙しいスケジュールの合間を縫って、ベートーヴェンの作品に真摯に取り組む四人に、心からの敬意を表したい。弦楽四重奏を志す者が一度は登ってみたいと思う険しく聳え立つ山の頂を、手を携えて目指す四人を応援しながら、16曲の弦楽四重奏曲を聴き通す歩みをこれからも続けようと考えている。

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2006年7月22日 (土)

「パウル・クレー──創造の物語」展

 祝日の月曜のことだが、佐倉の川村記念美術館で開催されていた「パウル・クレー──創造の物語」展を訪れた。「日本におけるドイツ年」の一環として開催されたこの展覧会は、デュッセルドルフのノルトライン=ヴェストファーレン美術館、ハノーファーのシュプレンゲル美術館、そしてヴッパータールのフォン・デア・ハイト美術館というドイツ北西部の3つの美術館のクレーのコレクションに、日本国内にあるクレーの作品を加えて展示するもの。クレーの故国スイスに並ぶとされるこれら3つの美術館の充実したコレクションを中心に構成されたこの展覧会は、最初期の風刺的なエッチングから、最晩年の、まったく無駄のない画面構成のなかに暖かな静謐さを感じさせる作品まで網羅することによって、画家としてのクレーの仕事を一望させるばかりでなく、5つのテーマのもとに作品を配することによって、クレーの創造の核心にあるものへも迫ろうとしていた。
 「光の絵」と題された第1部は、1910年代までの初期の作品によって、クレーがモノクロームの世界を脱して、光に満ちた世界を色彩的に構成し始めるに至るまでの作風の変遷を描き出していた。それが示すのは、神の世界創造の原理でもある光を、クレーが最初期から追求していることである。風刺的なエッチングに取り組んでいた若きクレーは、黒の描線によって地上の現実を照らし出す光を画面にもたらそうとしていたのだ。その光は、苦い鋭さを放ちながら、人間社会の矛盾を歪んだ寓意像のかたちで抉り出す。世俗の王冠を前に身をかがめる一方で、他人を前にしてはみずからの優位を主張するといった人間の醜悪さをアイロニーとともに浮かびあがらせるクレーの「作品1」の版画集「インヴェンション」は、ゴヤの「ロス・カプリチョス」と比べて見たらどのように映るだろうか。
 そのように苦渋に満ちたまなざしと鋭い黒の描線をもって人間社会の矛盾を照らし出す光を追い求めていたクレーは、1910年代には、光に満ちた世界を、水彩で色彩豊かに、かつ抽象的に構築し始める。ロベール・ドローネーの作風に触れたこと、そしてよく知られているチュニジアでの光の啓示は、人間社会の深奥へ突き入っていたクレーのまなざしを、豊かな光彩と広がりをもった世界へ向けて開いていったようだ。そしてクレーは、線描画家から、そのような世界を画面のうちに色彩をもって再創造する画家に変貌することを決意したのかもしれない。神が世界を創造する光の強烈な放射を、力強い線の動きと一体となった色彩によって描き出そうとする「はじめに光ありき」は、そのマニフェストのようにも見える。
 「自然と抽象」と題された第2部は、クレーにおける経験的な自然の観察と抽象的な画面構成の緊密な関係に焦点を絞るものであった。経験的な世界の要素の幾何学的なものへの抽象ではなく、世界を経験的なものとして成り立たせている世界そのものの躍動を画面上に構成し、可視化するクレーの抽象は、絵画空間のなかに時間的な動きをもたらすにちがいない。クレーの絵に音楽があるのは、一面ではそれが時間を絵にしているからではないだろうか。
 この音楽を一枚の譜面にも見えるようなかたちに構成しているように見えるのが、「駱駝(リズミカルな樹々の風景のなかの)」である。赤を基調とする柔らかで暖かな色彩のなかに駱駝のようで駱駝に見えない動物の姿が溶け込んでゆくなかから、いくつもの声部と拍子をもった音楽を鳴り響かせようとしているかのようだ。また、これも赤を基調とした絵であるが、「バラの庭」においては、ひとつひとつの形態の動きと画面全体の色彩の諧調が見事に結びついていよう。そこでは、石積みの建築物の石の隙間から力強く花を咲かせ、光を放射するようなバラの花が、暖かな光によって照らし出された石の建築物によって覆われた風景に動きを与えている。バラが一輪また一輪と咲くなかで、石の階梯が色の諧調をなしているのである。
 クレーは、このように音楽を聴き出すようにして自然の生命へまなざしを注ぎながらも、同時代の社会的現実からけっしてまなざしを逸らしてはいない。第一次世界大戦による物心両面での破壊の悲惨さを一つの風景に凝縮させたかのような「破壊された街」は、このことを証し立てるものだろう。蝋燭の希望の灯が消えてしまった世界を、真っ赤な太陽がじりじりと照らし、廃墟を剥き出しにするさまを描くこの絵は、慰めなき世界を凝視するクレー自身のまなざしも同時に描いているのかもしれない。これと好対照をなすのが、暖かな光で照らし出された空間のなかに古代ギリシアの円柱を思わせるような建築物の断片を配し、瓦礫から何かが少しずつ造り上げられようとしていることを感じさせる「再構築」だろうか。
 ところで、自然の形態と画面の構成とが見事に結びついた作品として、もう一枚「蛾の踊り」にも触れておきたい。虫とも鳥ともつかない形態を浮かびあがらせ、その羽根の動きを描き出す震える線の動きが、青を基調とする画面全体の色彩の配置と緊密に結びついている。中心に描かれた生き物の踊りが空間を響かせているかのようだ。
