クラクフ旅日記:2013年7月24日

 早いもので、もう帰国の日が来てしまった。午前中は、国際美学会の3日目のセッションに参加できた。リチャード・シュスターマンが提唱する。Somaesthetics──日本語で言えば、身=肉の美学という感じだろうか──をテーマとするパネル・セッションの他、クリスチャン・ボルタンスキーらの記憶の芸術をテーマとする発表や、「不在の顕現」を軸とする、反形式的な戦略をもった伊勢神宮の遷宮のあり方を検討した発表を聴いた後、いそいそと空港へ向かう。
 会場の講堂の近くのバス停から乗った空港行きのバスが、意外に早く空港に着いたので、土産物を買ってからチェックインすることができた。これからフランクフルトと成田経由で広島へ向かうことになる。

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クラクフ旅日記:2013年7月22日

 今日から国際美学会が本格的に開幕するということで、オープニング・セレモニーから出席する。学会の実行委員会代表の司会の下、国際美学会の代表や、クラクフの副市長、それにヤギエヴォ大学の哲学部長などが挨拶に立つ。パワフルな女性の副市長の挨拶も面白かったが、内容的には、美は生きる喜びを形にしたもので、日々の仕事に力を与えるといった詩を引いた哲学部長の話が印象的だった。
 午前中は、このセレモニーに続いて、国際美学会の会長の基調講演、あるいは学会創立百周年の記念講演が行なわれた。現代中国の独立した芸術家たちの動きを、文化大革命の終焉、そして毛沢東の死ということを踏まえつつ辿って、中国の現代芸術が、書をはじめとする伝統が息づくなかに、最新の技術が浸透していくという独特の発展を遂げつつあることに光を当てたもの。ウォーホルの毛沢東像以後、毛沢東の顔がシンボリックなアイコンとして機能してることなど、たしかに特徴的だが、しかし天安門事件以後、ということにまったく言及がなかったのは、いったいどういうことだろう。それに学会そのものを代表する講演で、そもそもなぜ中国の現代美術なのか。いくつもの疑問が残る内容だった。
 地下のビストロで、スープと鶏肉料理のなかなか美味しい昼食を食べた後、午後は夕方のクラクフ・フィルハーモニー・ホールでのパネル・セッションまで、ヴァヴェル城のほうへ出かける。城内の大聖堂だけ見てみた。もともとロマネスク様式で建てられた教会に、ゴシック、ルネサンス、バロックの様式で礼拝堂が建て増しされていき、整理のつかない印象の外観で、内部もこれまた非常に壮麗。祈りの場としては落ち着きに欠ける印象もなくはない。ポーランドの基礎を築いた王たちや聖人たちの墓が並ぶ。
 いったん宿に戻った後、緑が心地よい公園を抜けて、夕方の会場のフィルハーモニー・ホールへ。参加の美学をテーマにしたパネル・セッションが最初に行なわれたが、意識的な知にちょって統御されること、あるいは情報として処理されることを超えた、すぐれて美的なイメージが、他者と呼応し合うなかに、あるいは環境との感応のうちに立ち現われてくることに光を当てた、最初の二人の報告は、それなりに興味深い内容だったが、都市環境や自然環境との関わりに力点を置いた残りの二人の報告は、聴いていて焦点が定まらない。
 ごった返したホールのホワイエでの軽食の後、ヤチェク・カスプツィクの指揮による、クラクフのベートーヴェン・アカデミー管弦楽団の演奏会。国際美学会の枠内で開催されるこの演奏会のために作曲された、カロル・ネペルスキという若い作曲家の“Aisthetic Symphony”──「感性の交響曲」とでも訳せばよいのだろうか──なる作品が初演された。オーケストラの楽器によって、あるいはそれ以外の水笛のような楽器によって、さらにはサンプリングされた音声によって響く断片的なモティーフを、いくつもの方向から響かせることで、聴覚を空間的に拡げていこうという発想そのものは理解できるものの、音楽的には面白いところのない単純なモティーフが、これまた単純に、つまり音楽的な必然性なく反復されるのには、正直辟易した。
 この曲は形式的にはポスト・モダン的と言えようが、聴いていてポスト・モダン的な解放感もない。そのような、「交響曲」と名乗る意味も理解できない作品のあたかも一部のように、19世紀ポーランドの作曲家イグナシー・フェリックス・ドブルツィンスキが書いたオペラの序曲──少し初期のヴェルディを思わせる雰囲気の曲だった──を挿入するというのも、この作曲家に対して敬意ある態度とは言えないだろう。それぞれは非常に優れた演奏家と思えるオーケストラのプレーヤーが、それなりにパフォーマンスを楽しみながら演奏していたのが、救いと言えば救いか。
 旧市街の中心から一つ路地を入ったところの小さな店で友人たちとサラダの夕食を取った後、宿に戻って翌日の発表の準備をしたが、今朝3時過ぎに目が覚めてしまったこともあり、すぐに眠くなってくる。

