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2012年3月

ヴィーンへの旅:2012年3月30日

 今日でヴィーンへの旅も終わり。朝食後、荷造りをして部屋を後にする。昨日から断続的に降っていた雨がますますひどくなってきたので、仕方なく空港行きのバスが出るスウェーデン広場までタクシーを使う。運転手のおじさんは空港まで乗ってほしかったらしく、不満げだったが、こちらは往復のバスの切符を買ってしまっているので、仕方がない。
 早めに空港に着いて、マシーンによるチェック・インを済ませるが、困ったことに座席が指定されない。聞けば、搭乗口で間違いなく指定してもらえるとのこと。よい席を早く確保しようと早めに来たのに、これでは半分無駄足だ。余った時間、カフェで過ごそうとコーヒーを買うが、ここでも驚かされることがあった。「バリスタ・スペシャル」なるコーヒーを注文して、きっと「バリスタ」を名乗る店の従業員か誰かが選んだ豆のコーヒーが飲めるものと思いきや、これでもかとばかりにコーヒーにクリームを何種類も盛りつけたものが出て来た。「スペシャル」というのは、広島のお好み焼きと同じで、何でも入れるということなのでは、と妻が言っていたが、けだし明察である。
 オーストリア航空の成田行きの便は満席で、若いカップルがオーヴァーブッキングのためにはじき出されていた。妻と私がいる列は、ディスプレイもコントローラーも動かず、結局電灯を消すこともできず、辟易した。映画を見たかった妻はとくに不満そうだった。座席の機器の整備もしっかりしてほしいものである。
 機内では吉田秀和がヨーロッパ滞在中に接した芸術家のことを中心に書いたエッセイ集を読むが、これは本物の芸術論ではないだろうか。議論に引き込まれ、すぐに最後まで読み通してしまった。国際版の日本の新聞も読んだが、しばらく日本を離れたいたあいだ、国内政治はますますおかしな方向へ向かっているように見える。