 第3部は「エネルギーの造形」と題して、自然の事物が内側から自己を生成させる生命の躍動を画面上に描き出すクレーの創造を作品によって照らし出そうとしている。この第3部では、2枚の対照的なモノクロームの絵に魅かれた。1枚は「螺旋状にねじれた花II」。画面の右上、右下、そして左下から伸びてくる線をたどってゆくと、闇のなかに密やかに咲く花の形態に行き着くが、その花を描き出す螺旋状の線は、別の花ともつながっている。暗闇のなかで静かに応えあう生命のいとなみを描き出すようでいて、画面全体は闇のなかへ沈み込みながら、見る者の心を静め、沈思へと誘う。この闇のなかに沈潜してこそ、自然の生命に耳が開かれるのかもしれない。
 もう1枚のモノクロームの絵とは、死の前年に描かれた「シュユップ」という奇妙な画題をもった作品。魚類や爬虫類の鱗を思わせる形態が画面を覆い、嵐のように渦巻いている。その荒々しい動きは、「皮膚硬化症」と診断されたクレー自身の身体に現われた病魔の動きから見て取られたものであるという。病に苦しみながらも、自分自身の身体を蝕んでゆく自然の動きと対峙し、それを描き取ろうとする画家としてのクレーの姿が、その苦悩とともに伝わってくる作品。
 「イメージの遊び場」と題された第4部に配された作品はどれも、震動しながら既成のさまざまな境界線を揺り動かし、空間のなかに「遊び場」を開くクレーの線の魅力を発揮している。見ていて笑みを浮かべずにいられないような作品が多い。「窓辺のマリオネット」という作品に描き出されているのは、E・T・A・ホフマンの「砂男」に登場する窓辺の自動人形のようだ。柔らかな紫を基調とする色彩の諧調に包まれるなか、人形が涙を流し始めているようにも見える。「赤い鳥の物語」においては、線の動きがさまざまな生き物の形態への想像をかき立てる。画面の右上に描かれた赤い鳥(のような生き物)は、これからどのような生き物と出会うのだろう。鯨だろうか。それとも自分の何倍も大きな鳥だろうか。
 最後の第5部は、晩年のクレーの作品の画面を「物語る風景」として提示している。病魔に冒され、自由が利かなくなったクレーの手が、けっして直線的にではなく、緊張に満ちた震えを孕みつつ、行きつ戻りつしながら、あるいは線と線を縺れ合わせながら描く線。それは空間と時間を多層的に分節しながらイメージを産み出し、見る者に語りかけてくる。それは線が文字を思わせるようなかたちで空間を区切っているからかもしれない。そのような文字がイメージと、さらには画面全体の色彩の諧調と見事に結びついている作品として、「石板の花」を挙げておきたい。薄緑の石に刻まれたさまざまな記号が、花を咲かせるように、赤や青の色を帯びて浮かびあがる。しかし、記号をかたちづくる線そのものは、硬い石のなかへ沈み込んでゆくようにも見える。色と線の緊張。これが画面に独特の静けさをもたらしているのではないか。そして、静けさのなかで有機質の音と無機質の音が応えあっているかのようだ。
 そう、晩年のクレーの作品はどれも静けさによって貫かれている。ただし、その静けさは、冷えきった静けさではない。どこか暖かさを感じさせる静けさである。そして、その暖かさをもたらしているのは、時に生命あるものへの優しいまなざしであったり、時に醜悪な人間の生きざまをアイロニーを交えつつ受けとめようとするまなざしであったりするのだろう。とはいえそのまなざしも、自分自身へ向かうときには、厳しさを増しているように思われる。寓意的な自画像のように見える「忘れっぽい祝宴の席もはててから」の画面においては、晩年のクレーがしばしば手がけた天使像を思わせる形象が、自分自身へと沈潜している。そしてその姿は、寒色を基調とする硬質の静けさのうちに静止している。自分自身を厳しく見すえるクレーの透徹したまなざしを感じさせる作品である。
 最後に置かれていた死の年の「隣の家」は、クレーの現世への別れの挨拶のようにさえ見える。そこでは、隣の家へ遊びに行く子どもとなったクレーが、彼岸への扉を開こうとしているのではないか。落ち着いた緑と茶を基調としながら、微妙にちがった色を格子状のブロックに配することで、家々とその背景を構成する画面は、静かな暖かさに満ちている。クレーは、自分のこれまでの生きざまを受けとめながら、彼岸へ赴こうとしているのだろうか。
 このように、暖かな静けさによって貫かれているのは、もしかすると何も晩年の作品だけではないのかもしれない。振り返ってみると、今回の展覧会で見たクレーの絵のなかに、騒々しく自己主張したり、居丈高になったりするものは一枚もない。何よりもまず静けさによって貫かれているからこそ、クレーの画面は、何かを響かせ、語りかけてくるのではないだろうか。その無調の響きの源にある静けさ。それをもたらしているのは、クレーの透徹した耳をもった眼、生命の囁きを聴き取るまなざしであろう。それは彼の創造の核心をなすものの一つではないだろうか。今回訪れた「パウル・クレー──創造の物語」展は、初期から晩年までのクレーの優れた作品を数多く見せてくれるばかりでなく、このようなクレーの創造の核をなすものにまで思考をいざなう展覧会だったと言えよう(以上、http://homepage.mac.com/nob.kakigi/Paul_Klee_17072006.htmより抄録)。
 ちなみに川村記念美術館は現代美術の充実したコレクションを誇っていて、なかでもマーク・ロスコの作品は独立した部屋を設けて展示してある。底なしに深い黒や赤が塗りこめられた作品が立ち並ぶその部屋に足を踏み入れると、自分を吸い込むものが迫ってくるような感じがして眩暈をおぼえる。クレーの絵を見るのとはまったく対照的な経験であった。それ以外では、シャガールの大きな油絵も印象的。東京の中心からはかなり離れてはいるものの、何か展覧会があるごとに足を運ぶ価値のある美術館の一つである。