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クラクフ旅日記:2013年7月21日

 クラクフへ来て、一つ些細なことが心配だった。それは朝食のコーヒーのこと。前回来たときに泊まったホテルの朝食のコーヒーが、代用コーヒーか何かのような薄い、妙な味──ポーランドでいうKawaの多くはそうだと後で友人から聞いた──で参ったので、今回の宿はどうだろうと気をもんでいたのだ。幸い今日の朝食のコーヒーは許容できる味だった。旧市街の中心にあるので、観光客に配慮したのだろうか。しかし、コーヒーメーカーの隣に、インスタントコーヒーの瓶が意味ありげに置いてあるのはどういうことか。それ以外に朝食に出ているものはまあまあの味。4日食べるとおそらく飽きるだろうが。
 朝食後、アウシュヴィッツを再訪しようと宿を出て中央駅のバスターミナルへ向かう。よく晴れていて、青空に映える古い建物と緑が本当に美しい。とくにフロリアンスカ門のあたりは美しかった。中央市場のあたりでは、花の市が立ち始めていた。そういう時期なのだろうか。やはりところどころにパン売りの店が出ている。
 バスターミナルに着くと、幸い10分くらい後にアウシュヴィッツ博物館のあるオシフィエンチムへ向かうバスを見つけられた。マイクロバスのようなバスで、すでにほとんど満員。ほとんどがアウシュヴィッツへ向かう客のようだ。そのバスに1時間半ほど揺られて行ったわけだが、その間ポーランドのポップスをかなりの大音量で聴かされたのには参った。宿にヘッドフォンを忘れてきたのは失敗だった。
 アウシュヴィッツ博物館では、今回も英語のツアーに参加した。しばらく外で待っていたら、年配の女性のガイドが出てきて、音声機器の説明の後、博物館のなかへ導いてくれた。展示を見るのは今回が二度目なので、前回ほどの衝撃は受けなかったが、ガス室で殺された人々からゾンダーコマンドによって切り取られた膨大な毛髪など、やはり見るのが辛くなる。しかし、それを人が人に強いて行なったことを見据え続けなければならないと思う。アウシュヴィッツ博物館のなかでは、それ以外にはやはり監獄バラックとそれに隣接する「死の壁」、そしてガス室が、何度見ても衝撃的だ。
 アウシュヴィッツの博物館で、今回も非常に印象的だったのは、国家資格を持ったガイドが非常に訓練されていること。今回も英語のツアーのグループの参加者は相当な人数だったが、人混みを避けてうまく誘導し、展示に関して要を得た、かつ内容の深い説明をしてくれるのには、感動すら覚える。アウシュヴィッツに続いて訪れた広大なビルケナウでは、前回見ることのできなかったガス室の廃墟も見ることができた。最後に監視塔に上がらせてくれたのだが、ビルケナウで、封印列車から降ろされ、選別を前に慄く犠牲者から見える風景と、その様子を見下ろすナチスの親衛隊員の見る風景の両方を見るというのには、複雑な思いがする。アウシュヴィッツへ戻るバスから降りた後、ガイドの方にお礼を言えなかったのが残念。彼女は、何度か『私はメンゲレ医師の助手だった』という本を薦めていた。
 アウシュヴィッツ、ビルケナウと相当に歩き回ってさすがに疲れたうえ、すでに夕方になっていたので、博物館をこれ以上見るのは諦め、バスでクラクフに戻る。帰りは行きより時間がかかって2時間足らず。シートが固くて、座っているのはかなり辛いものがあった。こちらのバスも満員で、椅子からあぶれた人もいる。7時前に駅に着いて、朝食から何も食べていなかったので、ベーグルとプレッツェルの両方の起源に当たるというクラクフ名物のパン、オブヴァジャネークを一つ買い求めて、宿の部屋で食べる。前回これを食べたとき、あごが痛くなるほど固かった記憶があるが、今回はそれほどではなく、ややもちもちとした食感──ベーグル同様、生地を茹でてから焼くのだとか──を楽しめた。
 国際美学会の受付が夜8時までとのことなので、道順の確認を兼ね、会場まで行ってみる。会場のヤギエヴォ大学の新しい講堂には、何人かの参加者が集まっていて、受付の手続きをしていた。受付を済ませ、研究発表のデータをスタッフの方に渡すことができてひと安心。夕食には、宿の近くのセルフ・サーヴィスのカフェテリアのような店で、ピエロギを食べる。ちょうど茹でギョウザのような味だ。皮がかなり分厚いので、食べてているうちにだんだん飽きてくる。宿に戻り、学会受付でもらった資料を確認しているうち、だんだん眠くなってしまった。本当はもう少し発表の準備をしたかったが、明日に回さざるをえない。

