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3月に読んだ和書

 3月の前半は、翻訳や原稿執筆に非常に忙しく、ほとんど本を読むことができなかった。その合間を縫ってようやく読めたのが、ロドルフ・ガシェの『いまだない世界を求めて』(月曜社)。以前から気になっていた、デリダの薫陶を受けたこの哲学者による日本語版オリジナルの論文集である。翻訳と解説が素晴らしく、このようなかたちでガシェの思想が紹介されるのは喜ばしい。作品の独特の現実性ないし出来事性を語るものとしてハイデガーの「芸術作品の根源」を読み解いた論文と、他者への応答としての責任の概念から、哲学そのものを捉え直そうとする論文とが感銘深かった。
 4月7日から広島でも、先頃交通事故のために急逝したテオ・アンゲロプロスの『旅芸人の記録』の追悼上映が始まるが、その予習も兼ねて読んだのが、村田奈々子の『物語 近現代ギリシャの歴史──独立戦争からユーロ危機まで』(中公新書)である。19世紀半ばのギリシアの独立運動以来、周囲の大国によって翻弄されてきたギリシアの苦悩の歴史を、政治史として浮き彫りにする。言語をめぐる対立が、ギリシアとは何か、という根本的な問いと結びついているあたりの叙述は興味深い。現代ギリシアの政治史の専門的な叙述に傾きがちなところがあるので、もう少し大局的な視点と、問題の掘り下げがあればと感じた。
 月末にヴィーンへ出かけるので、1848年のヴィーン革命のことを知ろうと読んだのが、良知力の書いた二冊の革命史論。いずれも、1848年の3月に始まり、10月の敗北に終わるヴィーン革命の歴史を、歴史に名を残さない人々の声や足跡を記した膨大な資料を渉猟して、革命史の見直しを迫る労作である。一冊は、『向う岸からの世界史──一つの四八年革命史論』(ちくま学芸文庫)。挫折に終わったこの革命の歴史を、同時代のベルリンの革命の動きと照らし合わせながら浮き彫りにし、さらに20世紀後半の移民をめぐる状況とも関連づける論集である。その叙述の舞台裏も明かされて興味深い。もう一冊は、『青きドナウの乱痴気』(平凡社ライブラリー)であるが、これは名著と言うべきであろう。労働者の権利を求める闘いがやがてハプスブルク帝国内での民族抗争へ転化していく様子が、ヴィーンの都市生活を文字どおり支えていた人々の声から浮き彫りにされる。革命に立ち上がったヴィーンを皇帝の軍隊から守ろうと戦って、クロアチア人の部隊を先兵とする皇帝軍によって虐殺されたのが、ボヘミアやポーランドからヴィーンへ流れ込んできた移民であったわけだが、こうした痛ましい歴史は今も繰り返されているように思えてならない。ちなみに、本書に掲載されている挿し絵のいくつかを、カール広場の傍らにあるヴィーン市の博物館で見ることができる。
 他にヴィーンへの旅へ向けて読んだのが、類い稀な芸術史家宮下誠が残した『クリムト──金色の交響曲』と岡田暁生の『楽都ウィーンの光と陰──比類なきオーケストラのたどった道』(いずれも小学館)。前者は、金細工から出発したクリムトの絵画を、日本の芸術との関わりや分離派という運動の理念にも目配りしつつ、世紀末ヴィーンのなかに生き生きと浮かび上がらせる佳篇。ベートーヴェン・フリースについての叙述は圧巻と言うべきであろう。風景画家としてのクリムトに注目している点にも共感できたし、作曲家マーラーと関連づける叙述も正鵠を射ている。また、巻末のクリムトの作品の地図は、この画家の絵を見にヴィーンを訪れる人にとって有益であろう。後者は、ヴィーン・フィルハーモニーというオーケストラの歴史を掘り起こすことを軸としながら、ヴィーンの音楽文化の発展と凋落とともに、移民の街であるがゆえに同時に人種差別の渦巻く街でもあるヴィーンの姿をも浮き彫りにする。スター指揮者として華々しく登場し、歌劇場やオーケストラをめぐる陰謀に翻弄されたマーラー、そしてプラーターの貧しい移民の家に生まれ育ったシェーンベルクという二人のユダヤ人に関する章はことに興味深い。巻末の年表や地図もなかなか有益だと思う。音楽の都としてのヴィーンの歴史は、第一次世界大戦以前の、すなわちハプスブルク帝政期のブルジョワジーの興隆に負っていて、これほどまでにヨハン・シュトラウスがヴィーンを代表をするものとしてこれほどまでに全面に押し出されるのは、その時代へのノスタルジーの表われなのだ。
 ヴィーン滞在中に読んだのは、アルトゥール・シュニッツラーの『夢小説・闇への逃走 他一篇』(池内紀他訳、岩波文庫)。無意識の欲動が、じわじわと、また退廃的な情緒も交えながら浮かび上がってくる。医師でもあったシュニッツラーならではの、人間の身体と心理への鋭い切り込みも印象的で、堕ちていく人間のなかで起きていることが、ひしひしと伝わってくる。これを読んで、クリムトやシーレを見て、シュテファン寺院裏手の飲み屋街へ消えるというヴィーンの過ごし方もあるかもしれない。ちなみに、フロイトはシュニッツラーの小説を読んで、自分が地道な研究を重ねて辿り着いた洞察に一挙に達していると、彼を羨んだということである。
 ヴィーンから帰る機内で読み終えたのが、吉田秀和の『ヨーロッパの響、ヨーロッパの姿』(中公文庫)。1967年秋からおよそ1年、ベルリンを拠点にヨーロッパに滞在したあいだ、著者が音楽を中心に接した芸術についての批評をまとめたものである。彼の確かな批評眼をあらためて痛感させられるとともに、批評の視点もかなり理論的に示されている。それはたしかに古典的な作品観に支えられたものであろうが、あらためて傾聴すべき論点も少なくない。「批評」や「評論」を掲げて書くすべての人に読まれるべきエッセイ集と思われる。
※ブクログという読書記録サイトの「まとめて紹介」機能を利用しています。

walterの本棚 - 2012年03月 (9作品)
3.11を心に刻んで
読了日:03月20日
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