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2006年1月 2日 (月)

「モーツァルト・イヤー」の幕開けに

 昨晩と今晩、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の「ジルヴェスター・コンサート」とヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団の「ニューイヤー・コンサート」の両方を、衛星中継で最初から最後まで見てしまった。ほかに取りたてて見るべきものがないとはいえ、暇なことと言うべきか、物好きと言うべきか。
 今年がモーツァルト生誕250年の記念の年だということで、どちらの演奏会でもそれぞれ独自の趣向でモーツァルトの作品が取り上げられていたが、奇しくもと言うべきか、どちらの演奏会でも「フィガロの結婚」の序曲が演奏されていた。ベルリン・フィルの大晦日の演奏会は、日本の時間ではすでに年の明けた深夜に中継されたので、日本でそれを見ていた人にしてみれば、「モーツァルト・イヤー」はサイモン・ラトルの指揮するベルリン・フィルによるこの序曲の演奏をもって幕を開けたことになる。
 ラトルによる「フィガロ」の序曲の解釈は、どちらかというと遅めのテンポのなかで、ピリオド楽器による演奏を思わせる鋭いアクセントや楽譜に印刷されていないダイナミクスの変化を細かくつけて、モダン楽器によってモーツァルトの音楽に清新な息吹をもたらそうとするもの。リズムがきびきびと躍動しているので、遅めのテンポとはいえ音楽はけっして停滞しないし、第二主題も、茶目っ気を醸し出しつつエレガントに歌わせている。しかしながら、こうした委曲をつくした表現が上滑りしてしまっている感も否めない。演奏会の中ほどで取り上げられた「プラハ」交響曲の演奏を聴いたときにも思ったのだが、ラトルの解釈は、モーツァルトの書いた音楽に潜在するダイナミズムや魅力を発見させる箇所も多いのだが、同じように細かくダイナミクスやテンポに変化をつけるアーノンクールやヴェーグの解釈ほどには説得力を感じさせないのだ。オーケストラの編成が大き過ぎて、響きを引き締めきれなかったこともあるのかもしれない。ちなみに、エマニュエル・アックスを独奏に迎えた「ジュノーム」協奏曲の演奏では、凝った伴奏がピアノ独奏の平凡さを引き立てていた。
 これに対して、マリス・ヤンソンスが指揮するヴィーン・フィルによる「フィガロ」の序曲の演奏は、速めのテンポによる正攻法のもの。ヤンソンスは、しっかりと組み立てられた響きのなかでリズムを躍動させ、音楽を前へ前へと運んでゆく。そのように推進力に富んだ音楽の運びは、聴いていて爽快ではあるが、猪突猛進気味の感もなくはない。細かい表情は、ほぼ各奏者の自主性に任されているようで、そのため音楽の優美さは後退していた。ヤンソンスという指揮者は、誠実で質実剛健な音楽の組み立てのなかで躍動感と推進力に富んだ音楽の運びを示し、オーケストラを豪快に響かせるのは実に巧みだけれども、瀟洒なメロディを細やかに歌わせるのはあまり得意ではないのかもしれない。ワルツよりポルカの多い選曲はそのせいかしらん。しかし、今回の「ニューイヤー・コンサート」の選曲が、忘れられていた曲と有名な曲を巧みに織りまぜた、聴き手を楽しませてくれる選曲だったのも確かである。とくにヨーゼフ・ランナーの「モーツァルト党」を聴けたのは嬉しかった。この曲、今年一年アンコール・ピースなどとして世界中でヒットするのではないだろうか。
 それにしても、ラトルとベルリン・フィルによる「フィガロ」の序曲の演奏にしても、ヤンソンスとヴィーン・フィルによる同じ曲の演奏にしても、らしからぬ乱れ(前者では冒頭に奏者の勘違いとおぼしき乱れが、後者では曲の終わりに指揮者の意図とオーケストラの意図のずれが聴かれた)があったのはどういうことだろう。今年一年の多難の予兆でなければよいのだけれども。この「モーツァルト・イヤー」はむしろ、ベルリン・フィルの演奏会で最後に取り上げられた「フィガロ」の最終場面の演奏においてひときわ強調されていた謝罪と赦しが人びとの新たな絆を築き、それがこれまでの苦難を乗り越える礎となる年になってほしいものである。