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クラクフ旅日記:2013年7月20日

 第19回国際美学会での研究発表のためにクラクフへ。出発の朝、徹夜して出かけるつもりでいたが、昨日までの疲れが出たのか、座ったままうたた寝してしまい、危うく寝坊するところだった。何とか2番目のリムジンバスに乗って、7時過ぎには広島空港に到着した。
 広島を7:55に出る成田空港行きの飛行機は、今まではとても小さなIBEX Airlinesの飛行機で、乗るためにいったん外に出て駐機場まで歩かなければならなかったが、いつの間にか飛行機が少し大きなANAのエアバスに変わっていて、出発ゲートから直接に搭乗できるようになっていた。たしかにこちらのほうがいくぶん快適だ。成田経由で海外へ行くニーズが増えたのだろう。
 ほぼ定刻に成田空港に到着し、乗り継ぎ用のセキュリティ・チェックと出国審査を通ってフランクフルト行きの飛行機の出発ゲートへ向かうと、たまたま同じように国際美学会へ向かう友人夫妻が食事をしていて、しばらく話し込む。
 フランクフルト行きの飛行機は、席が窓際で、やはりとても窮屈。どうやらかなり疲れているようで、食事のサーヴィスの前に眠ってしまい、気がついたら周りが食事を終えていた。機内食は、二度目の食事の和食(焼き鯖と十穀米のご飯)が意外に美味しかった。
 機内のオーディオ・プログラムを見てみると、クリスティアン・アルミンク指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団による、マーラーの第3交響曲のアルバムが入っていた。来月3日に、この組み合わせによる同じマーラーの第3交響曲の演奏を聴くので、その予習を兼ねて聴いてみる。今から10年ほど前の演奏になろうか。細かいフレージングに至るまで、古典的とも言える様式感を持って彫琢されており、非常に洗練されている印象を受ける。演奏の完成度も高い。ただ、ダイナミクスの付け方や歌い回しの一部にどこか取って付けたようなところがあり、それが時間の密度を薄くしているように思われる。夜の深さを歌う第4楽章の響きには、いっそうの奥行きがほしかった。それに先立つ第2楽章と第3楽章は、非常に美しく仕上っていた。今度の演奏会で、十年の時を経て示されるアルミンクの解釈が、ここからどれほど深化されているか、楽しみである。
 フランクフルト空港には定刻より少し早く到着した。そこから1時間半ほどの乗り継ぎでポーランド航空の飛行機に乗ってクラクフへ。午後8時前のクラクフはまだ明るかった。夕映えの緑が美しい。飛行機のなかで、ずっと読みさしになっていた、Kyo Maclearという人の“Beclouded Visions”という、“Art of Witness”を論じた本を読了。ジャック・デリダの『マルクスの亡霊たち』などを引用しながら、アラン・レネの『ヒロシマ・モナムール』や丸木夫妻の《原爆の図》などについて、興味深い議論を展開しており、とくに後半は勉強になる。comemorationに代わるtransmemorationの概念には潜在力があるのではないか。
 クラクフ空港からは、疲れていたこともあり、タクシーでホテルへ。ホテルは古い民家を改装したアパートメントのような感じで、古い家具が雰囲気を醸し出している。

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福岡アジア美術館の「アジアをつなぐ──境界を生きる女たち」展と大分での「青木涼子、ふるさとで舞う」

 朝早い新幹線に乗って福岡へ向かう。福岡へ行くのは久しぶりであるが、今回の目的は福岡アジア美術館で開催されている「アジアをつなぐ──境界を生きる女たち 1984–2012」展を見ること。アジアの女性アーティストによる美術作品を集めてその表現の現在を映し出すこの展覧会を、知り合いのアーティストが出品していることもあり、どうしても見てみたかったのである。
 因習に、それに拠りかかって自己保存を図る権力に身体の内奥から搦め捕られて、ある「女」であることを強いられている自分、それに自分自身で向き合うなかから生まれる表現、その率直かつ緻密な表現を、例えば中国の林天苗の「卵#3」に見ることができるかもしれない。作家自身と思われる人の身体から、無数の糸によって作られた無数の卵が、糸を引きながら吐き出されている。卵子を産むことがすでにして無数の糸に絡みつけられることでもあることを、執拗なまでに突き詰めることが、見事な構成に結実している。そのような表現の源にあるのは、「家」に、あるいは「女」であることに閉ざされることに対する身体的な次元での違和感と抵抗であろうが、その際に、閉ざされるなかで手を染めざるをえない「伝統的」な手仕事を逆手に取るしたたかとも言える行き方も示されているのは興味深い。韓国のイースギョンの「翻訳された壺」は、陶器を修復する伝統的な工法を習得することをつうじて、あらゆる規範を超えて自己増殖する身体を表現したものと言えよう。モンゴルのダグヴァサンブー・ウーリーンツヤの「わたしは凧」は、伝統的なモンゴルの絵画の技法を駆使しながら、男女が絡み合い、摑み合いもする地上を離れて飛翔することへの憧れを「わたし」が飛ばす「わたし」としての凧によって、非常に洗練されたかたちで表現している。
 アジアに生まれた女性として生きることの表現は、移り住んだ先で新しい生活を営むことにまつわる苦悩としても掘り下げられている。そのなかで非常に印象的だったのは、インド出身のザリナ・ハシミによる移民の寂寥を抽象的な表現に結晶させた作品。表現そのものが非常に魅力的だったのは、韓国のソン・ヒョンソクの水彩作品。何と静かでかつパトスを内に秘めた筆触だろうか。バングラデシュのニルーファル・チャマンの作品は、結ばれ、よじられる存在であることを、身体そのものの可塑性に力強く転化させていた。
 これら以外に印象的な作品もあったのだが、それ以上に印象的だったのはキュレーションの見事さ。テーマをしっかりと腑分けしながら掘り下げている。そして、カタログも、数多くのエッセイが収められているうえ、資料としても充実している。
 アジア美術館を出てから、地下鉄で天神へ移動し、高速バスで大分へ。九州道が鳥栖まで混んでいてやきもきさせられたが、何とか10分ほどの遅れで大分に到着。大分では、当地のiichiko総合文化センター内にある音の泉ホールで、「青木涼子、ふるさとで舞う──能とであう、20世紀の弦楽四重奏」と題した、アルディッティ弦楽四重奏団が能楽師の青木涼子と共演した演奏会を聴いた。少し驚かされたのが、アルディッティ弦楽四重奏団がヤナーチェクとラヴェルの古典的な作品を、非常に深い共感をもって演奏していたこと。先日聴いた現代の作品の鮮烈な表現も、このような古典的な作品への深い理解から生まれているのだ。ただし、けっして情緒に流れることなく、作品のテクスチュアを実に緻密かつ音楽的に浮き彫りにしていた。ラヴェルの弦楽四重奏曲にはもう少し広がりを求めたい気もしたが、ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」では不穏な情動の蠢きが完璧に表現されていた。
 細川俊夫の「沈黙の花」では、大分出身の青木涼子の能舞が加わったが、その構成が非常によく練られていたのが非常に興味深い。彼女は、作品を二部構成と捉え、前半を人の姿で、後半を夢幻の世界の花の精の姿で静かに舞っていた。花を見るという人間的な行為が、花そのものに沈潜し、花の生命と共振するさまを目の当たりにするようで、その点、音楽の精神とも共鳴していた。この舞台のために新たにデザインされた衣裳も、華やかでありながら散る花の儚さも感じさせ、音楽に相応しい。
 このような花を見る魂の変容は、続くケージの作品の演奏とともに行なわれた献花への良い橋渡しにもなっていた。ここでも青木涼子が舞ったが、少し躍動感と合間に謡いも交えて、ケージが表現する四季との対話を試みていた。ケージの弦楽四重奏曲は、音を非常に切り詰めた、時に周囲に耳を澄ますような音楽なので、能舞の足を踏む音が入っても気にならないどころか、むしろケージが聴こうとしていた音の一つのようにすら聴こえる。慈照寺の花方である朱寶による生花は、大ぶりの竹を軸に、ススキやヒガンバナ、それに薔薇を配して、秋を凝縮した見事なもの。薔薇が入って華やかさを増しながら全体が締まるのが意外に面白かったが、朱寶によると薔薇そのものは中国に由来するとのことで、今回は中国産の落ち着いた色彩の花を使ったそうである。舞台を眺めていて、ケージのたゆたうような音楽から、舞いと花が湧き出てくるかのような印象を受けた。静かに満たされたような思いを抱きながら、大分を後にすることができた。