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ヴィーンへの旅:2012年3月29日

 今日は曇って肌寒い。昨日までの晴天とは対照的だ。朝食の後、美術史美術館へ向かう。朝のうちは絵画のギャラリーは観光客の団体でごった返すので、まず古代エジプトやギリシア、ローマなどの美術品を見る。ギリシアのアンフォラの一つに、オレステスとエレクトラによるアイギストス殺害の場面があったのに目が留まった。ここでもクリムト生誕150周年ということで、彼が手がけた壁画を、特設の橋に上って近くから見られるようになっている。若いクリムトによる古代エジプトからルネサンスまでの各時代および時期の美術の美しい寓意。
 絵画では、まずジョルジョーネによる若い女性の肖像画や謎めいた若い戦士の肖像画の静けさに惹かれる。アルチンボルドによる「水」の寓意画は、彼が事物のモンタージュによって構成した顔のなかで、おそらく最もグロテスクだろう。顔のなかで無数の魚と海獣が口を開けている。カラヴァッジョでは、「薔薇の冠の聖母」のような大規模な作品よりも、ゴリアテの首を摑むダヴィデの像のような中規模の作品に彼らしさが強く表われているように思われる。
 美術館内のカフェで軽い昼食をとった後で見たフランドルとオランダの絵画では、何と言ってもロヒール・ファン・デル・ウェイデンによる十字架の祭壇画が素晴らしい。風景描写、人物の造形、そして哀しみの表現が、どれも研ぎ澄まされて静謐な画面の完璧な構成に結晶している。この祭壇画と並んで、ハンス・メムリンクの慈愛に満ちた祭壇画が置かれていたのが非常に興味深かった。こちらも前者に劣らず魅力的だ。柔らかな光景のなかに、慈しみそのものと言えるような聖母子像が静かに浮かび上がる。事物の質感を醸す細部の緻密な表現も優れている。
 この美術館が誇るブリューゲルのコレクションは、本当に見飽きることがない。共感に満ちた観察眼によって、愚かですらあるような人々の生きざまが躍動する。今回は「農民の結婚式」を描いた一枚がとくに魅力的に思われた。フェルメールの「絵画芸術」の寓意は、ある瞬間を永遠の相の下に描く彼の芸術の完成された姿を示すものの一つだろう。どこまでも緻密に描き込まれた画面のなかで、天使に仕立てられたモデルの服のラピスラズリによる服の青と唇の金色の一点が、窓からの光に映え、画家のアトリエの光景を開く。それと前景の重みのあるカーテンの対照も非常に巧みだ。レンブラントでは、後期の息子ティトゥスの肖像が魅力的だ。今回、万霊節を描いた大規模な作品をはじめとして、デューラーの作品を数多く見られたのも嬉しかった。ヴェネツィアの女性の肖像はとくに傑作と思う。
 部屋で少し休んだ後、夜はコンツェルトハウスにてハーゲン弦楽四重奏団の演奏会を聴く。前半は、ベートーヴェンの第6番の弦楽四重奏曲とヴェルディの歌劇「ルイザ・ミラー」からの数曲を弦楽四重奏に編曲したもの。ベートーヴェンでは、冒頭の楽章でヴァイオリンのルーカス・ハーゲンの音が、音程が定まらないままひっくり返ることが何度かあって、おやと思わされたが、全体的にはこの作品を特徴づける長調と単調の対比を見事に生かした演奏だったと思われる。沈み込むような単調の響きから、生気に満ちた長調の旋律が浮かび上がってくる瞬間の美しいこと。とくにフィナーレは、何度繰り返される沈欝なアダージョと、沸き立つようなリズムのアレグロとの対比が際立って、とても魅力的だった。ヴェルディの弟子というエマヌエーレ・ムズィオなる作曲家による、ヴェルディ中期の「ルイザ・ミラー」のいくつかのナンバーの編曲は、思ったよりも楽しめた。アリアの旋律の魅力と、その伴奏のオーケストレーションのツボを抑えたと言ってよい編曲で、旋律とリズム双方の躍動感がよく引き出されている。ヴェロニカ・ハーゲンのヴィオラの柔らかな音が旋律を担当するとき、とくに曲が魅力的に思われた。
 休憩の後は、モーツァルトの「ホフマイスター」弦楽四重奏曲。ヴァイオリンとヴィオラのための変ロ長調の二重奏曲の変奏曲の旋律に似た、カノン風の旋律の掛け合いが、非常に親密な雰囲気を醸すのと、アダージョで清澄な世界がどこまでも広がるのとの対照が素晴らしく、インティメートな室内楽を掘り下げることで作品の精神に近づこうとするこの四重奏団のアプローチが、見事に生きた演奏だったと思う。澄んだ響きのなかにモーツァルトの音楽の様式性が自然に生きているのも素晴らしい。ハーゲン弦楽四重奏団は、カメラータ・ザルツブルクとともに、モーツァルトの演奏の伝統を、絶えず新しい息を音楽に吹き込みながら今に伝えている、貴重なグループの一つと言えよう。アンコールは、おそらく同じ作曲家によるヴェルディのアリアの編曲もの。これも軽やかな旋律とリズムの躍動が生きた魅力的な作品と演奏だった。

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ヴィーンへの旅:2012年3月28日

 ボッシュの「最後の審判」の祭壇画を見ようと造形芸術アカデミーの美術館へ出かけるが、折悪しくちょうど今日から修復のために見られないとのこと。それ以外の絵はそれほど魅力的ではないが、ライスダールの風景画を、人物像の交じった初期から晩年までいくつか見られたのは嬉しかった。とくに橋のある冬景色の絵は、小さいながらよい作品だと思う。あと見るべきところがあると思われたのは、レンブラントの初期作品くらいだろうか。
 少し南に下って、ナッシュマルクトをのぞいてみるが、オーストリアの人が経営している露店はもうほとんど見られず、トルコ人などが経営する、ファスト・フードを兼ねたものが多い。どうやら観光客向けの市場に変わったようで、客引きの声が煩わしい。オリーブを少し買い求めて出た。昼食は市場のなかの食堂ではなく、近くに見つけたサイゴンというヴェトナム料理屋にて。鶏肉のフォーを食べたが、なかなかよいスープの味。タピオカのデザートも付いて7ユーロ足らずならまずまずだ。
 午後はグラーベンやコールマルクトあたりの街路を散策するが、それにしても観光客が多い。コールマルクトのデーメルで、ザッハートルテを食す。以前は、この甘いケーキにさらに生クリームなんて、と思っていたが、凝縮された甘さのトルテにクリームを付けると、甘味がまろやかになって食べやすい。刺激的なまでに甘いところも一つの魅力ではあるのだけれども。それ以外に、菫の花弁を砂糖漬けにしたものも買い求めた。その後、部屋に帰ってしばらく休んだ。無意識の欲動がじわじわと染み出てくるさまを描くシュニッツラーの掌編を読む。
 夜は国立歌劇場でバレエの公演を見る。演目は、トルストイの『アンナ・カレーニナ』をチャイコフスキーの音楽に乗せてバレエに仕立てたもの。ボリス・エイフマンという人の構成と振り付けによるもので、人物の心理を鋭く抉り出す舞台として、すでに評判で、東京の国立劇場でも取り上げられるとか。チャイコフスキーの音楽からは、弦楽セレナードや「悲愴」や「マンフレッド」の交響曲からの一部、数曲のバレエ音楽などが演奏された。少し粗いところや管楽器のミスが耳に付いたが、オーケストラは迫力のある演奏を聴かせていた。ダンサーのなかでは、アンナと恋に落ちる将校ヴロンスキーを演じた青年が魅力的だったように思う。それにしても、バレエの観客はなぜこうも行儀が悪いのか。カーテンコールで口笛を吹くばかりか、フラッシュをたいて写真を撮る。オペラではそういう客は見かけないのに。
 帰りがけ、劇場の近くのレストランで軽い夕食。焼いたソーセージのほか、ターフェルシュピッツをマリネにした一品を食べるが、これがまずまずの味。店付きの老音楽家がツィンバロンで「さくらさくら」など日本の歌を弾いてくれたが、これは要らないサーヴィスだった。