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2005年12月31日 (土)

2005年演奏会回顧など

 先ほど広島市内の映画館で久しぶりにゴダールの「勝手にしやがれ」を見た。スクリーンで見られるのはこれが最後とのこと。この映画の終わり近く、惹かれあいながらすれ違い続ける二人の心を一瞬通い合わせるかのように流れるのが、モーツァルトのクラリネット協奏曲。そう言えば来年はモーツァルト生誕250年の記念の年である。1年を通していやというくらいモーツァルトの作品を聴くことになるかもしれないが、それに新たな生命を吹き込む演奏に出会えるだろうか。
 さて、今年聴いた演奏会を、日本国内で聴いたものにかぎって振り返ってみると、最も大きな感銘を受けたのは、2月に京都コンサートホールで聴いた、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会。このコンビによる最後のツアーということになったが、それまで両者がいかに緊密な関係を築いてきたかを実感させてくれる、説得力あるブルックナーの第7交響曲の演奏を聴かせてくれた。木造りの教会建築の味わいをもった、暖かくてどっしりとしたゲヴァントハウス管弦楽団の響きのなかに、作品の造形を無理のない流れのなかに浮かびあがらせようとするブロムシュテットの解釈が浸透していたように思う。ドレスデン国立管弦楽団との録音(DENON)より雄大なスケールをもちながら、けっして清新さを失うことのない第7交響曲の演奏であった。
 4月にはアクロス福岡で、ブロムシュテットとゲヴァントハウス管弦楽団のコンビとはある意味で好対照をなす、ミシェル・プラッソン指揮のパリ管弦楽団の演奏に触れることができた。とりわけドビュッシーの「海」では、パッセージごとに細かく表情をつけたり、ひと区切りごとにわずかな間を置いたりといった細工が、波の自然なたゆたいやさざめきを感じさせることに見事に結びついていたように感じられる。プラッソンの言わば芸人としての巧みさと、パリ管弦楽団の柔軟さとが呼応しあうなかから、気品ある遊びを含んだ響きが聴こえてくるのに、文字どおり酔わされた。
 秋には、すでにこの欄でも紹介したように、まず9月に倉敷市民会館で、大野和士指揮のベルギー王立歌劇場管弦楽団の演奏会を聴くことができた。大野の最近の充実ぶりを感じさせる、堂に入ったラヴェルとマーラーが印象に残る。10月には、岡山シンフォニーホールでのリッカルド・ムーティ指揮のヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会も訪れた。引き締まったリズムが躍動するなかから、シューベルトならではの歌が広がってゆく。シューベルトの有名な2つの交響曲に若々しい情熱を吹き込むとともに、最近の両者の相性のよさも印象づける演奏であった。
 広島で聴いた演奏会のなかでは、7月の被爆60年を記念した「未来への追憶」と10月のオペラルネッサンス公演が忘れがたい。前者では、細川俊夫の「ヒロシマ、声なき声」が圧倒的な印象を残した。被爆の凄惨さが新たな音楽言語をもって、言わば内側から抉り出された後に、平和への祈りが自然の静けさと溶けあってゆく。後者では、プッチーニの「三部作」のうち、「修道女アンジェリカ」と「ジャンニ・スキッキ」が取り上げられたが、人間の生をその全幅にわたって舞台上にすくい上げようとする演出と、歌手たちの力演が一体となっていた。いずれも、なぜ今広島でこの作品なのか、という問いに真摯に向きあうなかからつくり出された演奏会だったし、何よりもそのことが成功につながっていたと考えられる。
 モーツァルト生誕250年の年には、まずは、なぜ今モーツァルトのこの作品なのか、という問いに対する何らかの答えを含んだ演奏を聴いてみたい。そうした演奏であってこそ、モーツァルトの音楽に新たな生命を吹き込むことができるのではないだろうか。

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2005年12月22日 (木)