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ヴィーンへの旅:2012年3月30日

 今日でヴィーンへの旅も終わり。朝食後、荷造りをして部屋を後にする。昨日から断続的に降っていた雨がますますひどくなってきたので、仕方なく空港行きのバスが出るスウェーデン広場までタクシーを使う。運転手のおじさんは空港まで乗ってほしかったらしく、不満げだったが、こちらは往復のバスの切符を買ってしまっているので、仕方がない。
 早めに空港に着いて、マシーンによるチェック・インを済ませるが、困ったことに座席が指定されない。聞けば、搭乗口で間違いなく指定してもらえるとのこと。よい席を早く確保しようと早めに来たのに、これでは半分無駄足だ。余った時間、カフェで過ごそうとコーヒーを買うが、ここでも驚かされることがあった。「バリスタ・スペシャル」なるコーヒーを注文して、きっと「バリスタ」を名乗る店の従業員か誰かが選んだ豆のコーヒーが飲めるものと思いきや、これでもかとばかりにコーヒーにクリームを何種類も盛りつけたものが出て来た。「スペシャル」というのは、広島のお好み焼きと同じで、何でも入れるということなのでは、と妻が言っていたが、けだし明察である。
 オーストリア航空の成田行きの便は満席で、若いカップルがオーヴァーブッキングのためにはじき出されていた。妻と私がいる列は、ディスプレイもコントローラーも動かず、結局電灯を消すこともできず、辟易した。映画を見たかった妻はとくに不満そうだった。座席の機器の整備もしっかりしてほしいものである。
 機内では吉田秀和がヨーロッパ滞在中に接した芸術家のことを中心に書いたエッセイ集を読むが、これは本物の芸術論ではないだろうか。議論に引き込まれ、すぐに最後まで読み通してしまった。国際版の日本の新聞も読んだが、しばらく日本を離れたいたあいだ、国内政治はますますおかしな方向へ向かっているように見える。

