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2012年9月

福岡アジア美術館の「アジアをつなぐ──境界を生きる女たち」展と大分での「青木涼子、ふるさとで舞う」

 朝早い新幹線に乗って福岡へ向かう。福岡へ行くのは久しぶりであるが、今回の目的は福岡アジア美術館で開催されている「アジアをつなぐ──境界を生きる女たち 1984–2012」展を見ること。アジアの女性アーティストによる美術作品を集めてその表現の現在を映し出すこの展覧会を、知り合いのアーティストが出品していることもあり、どうしても見てみたかったのである。
 因習に、それに拠りかかって自己保存を図る権力に身体の内奥から搦め捕られて、ある「女」であることを強いられている自分、それに自分自身で向き合うなかから生まれる表現、その率直かつ緻密な表現を、例えば中国の林天苗の「卵#3」に見ることができるかもしれない。作家自身と思われる人の身体から、無数の糸によって作られた無数の卵が、糸を引きながら吐き出されている。卵子を産むことがすでにして無数の糸に絡みつけられることでもあることを、執拗なまでに突き詰めることが、見事な構成に結実している。そのような表現の源にあるのは、「家」に、あるいは「女」であることに閉ざされることに対する身体的な次元での違和感と抵抗であろうが、その際に、閉ざされるなかで手を染めざるをえない「伝統的」な手仕事を逆手に取るしたたかとも言える行き方も示されているのは興味深い。韓国のイースギョンの「翻訳された壺」は、陶器を修復する伝統的な工法を習得することをつうじて、あらゆる規範を超えて自己増殖する身体を表現したものと言えよう。モンゴルのダグヴァサンブー・ウーリーンツヤの「わたしは凧」は、伝統的なモンゴルの絵画の技法を駆使しながら、男女が絡み合い、摑み合いもする地上を離れて飛翔することへの憧れを「わたし」が飛ばす「わたし」としての凧によって、非常に洗練されたかたちで表現している。
 アジアに生まれた女性として生きることの表現は、移り住んだ先で新しい生活を営むことにまつわる苦悩としても掘り下げられている。そのなかで非常に印象的だったのは、インド出身のザリナ・ハシミによる移民の寂寥を抽象的な表現に結晶させた作品。表現そのものが非常に魅力的だったのは、韓国のソン・ヒョンソクの水彩作品。何と静かでかつパトスを内に秘めた筆触だろうか。バングラデシュのニルーファル・チャマンの作品は、結ばれ、よじられる存在であることを、身体そのものの可塑性に力強く転化させていた。
 これら以外に印象的な作品もあったのだが、それ以上に印象的だったのはキュレーションの見事さ。テーマをしっかりと腑分けしながら掘り下げている。そして、カタログも、数多くのエッセイが収められているうえ、資料としても充実している。
 アジア美術館を出てから、地下鉄で天神へ移動し、高速バスで大分へ。九州道が鳥栖まで混んでいてやきもきさせられたが、何とか10分ほどの遅れで大分に到着。大分では、当地のiichiko総合文化センター内にある音の泉ホールで、「青木涼子、ふるさとで舞う──能とであう、20世紀の弦楽四重奏」と題した、アルディッティ弦楽四重奏団が能楽師の青木涼子と共演した演奏会を聴いた。少し驚かされたのが、アルディッティ弦楽四重奏団がヤナーチェクとラヴェルの古典的な作品を、非常に深い共感をもって演奏していたこと。先日聴いた現代の作品の鮮烈な表現も、このような古典的な作品への深い理解から生まれているのだ。ただし、けっして情緒に流れることなく、作品のテクスチュアを実に緻密かつ音楽的に浮き彫りにしていた。ラヴェルの弦楽四重奏曲にはもう少し広がりを求めたい気もしたが、ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」では不穏な情動の蠢きが完璧に表現されていた。
 細川俊夫の「沈黙の花」では、大分出身の青木涼子の能舞が加わったが、その構成が非常によく練られていたのが非常に興味深い。彼女は、作品を二部構成と捉え、前半を人の姿で、後半を夢幻の世界の花の精の姿で静かに舞っていた。花を見るという人間的な行為が、花そのものに沈潜し、花の生命と共振するさまを目の当たりにするようで、その点、音楽の精神とも共鳴していた。この舞台のために新たにデザインされた衣裳も、華やかでありながら散る花の儚さも感じさせ、音楽に相応しい。
 このような花を見る魂の変容は、続くケージの作品の演奏とともに行なわれた献花への良い橋渡しにもなっていた。ここでも青木涼子が舞ったが、少し躍動感と合間に謡いも交えて、ケージが表現する四季との対話を試みていた。ケージの弦楽四重奏曲は、音を非常に切り詰めた、時に周囲に耳を澄ますような音楽なので、能舞の足を踏む音が入っても気にならないどころか、むしろケージが聴こうとしていた音の一つのようにすら聴こえる。慈照寺の花方である朱寶による生花は、大ぶりの竹を軸に、ススキやヒガンバナ、それに薔薇を配して、秋を凝縮した見事なもの。薔薇が入って華やかさを増しながら全体が締まるのが意外に面白かったが、朱寶によると薔薇そのものは中国に由来するとのことで、今回は中国産の落ち着いた色彩の花を使ったそうである。舞台を眺めていて、ケージのたゆたうような音楽から、舞いと花が湧き出てくるかのような印象を受けた。静かに満たされたような思いを抱きながら、大分を後にすることができた。