音楽書二題:ベルリン歌劇場史とショスタコーヴィチの評伝

 最近読んでみて面白かった音楽書を2冊紹介しておきたい。1冊は、菅原透の『ベルリン三大歌劇場──激動の公演史』で、もう1冊は、ローレル・E・ファーイの『ショスタコーヴィチ──ある生涯』(藤岡啓介/佐々木千恵訳)。どちらも、アルファベータという音楽書を中心に重要な文献をいくつも世に送り出している出版社の「叢書・20世紀の芸術と文学」シリーズの中の1冊である。2冊ともかなりの大部で(とくにファーイの『ショスタコーヴィチ』は、本文が2段組みで350ページ以上ある)読むのに骨が折れたが、その労に見合う読みごたえがあったのも確かである。
 現在ベルリンでは、ウンター・デン・リンデンの州立歌劇場、ドイツ・オペラ、コーミッシェ・オーパーという三つの歌劇場が競い合っているが、菅原透の『ベルリン三大歌劇場』は、ドイツ・オペラの前身である市立オペラ、もしくは今は失われた、コーミッシェ・オーパーのモデルとなった二つの歌劇場、当初王立だったリンデン・オーパー、そして今はその伝説だけが残っているクロル・オーパーの、それらが第二次世界大戦末期の空襲で焼失するまでに至るおもに20世紀の激動の公演史を、詳細に、また生き生きと描き出した好著である。やや歴史小説風の語り口には好みが分かれようが、舞台上でどのような公演が繰り広げられ、またその裏でどのような綱引きがあったのか、実に小気味よく描かれている。1929年頃にベルリンのイタリア大使館で撮影されたとされる、ブルーノ・ヴァルター、アルトゥーロ・トスカニーニ、エーリヒ・クライバー、オットー・クレンペラー、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーという5人の、今となっては伝説的な指揮者が顔を揃えた写真があるが、当時ベルリンでこの5人が、リンデン・オーパーで、市立オペラで、クロル・オーパーで、あるいは一大ブームを巻き起こしたイタリアからの客演者として、実際にどのように活躍していたのかが、膨大な資料を駆使してドラマティックに浮かびあがっているし、またその裏でリヒャルト・シュトラウスが、作曲家として、また指揮者として、いかに巧みに立ち回っていたのかも細かく記されている。当時の公演プログラムやポスターの図版、そして舞台写真を交えながら、これらの指揮者と協働した演出家や舞台美術家の演出のありようが、生き生きと描かれているし、今やそのほとんどが忘れ去れてしまった戦前の重要な歌手たちの活躍ぶりが、写真を交えて描かれているのも、資料として実に貴重である。とはいえ何よりも興味深かったのは、斬新な舞台で当時賛否両論の渦を巻き起こし、アドルノも擁護の評を寄せた「フィデリオ」の公演で知られる、クロル・オーパーの公演史である。今は跡形もないが、1920年代の終わりには、当時の新しい芸術運動の一大拠点であったこの歌劇場の苦難の歴史が、当時その音楽監督だったクレンペラーの活躍を中心に詳細に描き出されているのに、初めて触れることができた。その歴史は、新しい芸術運動を発信する媒体としてオペラを考えようとするとき、つねに参照されなければならないはずである。
 ところで、2006年に生誕100年を迎えることになる作曲家ショスタコーヴィチの新しい評伝、ファーイの『ある生涯』は、同時代人の自伝や手記、語録、書簡など、集められるだけの資料を駆使して、多角的な視点からショスタコーヴィチの生涯の各局面をつぶさに描き出している。それによってファーイの評伝は、たとえばソロモン・ヴォルコフの『証言』が浮かびあがらせるように「反ソヴィエト的」であるとかいった、強いイデオロギー的色彩をもったショスタコーヴィチ像が突出させるのを避けることができているばかりでなく、彼がソヴィエト政権時代を生き抜くことを可能にした、彼の多面性をまんべんなく浮かびあがらせることにも成功している。また、彼がムラヴィンスキー、オイストラフ、ロストロポーヴィチといった音楽家たちとどのように交わり、作品の初演を準備したか、あるいは第4交響曲の場合のように、初演を取り下げたか、といったことが細かく描かれているのも興味深い。今挙げた第4交響曲が代表するように、ショスタコーヴィチは、一面で交響曲をはじめとする既成のジャンルを限界にまで追いつめるアヴァンギャルドであり続けようとした。しかし、同時に他面では、けっしてそうしたジャンルも、それをメロディによって構成することも、けっして放棄しなかったし、十二音技法にも反対し続けた。そうしたショスタコーヴィチ自身の両面が、1930年代と40年代に訪れた危機が代表するように、彼をソヴィエト政権と衝突させたし、政権の求める作品を書いてこれらの危機を切り抜けることも可能にしたのだ。そのように、彼が二枚舌であったが、それでも同時に一枚舌でもあり続けたことを、ファーイは、同時代人にも証言させながら、多角的にかつ一本筋の通った仕方で描き出している。そのことがこの評伝に、ずしりとした読みごたえをもたらしているのだろう。もちろんそこに時代の重いドキュメントが詰まっていることも間違いない。
 さて、ここに紹介した2冊の音楽書、巻末の資料も実に充実している。菅原透の『ベルリン三大歌劇場』には、クロル・オーパー、市立オペラ、リンデン・オーパーの詳細な公演記録が収められているし、ファーイの『ある生涯』(ただし改訂新版のみ)には、評伝に登場した人物を紹介した人名事典が収められている。これらの資料にも、これからたびたび教えられることがあるにちがいない。

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2005年12月 3日 (土)