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ヴィーンへの旅:2012年3月29日

 今日は曇って肌寒い。昨日までの晴天とは対照的だ。朝食の後、美術史美術館へ向かう。朝のうちは絵画のギャラリーは観光客の団体でごった返すので、まず古代エジプトやギリシア、ローマなどの美術品を見る。ギリシアのアンフォラの一つに、オレステスとエレクトラによるアイギストス殺害の場面があったのに目が留まった。ここでもクリムト生誕150周年ということで、彼が手がけた壁画を、特設の橋に上って近くから見られるようになっている。若いクリムトによる古代エジプトからルネサンスまでの各時代および時期の美術の美しい寓意。
 絵画では、まずジョルジョーネによる若い女性の肖像画や謎めいた若い戦士の肖像画の静けさに惹かれる。アルチンボルドによる「水」の寓意画は、彼が事物のモンタージュによって構成した顔のなかで、おそらく最もグロテスクだろう。顔のなかで無数の魚と海獣が口を開けている。カラヴァッジョでは、「薔薇の冠の聖母」のような大規模な作品よりも、ゴリアテの首を摑むダヴィデの像のような中規模の作品に彼らしさが強く表われているように思われる。
 美術館内のカフェで軽い昼食をとった後で見たフランドルとオランダの絵画では、何と言ってもロヒール・ファン・デル・ウェイデンによる十字架の祭壇画が素晴らしい。風景描写、人物の造形、そして哀しみの表現が、どれも研ぎ澄まされて静謐な画面の完璧な構成に結晶している。この祭壇画と並んで、ハンス・メムリンクの慈愛に満ちた祭壇画が置かれていたのが非常に興味深かった。こちらも前者に劣らず魅力的だ。柔らかな光景のなかに、慈しみそのものと言えるような聖母子像が静かに浮かび上がる。事物の質感を醸す細部の緻密な表現も優れている。
 この美術館が誇るブリューゲルのコレクションは、本当に見飽きることがない。共感に満ちた観察眼によって、愚かですらあるような人々の生きざまが躍動する。今回は「農民の結婚式」を描いた一枚がとくに魅力的に思われた。フェルメールの「絵画芸術」の寓意は、ある瞬間を永遠の相の下に描く彼の芸術の完成された姿を示すものの一つだろう。どこまでも緻密に描き込まれた画面のなかで、天使に仕立てられたモデルの服のラピスラズリによる服の青と唇の金色の一点が、窓からの光に映え、画家のアトリエの光景を開く。それと前景の重みのあるカーテンの対照も非常に巧みだ。レンブラントでは、後期の息子ティトゥスの肖像が魅力的だ。今回、万霊節を描いた大規模な作品をはじめとして、デューラーの作品を数多く見られたのも嬉しかった。ヴェネツィアの女性の肖像はとくに傑作と思う。
 部屋で少し休んだ後、夜はコンツェルトハウスにてハーゲン弦楽四重奏団の演奏会を聴く。前半は、ベートーヴェンの第6番の弦楽四重奏曲とヴェルディの歌劇「ルイザ・ミラー」からの数曲を弦楽四重奏に編曲したもの。ベートーヴェンでは、冒頭の楽章でヴァイオリンのルーカス・ハーゲンの音が、音程が定まらないままひっくり返ることが何度かあって、おやと思わされたが、全体的にはこの作品を特徴づける長調と単調の対比を見事に生かした演奏だったと思われる。沈み込むような単調の響きから、生気に満ちた長調の旋律が浮かび上がってくる瞬間の美しいこと。とくにフィナーレは、何度繰り返される沈欝なアダージョと、沸き立つようなリズムのアレグロとの対比が際立って、とても魅力的だった。ヴェルディの弟子というエマヌエーレ・ムズィオなる作曲家による、ヴェルディ中期の「ルイザ・ミラー」のいくつかのナンバーの編曲は、思ったよりも楽しめた。アリアの旋律の魅力と、その伴奏のオーケストレーションのツボを抑えたと言ってよい編曲で、旋律とリズム双方の躍動感がよく引き出されている。ヴェロニカ・ハーゲンのヴィオラの柔らかな音が旋律を担当するとき、とくに曲が魅力的に思われた。
 休憩の後は、モーツァルトの「ホフマイスター」弦楽四重奏曲。ヴァイオリンとヴィオラのための変ロ長調の二重奏曲の変奏曲の旋律に似た、カノン風の旋律の掛け合いが、非常に親密な雰囲気を醸すのと、アダージョで清澄な世界がどこまでも広がるのとの対照が素晴らしく、インティメートな室内楽を掘り下げることで作品の精神に近づこうとするこの四重奏団のアプローチが、見事に生きた演奏だったと思う。澄んだ響きのなかにモーツァルトの音楽の様式性が自然に生きているのも素晴らしい。ハーゲン弦楽四重奏団は、カメラータ・ザルツブルクとともに、モーツァルトの演奏の伝統を、絶えず新しい息を音楽に吹き込みながら今に伝えている、貴重なグループの一つと言えよう。アンコールは、おそらく同じ作曲家によるヴェルディのアリアの編曲もの。これも軽やかな旋律とリズムの躍動が生きた魅力的な作品と演奏だった。

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ヴィーンへの旅:2012年3月28日

 ボッシュの「最後の審判」の祭壇画を見ようと造形芸術アカデミーの美術館へ出かけるが、折悪しくちょうど今日から修復のために見られないとのこと。それ以外の絵はそれほど魅力的ではないが、ライスダールの風景画を、人物像の交じった初期から晩年までいくつか見られたのは嬉しかった。とくに橋のある冬景色の絵は、小さいながらよい作品だと思う。あと見るべきところがあると思われたのは、レンブラントの初期作品くらいだろうか。
 少し南に下って、ナッシュマルクトをのぞいてみるが、オーストリアの人が経営している露店はもうほとんど見られず、トルコ人などが経営する、ファスト・フードを兼ねたものが多い。どうやら観光客向けの市場に変わったようで、客引きの声が煩わしい。オリーブを少し買い求めて出た。昼食は市場のなかの食堂ではなく、近くに見つけたサイゴンというヴェトナム料理屋にて。鶏肉のフォーを食べたが、なかなかよいスープの味。タピオカのデザートも付いて7ユーロ足らずならまずまずだ。
 午後はグラーベンやコールマルクトあたりの街路を散策するが、それにしても観光客が多い。コールマルクトのデーメルで、ザッハートルテを食す。以前は、この甘いケーキにさらに生クリームなんて、と思っていたが、凝縮された甘さのトルテにクリームを付けると、甘味がまろやかになって食べやすい。刺激的なまでに甘いところも一つの魅力ではあるのだけれども。それ以外に、菫の花弁を砂糖漬けにしたものも買い求めた。その後、部屋に帰ってしばらく休んだ。無意識の欲動がじわじわと染み出てくるさまを描くシュニッツラーの掌編を読む。
 夜は国立歌劇場でバレエの公演を見る。演目は、トルストイの『アンナ・カレーニナ』をチャイコフスキーの音楽に乗せてバレエに仕立てたもの。ボリス・エイフマンという人の構成と振り付けによるもので、人物の心理を鋭く抉り出す舞台として、すでに評判で、東京の国立劇場でも取り上げられるとか。チャイコフスキーの音楽からは、弦楽セレナードや「悲愴」や「マンフレッド」の交響曲からの一部、数曲のバレエ音楽などが演奏された。少し粗いところや管楽器のミスが耳に付いたが、オーケストラは迫力のある演奏を聴かせていた。ダンサーのなかでは、アンナと恋に落ちる将校ヴロンスキーを演じた青年が魅力的だったように思う。それにしても、バレエの観客はなぜこうも行儀が悪いのか。カーテンコールで口笛を吹くばかりか、フラッシュをたいて写真を撮る。オペラではそういう客は見かけないのに。
 帰りがけ、劇場の近くのレストランで軽い夕食。焼いたソーセージのほか、ターフェルシュピッツをマリネにした一品を食べるが、これがまずまずの味。店付きの老音楽家がツィンバロンで「さくらさくら」など日本の歌を弾いてくれたが、これは要らないサーヴィスだった。