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Hiroshima Happy New Ear XIIを聴いて

 新しい音楽への耳を開く広島での現代音楽の演奏会シリーズHiroshima Happy New Earの第12回の演奏会には、現代の音楽そのものをリードしてきたと言っても過言ではないアルディッティ弦楽四重奏団が来演した。この弦楽四重奏団の演奏には、CD──ラッヘンマンの弦楽四重奏曲を集めたものは、あらためて凄いと思う──やラジオの放送などで親しんできたのだけれでも、生の演奏に接する機会はどういうわけかこれが初めてのこと。それゆえとても楽しみにしていたのだが、期待にたがわぬ素晴らしい演奏だった。以前にディオティマ弦楽四重奏団の演奏を聴いたときに、これは一つの事件だと人に語ったことがあったが、それを上回る衝撃を受けたと言ってよい。凄まじいまでの凝縮度をもった音の塊が、恐ろしいまでの解像度をもって迫ってくるのだ。
 とくに最後に演奏された、クセナキスのテトラスで聴いた音の凝縮されたエネルギーは、この四重奏団の緊密なアンサンブルによってしか表現されえないものだろう。アリストテレスに因んで言うならば、きわめて質料的な音の素材が、おのずから発展し、凄まじい生命力を発揮していた。同時にそれが緻密な論理にもとづいていることも感じないではいられない。ロゴスに裏打ちされた、ディオニュソス的な音の躍動をアルディッティ弦楽四重奏団は聴かせてくれた。
 とはいえ、今回この弦楽四重奏団の演奏に接して驚かされたのは、音の素材が激しく運動する楽節と、それがぴたりと止んで静まる楽節との対比である。とくに静けさの深さは恐ろしいほどだ。最初に聴いたリゲティの弦楽四重奏曲第2番の演奏で聴かせた静かな響きには、深淵に吸い込まれそうな思いがした。その静けさから湧き上がる音の運動は、リゲティが影響を受けたバルトークの作品以上に、飼い馴らされていない自然の蠢きを感じさせる。
 今回細川俊夫の作品が二曲演奏されたが、まず「沈黙の花」の演奏は、この作品が傑作であることを申し分なく伝える密度の濃い演奏だった。力強く打ち込まれた音が命の花を空間に開きながら、やがて消え去っていくさまが、驚くべき振幅をもって表現されるとともに、その線が擦れていく動きがきわめて緻密に表現されていた。垂直的に打ち込まれ、空間に線を描いていくのがだんだんと静まって消え去っていく、どこか命の儚さを感じさせる曲の推移には、マーラーの交響曲第9番の最終楽章を思い起こさせられる。
 日本初演となった細川の弦楽四重奏のための「書」は六つの短い曲から成るが、その演奏ではとくに最後の二つの曲における息の長い歌が印象的だった。書においては擦れや滲みをなすような動きが、歌う息遣いと深い感情の共鳴として響いていたように思う。なお、最後の曲は、細川のオペラ『班女』のなかの花子のアリアを素材にしているとのことである。
 この夜聴いたアルディッティ弦楽四重奏団の演奏は、曲のテクスチュアを緻密に読み取ることを、崇高なまでの強度をもった現代の音楽の表現と見事に結びつけたものであった。それを聴きながら、アドルノが、技術でもある芸術がそれ自身の論理を尽くした果てに自然との和解がありうることを、思い起こすとともに、そこに至るミメーシスが音楽においては、アルディッティ弦楽四重奏団がしたような優れた演奏をつうじてのみ実現されうるのかもしれないとも考えさせられた。その緻密な解釈と緊密なアンサンブルのなかから、音の運動が、歌う息のめぐらしが、おのずから立ち上ってくるのである。
 そのことと同時に、この夜聴いた鮮烈な表現に至る弦楽四重奏の伝統も感じないではいられなかった。リゲティの作品は明らかにバルトークの弦楽四重奏曲第4番を意識したものであろうし、クセナキスの作品も、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲の、断片的なモティーフを展開させる傾向なしには生まれなったのではないか。それに細川の「書」は全体として、例えばヴェーベルンが書いた弦楽四重奏のための楽章を思い起こさせる。アルディッティ四重奏団が、このような弦楽四重奏の伝統を背景に、弦楽四重奏と新しい音楽の可能性をどのように切り開いていくのか、これからも注視していきたい。

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