スークとフィルクシュニーの「プラハの春」ライヴ

 最近入手したディスクのなかでとくに気に入ったものの一つとして紹介しておきたいのが、1992年の「プラハの春」音楽祭におけるヨゼフ・スークとルドルフ・フィルクシュニーのリサイタルのライヴ録音のディスク(Supraphon SU 3857-2)。どういうわけか、13年後の今になってようやく発売された。知名度の差だろうか。すぐに国内盤も出たクーベリックが指揮する「わが祖国」や「新世界」交響曲の演奏とは大違いである。ともあれ、好んで聴く曲ばかりが収められているし、そうした曲をスークとフィルクシュニーのコンビがどのように演奏しているのか興味があったので購入してみたのだが、これが素晴らしい。
 全体としてオン・マイクの録音のなかに、ヴァイオリンのスークの息づかいが鮮明に聴こえてくる。それがライヴ独特の張りつめた空気のなか、音楽の生動と一体となっているかのようなのだ。そのような息づかいのなかで、スークは絹布にたとえられる美音と、少し土臭い厳しさの両方を聴かせてくれる。それを支えるフィルクシュニーのピアノは、厳しいなかにも温かさと気品をけっして失うことがない。
 最初に演奏されているドヴォジャークのソナチネにおいては、土いきれの香りも帯びながら決然とした、あるいは子守歌のような優しさに満ちた歌が魅力的であるが、それはけっして歌うことに溺れることはない。フィルクシュニーが要所要所に、楔を打ち込むよう音楽の構成を浮かびあがらせるようなタッチを示すことによって、歌は引き締まり、他ではありえないと思わせるような説得力を示すようになるのだ。他方で彼のピアノは、第二楽章の中間部で、この作品が歌劇「ルサルカ」と同時期に作曲されたことを思い起こさせるような神秘的な優しさも示している。そして、フィナーレにおける二人の演奏の緊迫感は、これまで聴いてきたヴォルフガング・シュナイダーハンとヴァルター・クリーンの演奏が少し色あせて見えるほどだ。
 この後に収録されているヤナーチェクのソナチネの演奏は、厳しい起筆とともに始まる最初の楽章からして、音楽への共感を迸らせている。ヤナーチェクの音楽は語るように歌われなければならないメロディに充ち満ちているのだが、これほど説得力のある語りを聴かせる演奏家がこの二人以外にいるだろうか。その語りを中断させるかのように作曲家が差し挟んだパッセージの表現も、仮借ない厳しさを示している。それでも音楽が温かさを失わないのも、この二人ならではのことかもしれない。
 おそらく休憩後の最初に演奏されたと思われるブラームスの第3番のソナタは、骨太で燻し銀のような輝きをもった音色で、すべてのパッセージが脈打っているかのように演奏されている。どのモティーフを取ってみても、しっかりと歌い抜かれているのだ。それでいて、各楽章の、あるいはその楽節ごとのどこか古典的な骨組みはけっして揺らぐことがない。そのような気品に満ちた演奏を、今聴くことができるだろうか。
 最後に収められているのは、ベートーヴェンの最後のヴァイオリン・ソナタ。この作品の演奏は、包み込むような優しさと、熱気あふれる高揚との両方を呈している。さすがに第三楽章のスケルツォあたりから指がもつれ気味なところも散見されるが、ぐいぐいと音楽が進められてゆくなかから温かい歌も聴こえてくるのだ。前半の二つの楽章の滋味豊かな、何か熱いものが胸のなかにじわっと広がってくるような表現は、ハスキルとグリュミオーの演奏などとはまた違った魅力を示していよう。全体の演奏様式も、今挙げたコンビよりベートーヴェンにふさわしいものに聴こえる。
 音楽と一体となった息づかいをもって、現実の生に根ざした熱さをもった歌を迸らせながら、けっして様式を崩すことのない、1992年の「プラハの春」におけるスークとフィルクシュニーの演奏、それは演奏家の気骨と気品の両方をまざまざと示すものと言えるかもしれない。今となっては貴重な記録、と言わざるをえないところが少し寂しいところである。フィルクシュニーは、この演奏の2年後、鬼籍に入ってしまった。

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2005年10月21日 (金)