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ヴィーンへの旅:2012年3月27日

 それにしてもよい天気だ。日差しが眩しい。今までヨーロッパで体験したことのない春の陽気である。公園の緑が映え、若者たちが座っておしゃべりを楽しんでいる。今日の午前中は、ベルヴェデーレ宮殿の上宮で、クリムトやシーレの作品を中心に絵を見る。かつて下宮に展示されていた近代絵画や中世の美術がすべて上宮に移ってきたせいだろうか、以前よりもクリムト作品の展示は縮小されていたように思う。彼の生誕150年の記念の年だというのに奇妙なことだ。あの「接吻」だけが赤い特別の壁に掛けられて、展示室の真ん中あたりに据えられていて、そこに観光客の人だかりができている。
 クリムトの作品では、絵画と工芸の融合を成し遂げたいわゆる黄金期の作品よりも、身体の運動性が高まるとともに新たな色彩表現が模索される晩年の作品のほうが魅力的に思われる。「アダムとイヴ」そして未完に終わった「花嫁」あたりは、身体表現と色彩表現が生気を帯びながら融合している。そしてより率直な喜びを感じられる。  昼時に観光客が減ったところで「接吻」をよく見てみると、女性の黄金の衣服の裾から藤の花か下に垂れる木の葉のようなものが垂れ下がっているのが目に付いた。そこに注目しているうちに、この作品が、男女の至福に包まれた瞬間というよりは、自然と人間、そして美術と工芸の結合を象徴しているように思われてくる。もしかするとこれは、ユーゲントスティルそのものの寓意でもあるのかもしれない。同じ部屋には、「水蛇」や「フリッツァ・リードラーの肖像」など、黄金期を代表する作品のほかに、美しい風景画──とくに農家の庭を描いたものなど、花々が実に生き生きとしている──もいくつかあって、それを見ているうちに一つ気がついたことがあった。アッター湖畔の風景を描いたものが一点あったのだが、それを見ると湖畔には木々の緑が豊かに生い茂っている。そうすると、昨日レオポルド美術館で見たアッター湖の水面を描いた絵の緑がかった青は、木の葉の緑が水面に映った色なのかもしれない。それにしても、まさに世紀末に描かれた「ソーニャ・クニプスの肖像」のアウラのような香気は何なのか。
 しかし、今はクリムトよりもシーレの絵のほうに惹かれる。「四本の樹」の日没の表現は、色彩の階層的配置が画面全体の深沈とした雰囲気を醸し出して実に美しい。土に染み込むような夕映えのなかに、シーレが生命の蘇生にも見立てる木々の枝が夕日に黒く映える風景の少し張りつめた静けさ。岩が剝き出しとなった慰めのない光景のなかに人の命の儚さが象徴される「死と乙女」では、すでに石のような死神に捕らえられた少女もまた石化していくかのようだ。最晩年の家族の肖像が示す哀しみに包まれた喜びを前にすると、言葉を失わざるをえない。廂を色彩の配置によって構成しながら壁面の質感を執拗なまでに追究した「家の窓」も魅力的に思われた。これも哀しみに包まれた母子像も、たしかに聖母子像をモデルとしている点に注目するなら瀆神的かもしれないが、神に見放された世界で命をつなぐことの苦悩を切々と伝えて感銘深い。こうした生の苦悩を鋭く抉り出しながら慈しみにも満ちたシーレの表現を前にすると、ココシュカの人物表現などは逆に表面的に思われる。たしかに彼がプラハの風景をパノラマ的に描いた作品など魅力的ではあるのだけれども。
 これら以外には、カスパー=ダフィート・フリードリヒが霧のなかの海や砂岩の山並みを描いた風景画が、無限に続く奥行きを穏やかに示していて美しく思われたし、キルヒナーが山並みの風景を描いた作品も、彼の様式の成熟が画面の魅力に結びついているように感じられた。団体の観光客がぞろぞろと歩いていて騒々しかったので、それ解放されてほとんど誰もいない中世美術の部屋でゴシックの木彫や祭壇画を眺めていると、妙に心が落ち着いた。  ベルヴェデーレを後にして、宮殿のすぐ向かいにある、店の人が言うには「シャロン・ストーンも来た」というシルク製品の工房で、クリムトの「花嫁」の絵をプリントしたスカーフを妻のために買った後、電車を乗り継いで、昨日行ったのと同じアルト・ヴィーンでクラーシュの昼食。牛肉が良く煮込んであって美味しいのだけれど、スープが少し塩辛かった。そこを出て、午後はまずカール広場前の分離派会館を訪れる。地下に据え付けられているクリムトの「ベートーヴェンフリース」を間近で見ることができた。因習に捕らわれる苦悩から解放された生の歓喜を求める憧れが、漆喰の壁面に流動する。金箔を多用したフレスコ画の制作過程を再現したヴィデオも上映されていて、これも非常に興味深かった。