「起源にあるものの共鳴」──ピレシュ&カストロのシューベルト

 今最も注目しているピアニストの一人にマリア・ジョアン・ピレシュ(現在は「ピリス」という表記のほうが一般的になったようだ)がいる。澄みきった音で天衣無縫に駆け抜けながら、あるいはゆったりとしたフレーズを慈しむように歌いながら、極限的にまで突きつめられた、裏返すなら音楽的な必然性に漲る音楽を聴かせてくれる彼女のピアニズムに、かれこれ15年近く惹かれているところである。
 というわけで、もう4年前の倉敷でのリサイタル(そのときのシューベルトの最後のソナタの演奏は凄かった)をはじめ、日本国内でのリサイタルは、ここ10年くらい来日ごとに一度は欠かさず(と言っても数えるほどだけれども)聴いているし、新しいアルバムもほぼ欠かさず購入しているのだが、今年の初めに出た彼女の2年ぶりの新しいアルバムを手にしたのは、ようやく先日のことである。おそらくドイツ滞在中にCDショップで一度見かけたのだけれども、荷物が増えるし割高だから、と敬遠し、そのままになってしまったのだと思う。
 さて、そのピレシュの新しいアルバムは、ブラジル出身のピアニストであるリカルド・カストロとの共演によるシューベルトの連弾のための作品を中心にしたシューベルトばかりのアルバムとなっている(Deutsche Grammophon: 00289 477 5233)。曲目の中心になるのは、やはりシューベルト晩年の傑作、連弾のためのヘ短調の幻想曲(D. 940)。それ以外に連弾曲としては、イ長調のロンド(D. 951)と「人生の嵐」という標題の付いた作品(D. 947)が収録されている。それ以外に、ピレシュの弾いたイ長調(第13番:D. 664)のソナタに、カストロの弾いたイ短調(第14番:D. 784)のソナタ。どういうわけか幻想曲以外はどれもイ調の曲である。
 幻想曲の演奏は、楽節ごとにしっかりと間を取りながら、それでいて間然とすることなく、作品の世界の奥行きと連弾の親密さの両方を表現しきった、見事なものである。ピレシュはこの作品を18年ほど前にフセイン・セルメットと組んで録音している(Erato: ECD75469)が、そのときの演奏に比べると、今回の演奏は表現の角が取れ、親密さが際立たせている感じがする。とはいえ微温的になることはなく、落ち着いた、フレーズのフォルムを感じさせる表現によって音楽の奥行きを呈示し、ときに聴き手に深淵を突きつけるのである。ピレシュとカストロの音色も調和している。そうであってこそこの曲にあふれる歌が生きてくるのだ。幻想曲とほぼ同じ規模をもつ「人生の嵐」の演奏は、幻想曲のそれより人懐こいものに仕上がっていて、ところどころ遊びも感じさせるが、それは作品そのものが、幻想曲ほど緊密な構成をもっていないからかもしれない。ロンドの演奏は、最初の一音からして聴き手をシューベルトの歌の世界へ引き込む魅力を放っている。
 イ長調のソナタにおけるピレシュの音楽は、たとえば後期のソナタを彼女が弾くときよりはずっと優しい顔をしている。シューベルトのピアノ・ソナタのなかで最もインティメートな歌に満ちたこの魅力的な作品を、ピレシュは慈しむように、またところどころに彼女らしい閃きをちりばめながら弾いている。先に彼女の音楽は、非常に研ぎ澄まされたものだと述べたけれども、ここでの彼女の演奏は、表現の冴えよりも落ち着いた優しさのほうを際立たせているようだ。むろん、それによって音楽の透明度が落ちるわけではけっしてない。
 イ短調のソナタにおけるカストロの演奏にも好感をもった。終楽章にこそ少し生硬さがあるものの、全体的に落ち着いた歩みのなかでひとつひとつの音を音楽的な必然性をもって聴かせるアプローチは、音楽が沈みがちなこの作品にふさわしいし、また彼の音楽性の懐の深さも感じさせる。けっして悲しみを振りかざすことのない、奥行きの豊かな演奏である。カストロは、1993年のリーズ国際コンクールの優勝者とのこと。
 さて、ここ最近の(と言っても2年くらいに1つしか出ないのだけれども)ピレシュのアルバム同様、ジャケットも凝った造りになっている。今回購入した輸入盤は、紙のジャケットで、表にはピレシュとカストロのモノクロームの写真が載っているが、そこには「起源にあるものの共鳴 (Résonance de l'Originaire) 」というアルバムのタイトルが記され、ライナー・ノートには、同じ表題の、ルイーズ・バービー=コセという精神分析学者の文章が、数枚の写真とともに収められている。共鳴する空間のなかで音楽家はみずからの根源的な傷つきやすさを経験するという観点から、精神分析的にシューベルトの連弾へのこだわりを含んだ作曲活動を解き明かそうとするもの、と言えようか。
 落ち着いた美しさに満ちた演奏によってシューベルトの魅力を凝縮した、魅力的なアルバムである。

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2005年10月11日 (火)