 そこを後にして、今度はカール広場の反対側にあるヴィーン博物館を訪れる。先史時代から現代までのヴィーンという街の歴史を伝える博物館であるが、クリムトやシーレの貴重な作品も展示されている。「愛」の寓意画や芸術の因習に挑みかかるクリムトの「パラス・アテナ」神像、それに美しい「エミーリエ・フレーゲの肖像」なども魅力的だが、ここでもやはりシーレの作品に惹かれる。自画像と向日葵の絵が展示されていたが、向日葵の絵を彼はほかにも何点か描いている。彼にとって向日葵とは何なのだろう。この博物館には、19世紀に天候による劣化から守るために取り外されたシュテファン寺院の外壁の彫刻の14世紀のオリジナルや、同時期のステンドグラスが展示されていて、これも興味深かった。ビーダーマイヤーを代表する作家グリルパルツァーの住まいを再現したコーナーもあったし、1848年の革命の様子を描いた絵とともにその時期を振り返るコーナーでは、最近読んだ革命史が思い出される。
 夜はコンツェルトハウスでカメラータ・ザルツブルクの演奏会。「安らぎなく! Ruhelos!」 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のソロイストを務めたパトリシア・コパツィンスカヤがアンコールで弾いたクルターグの「カフカ断章」の一曲「安らぎなく」を弾いて叫んだこのひと言は、この演奏会で演奏された二つの協奏曲の演奏を図らずも象徴しているように思われる。前半にファジル・サイの独奏でモーツァルトの第21番のピアノ協奏曲(K. 467)が演奏されたが、彼の独奏には嫌悪感すら覚え、聴いていて気持ちが悪くなった。自己顕示的に叩きつけられるフォルテの音は、モーツァルトの書いた楽譜から聴こえるものからはほど遠い。テクニックに長けたサイのことなので、「モーツァルトっぽい」繊細なピアノも弾けなくはないが、明らかに取って付けたようである。彼の恣意だけが聴こえ、モーツァルトは聴こえなかった。いくら即興的であったとしても、かつてのグルダのようにモーツァルトの精神を響かせることができるのだ。アンコールで演奏された「キラキラ星変奏曲」は、サイの自己顕示欲の塊でしかなかった。これほどまでではないにしても、コパツィンスカヤによるベートーヴェンの協奏曲の演奏も、「安らぎ」とともに音楽に身を委せられるにはほど遠かった。恣意的なところが耳について、途中から独奏に耳を傾ける気を失ってしまった。彼女の即興性も、ベートーヴェンの音楽が求めるものからかけ離れているとしか言いようがない。ヴァイオリン自体の響きを生かしたなかに晴朗な世界を現出させるこの協奏曲の音楽を充分に繰り広げるなかに清新な風を吹き込むのなら理解できるが、むしろ作品のダイナミズムを阻害しているところが目立つ。何よりも許容しがたく思われたのは、ベートーヴェンが書いた音を改竄しているところがいくつかあったところ。カデンツァは、ベートーヴェンがこの協奏曲のピアノ協奏曲版のための書いたカデンツァをコパツィンスカヤが編曲したもの。ティンパニのほかに、コンサートマスターのヴァイオリンが掛け合いに加わるが、この日のコンサートミストレスは、コパツィンスカヤのアプローチに同意しているようには見えなかった。「カフカ断章」を含め、アンコールで披露された現代作品の演奏は見事だった。
 多少なりとも安心して耳を傾けられたのは、カメラータ・ザルツブルクの生気に満ちた演奏だった。モーツァルトの音楽が求めるものを、つねに新しい息を吹き込みながら守っていて、いつ聴いても素晴らしく思う。この日の最初に演奏された第28番の交響曲の演奏は、歌の喜びと沸き立つようなリズムの喜びとが共存する見事なものだった。Img_0783


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ヴィーンへの旅:2012年3月26日

 月曜日なので美術館は軒並み休みかと思いきや、ヴィーンではいくつかの美術館が開いていた。午前中はそのなかの一つ、レオポルド美術館を訪れた。世紀転換期のヴィーンの美術シーンを工芸や都市の変化にも視野を広げながら浮かび上がらせる展示に始まり、クリムトが家族などに宛てた相当な数の絵葉書と、彼のアトリエの再現などとを背景としながら、この美術館が所蔵しているいくつかの作品によって、今年生誕150年を迎えるクリムトの生涯と芸術を浮かび上がらせる特別展、それにこの美術館が誇るエゴン・シーレのコレクションを特集した展示と、どれも見ごたえがあった。クリムトの作品では、当然ながらこの美術館のコレクションを代表する「死と生」の色彩も素晴らしかったが、とくに美しく思われたのは、アッター湖の水面を描いた風景画、静かに彼方へ消え入っていくような背景から、緑がかった青の輝きが穏やかに映える。静かにこちらへ近づいてくるその色の配置が絶妙である。シーレの作品のコレクションも素晴らしかったが、そのなかでは、暗い色の岩肌から聖人の姿が徐々に浮かび上がるかのような「顕現」と、日没の風景を描いた作品の深沈とした美しさがとくに印象的だった。家並みを描いた風景画も、クレーの作品に見られるような色彩のリズムが、沈み込むような壁面の色と対照的で面白い。地下のほうでは、シーレの作品からインスピレーションを得た現代の作家のインスタレーションなどが展示されていたが、人間の身体性を鋭く抉り出すシーレの表現は、現代の作家に強く訴えるものがあるにちがいない。
 昼食は、シュテファン寺院の奥の路地を入ったところにあるアルト・ヴィーンというカフェで、この日の定食であるシュニッツェル。値段は、斜向かいにある、シュニッツェルが有名なフィグルミュラーのちょうど半額だった。豚肉のシュニッツェルも香ばしくて美味しいが、付け合わせのじゃがいものサラダがどこか心落ち着く味でよい。催し物のポスターや、ちょっとダダ風の美術作品が飾ってあって、よい雰囲気の店だった。
 午後は、アルベルティーナで印象派とクリムトの素描の特別展を見る。下階の2フロアを使って、マネからセザンヌに至る素描がパステル画などとともに展示してあった。相当な數の作品である。モネがロンドンのテムズに架かる橋を描いたパステル画がまず目を惹く。バレエの踊り子たちを描いたパステル画も美しいし、ロートレックの、あの特定の空間における人物の一瞬の相貌を無駄のない仕方で捉える力は、ことにパステルによる素描で発揮されるように見えた。セザンヌの素描は、彼が事物の形態を構成的に把握する過程を示して興味深い。  上階からは、この美術館の新しい常設展示となった、バルティナー・コレクションによる印象派から晩年のピカソまでの油絵作品が展示されているが、この展示も驚くべき充実ぶりで、これまでデューラーらからの素描や版画によって知られていたこの美術館の新たな魅力をなすものと言えよう。キルヒナーらしさがよく出た女性像があったのも嬉しかったし、ノルデの生命感にあふれる花園の絵もあった。印象的だったのは、ロートレックによる厩の白馬の絵。少し悲しげな表情が心に残る。カンディンスキーの左右に対照的な構成を示した作品やクレーの「逸脱」の一歩を示す作品も見られたのも喜ばしい。シャガールの三点では、どれも彼らしい幻想が画面いっぱいに繰り広げられている。戦後すぐのピカソが描いた、緑の帽子を被った女性の像は、深い哀しみに包まれていて、思わず立ち止まらせられる。
 最後にクリムトのこれまた膨大な素描を見たが。建物の壁面を彩る人物群像や、あるいは金色に包まれた肖像画を創作する前に、彼がいかに多くの素描を繰り返していたかを知ることができる。女性の肢体を捉える眼差しと手つきを完全に自分のものにしてから、彼はそれを大きな画面の造形に生かしていった。そのプロセスを伝える充実した展示だった。
 夜は、楽友協会ホールにて、ズービン・メータ指揮によるヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会を聴く。メータが指揮する演奏を生で聴くのは初めてだが、彼がオーケストラから充実した響きを引き出すのにいかに長けているかを身をもって知ることができた。最初に演奏されたのは、ヒンデミットの交響曲「画家マティス」。メータはこの曲を得意としているのだろうか。落ち着き払った音楽の運びで、密度の濃い演奏を聴かせていた。ことに印象的だったのは、第2楽章の「埋葬」における沈んだ、そして清澄なピアノの響き。フィナーレの「聖アントニウスの誘惑」では、聖性と悪の抗争が力強く描かれた後、圧倒的なコラールで閉じられた。楽器の音が溶け合って壮大なハーモニーが形成されるのは、このオーケストラ、そしてこのホールならではのことであろう。続いて演奏されたのは、リヒャルト・シュトラウスの「四つの最後の歌」。たゆたうようなオーケストラの響きが実に魅力的な一方、ヴィーン国立歌劇場でも歌っているというマルティナ・セラフィンの声は魅力に欠ける。始終叫ぶような歌い方で、あまりにドラマティックに過ぎ、この曲に用いられている詩の細やかな魅力が台無しになった感もなくはない。アイヒェンドルフの「夕映えに」など、詩と声の抒情性が合致してこそ美しいのに。休憩のときに周りのマダム連が、「あの歌手、写真よりもずいぶん老けているわね」などと言っていたが、プログラムの写真そのものが相当古い印象だ。なお、ヘッセの詩による「九月」の終わりだったか、ホルンが実に魅力的なソロを聴かせてくれた。
 休憩を挟んで、この日のメイン・プログラムであるドヴォルザークの「新世界より」の交響曲が演奏された。第1楽章のテンポの運びは、音楽自体のダイナミズムを生かした見事なもので、これとヴィーン・フィルハーモニーの有機的な響きが相俟って、この楽章は素晴らしい演奏に仕上がっていた。再現部でノスタルジックなフルートの旋律をいっぱいに歌わせた後、コーダへ向けて一気にたたみ込むあたりは、聴き手も思わず興奮させられる熱演であった。最後の和音を少し溜めるのが想定外だった楽員が散見されたというハプニングも気にならなかったくらい引き込まれた。第2楽章のラルゴは、メータが取ったテンポが速すぎる感じで据わりが悪い。コーラングレのソロも歌いきれていない印象である。弱音器を付けた弦楽による旋律が高まって、木管楽器の田園的な旋律を引き出すあたりは非常に美しかった。スケルツォの楽章は、申し分のない充実した演奏。オーケストラが一体となった、力感に満ちたリズムが一瞬たりとも無機的なることがない。ここでもメータの巧みなテンポの運びが光る。フィナーレも全体的にきわめて密度の濃い演奏で、聴き応えがあった。唸りを上げる弦楽の刻みに乗って、ピラミッド状の響きで金管楽器が咆哮する。欲を言えば、美しい第二主題をもう少しじっくりと、ダイナミクスを微妙に変えながら聴かせてほしかったところ。ただ、それでも全体としては、おそらく来日公演などではほとんど聴くことのできない、このオーケストラならではの魅力が充分に発揮された演奏だったと思う。会場で思いがけず友人とその家族に出会えたのも嬉しかった。帰りがけ、通りがかったスペイン料理屋で、タパスの軽い夕食を取ってホテルの部屋へ戻った。

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