岡山におけるヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会

 10月8日、妻と岡山へヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴きに行く。昼過ぎに岡山の街に入り、まずはNTTの裏にある手打ち蕎麦の店「峠」にて腹ごしらえ。久しぶりに江戸の更級を堪能した。ナメコおろしと山菜とろろに天ぷらが一度に楽しめる冷たいそばを試したが、蕎麦の腰がしっかりしていて、実に爽快なのど越し。蕎麦つゆの味も申し分ない。妻は温かい鳥南蛮を食べていたが、こちらは西の人の口にも合うようにか、やや薄味の上品な仕上げ。
 そこから歩いて会場のシンフォニーホールへ向かったが、開演までまだ時間があったので、岡山市立のオリエント美術館を訪れる。ほとんど人がいなかったけれども、展示物はなかなか興味深い。アッシリアの鷲の頭の精霊のレリーフはたしかに貴重なものであろう。これにも惹きつけられたが、それ以上にシリアで発掘されたというモザイクやギリシア語の碑銘を含んだレリーフが、ヘレニズム時代の文化の様相を今に伝えているようで面白い。イランの陶器も、フォルムの曲線とアラビア文字の波打つ動きをマッチさせていて、デザイン的に実に新鮮である。中東やアジアの遺物ばかりでなく、ヨーロッパの古代の遺物も数多く展示されていたが、そのなかではギリシアやエトルリアのアルカイックな彫刻が眼を惹く。展示の仕方をもう少し工夫すれば、見る者の「ヨーロッパ」像を一変させるようなインパクトをもちうるのではないだろうか。
 さて、シンフォニーホールで行われた、本題のヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会であるが、このところ相性のよさを示していると言われるリッカルド・ムーティの指揮で、オール・シューベルトのプログラム。「ロザムンデ(魔法の竪琴)」の序曲に始まって、次いで「未完成」交響曲、休憩を挟んで最後に、「ザ・グレート」と呼ばれるハ長調の交響曲が演奏された。基本的にはムーティらしく、男性的な、きりっと締まったリズムが躍動するなかからカンタービレの魅力が際立つ演奏。シューベルトのスコアに若々しい情熱を吹き込もうとするアプローチと言えようか。推進力に満ちた音楽の運びがライヴならではの即興性と結びついて、スリリングな感興を呼び起こしていたが、全体的にもう少し静けさと響きの奥行きがほしかったところ。
 「ロザムンデ」の序曲では、アレグロの主題が、かなりゆっくりと始められたのにやや驚かされた。そこからだんだんと速度を上げて、勇壮なトゥッティに達するというわけである。「未完成」交響曲の演奏では、第一楽章の第二主題がぴんと筋の通った息の長い歌になっていたのがとくに印象的。全体として若々しい感情の波がそのまま音楽の起伏に結びついているなかに、静かなアクセントを打ち込むかたちになっていた。「大ハ長調」交響曲の演奏の全体的な性格は、第一楽章の第一主題の勇ましい付点のリズムによって象徴されているように思われる。どちらかと言うとリズムの躍動に力点を置いた演奏で、そのことはフィナーレの高揚感に結びついていたが、他方で響きの奥行きを失わせていた。伴奏のリズムが絶えず強調されると、響きが平面的になり、一本調子な音楽になってしまうのだ。もう少し、シューベルトならではの転調の妙を、歌の彩りとして聴かせるべきではなかったか。
 全体としてややムーティのドライヴが利きすぎて、そのためにシューベルトの音楽になくてはならない静けさが奪われていたような気がする。若々しい情熱を清新な響きで聴かせたい意欲は伝わってくるのだけれども。アンコールとして、期待どおり「ロザムンデ」の音楽からアンダンテの間奏曲が演奏されたが、ここではムーティの手綱が少し緩んで、そのぶん歌の魅力が際立っていた。(この演奏について詳しくは:http://homepage.mac.com/nob.kakigi/Muti_WP_08102005.htm)

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2005年10月 3日 (月)

ひろしまオペラルネッサンスのプッチーニ「三部作」

 10月1日と2日、広島市のアステールプラザ大ホールで、広島市の文化財団が主催するひろしまオペラルネッサンスの公演が開催され、プッチーニ後期の傑作「三部作」より、「修道女アンジェリカ」と「ジャンニ・スキッキ」が上演された。この公演にかかわった立場上、立ち入った論評は避けたいが、いずれも全国的な注目に値するかなり高い水準にまで仕上がっていたのではと思われる。
 出演した歌手たちは、公演までの数か月間、岩田達宗という類いまれな演出家のもと、「三部作」という第一次世界大戦というヨーロッパに未曾有の破局をもたらした戦争に直面しながらプッチーニが書いた生の讃歌を、今広島で歌い上げることの意味を噛みしめながら、身ぶりと歌唱を、舞台上で聴衆へ向けて歌いかける表現行為へと一体化させる努力を続けてきた。広島でオペラを上演することの意味をこれほどまでに真剣に考えながら情熱的に演技を指導し、またそれでいてけっして音楽を邪魔することのない洗練された舞台をつくる演出家と出会えたことは大きい。彼と歌手たちの努力は、この公演において、広島からの普遍的なメッセージを含んだ歌に結晶していたのではないだろうか。
 それにしても、「修道女アンジェリカ」のタイトル・ロールを歌った二人のソプラノ、乗松恵美と並河寿美をはじめとして、今回の公演の歌手たちも高水準で粒が揃っていた。「ジャンニ・スキッキ」の出演者を含め、歌手たちのなかには、もっと全国的に名を知られてもよい逸材が含まれていよう。そうした歌手たちの歌を情熱的に引き出し、管弦楽とのバランスのなかで響かせることに成功した指揮者の山下一史の仕事も素晴らしい。そして何よりも特筆しなければならないのは、彼に音楽を渡す前に、すべての歌手に自分の声に合った歌をしっかりと覚え込ませたマエストロ・ソスティトゥートの平野満の仕事である。彼のようなほんもののオペラのスペシャリストが広島にいなければ、この公演がこの水準まで仕上がることはありえなかった。
 惜しむらくは、聴衆が客席を埋めつくすまでに至らなかったことと、さまざまな外的な制約のために、「三部作」の第一作である「外套」を割愛せざるをえなかったこと。興行的な問題に関しては、これからメディアの使い方をはじめ、宣伝の戦略を練ることで解決を図らなければならないだろう。もう少し工夫すれば、このオペラの文化を、全国的に発進することも不可能ではあるまい。そうして公演の成果を積むならば、資金の問題をはじめ公演の外的な制約も、おのずと減ってゆくはずである。また近い将来に、今度は満場の客席を前に「三部作」のすべてを上演したい、と考えているのはわたしだけではあるまい。

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