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ヴィーンへの旅:2012年3月27日

 それにしてもよい天気だ。日差しが眩しい。今までヨーロッパで体験したことのない春の陽気である。公園の緑が映え、若者たちが座っておしゃべりを楽しんでいる。今日の午前中は、ベルヴェデーレ宮殿の上宮で、クリムトやシーレの作品を中心に絵を見る。かつて下宮に展示されていた近代絵画や中世の美術がすべて上宮に移ってきたせいだろうか、以前よりもクリムト作品の展示は縮小されていたように思う。彼の生誕150年の記念の年だというのに奇妙なことだ。あの「接吻」だけが赤い特別の壁に掛けられて、展示室の真ん中あたりに据えられていて、そこに観光客の人だかりができている。
 クリムトの作品では、絵画と工芸の融合を成し遂げたいわゆる黄金期の作品よりも、身体の運動性が高まるとともに新たな色彩表現が模索される晩年の作品のほうが魅力的に思われる。「アダムとイヴ」そして未完に終わった「花嫁」あたりは、身体表現と色彩表現が生気を帯びながら融合している。そしてより率直な喜びを感じられる。  昼時に観光客が減ったところで「接吻」をよく見てみると、女性の黄金の衣服の裾から藤の花か下に垂れる木の葉のようなものが垂れ下がっているのが目に付いた。そこに注目しているうちに、この作品が、男女の至福に包まれた瞬間というよりは、自然と人間、そして美術と工芸の結合を象徴しているように思われてくる。もしかするとこれは、ユーゲントスティルそのものの寓意でもあるのかもしれない。同じ部屋には、「水蛇」や「フリッツァ・リードラーの肖像」など、黄金期を代表する作品のほかに、美しい風景画──とくに農家の庭を描いたものなど、花々が実に生き生きとしている──もいくつかあって、それを見ているうちに一つ気がついたことがあった。アッター湖畔の風景を描いたものが一点あったのだが、それを見ると湖畔には木々の緑が豊かに生い茂っている。そうすると、昨日レオポルド美術館で見たアッター湖の水面を描いた絵の緑がかった青は、木の葉の緑が水面に映った色なのかもしれない。それにしても、まさに世紀末に描かれた「ソーニャ・クニプスの肖像」のアウラのような香気は何なのか。
 しかし、今はクリムトよりもシーレの絵のほうに惹かれる。「四本の樹」の日没の表現は、色彩の階層的配置が画面全体の深沈とした雰囲気を醸し出して実に美しい。土に染み込むような夕映えのなかに、シーレが生命の蘇生にも見立てる木々の枝が夕日に黒く映える風景の少し張りつめた静けさ。岩が剝き出しとなった慰めのない光景のなかに人の命の儚さが象徴される「死と乙女」では、すでに石のような死神に捕らえられた少女もまた石化していくかのようだ。最晩年の家族の肖像が示す哀しみに包まれた喜びを前にすると、言葉を失わざるをえない。廂を色彩の配置によって構成しながら壁面の質感を執拗なまでに追究した「家の窓」も魅力的に思われた。これも哀しみに包まれた母子像も、たしかに聖母子像をモデルとしている点に注目するなら瀆神的かもしれないが、神に見放された世界で命をつなぐことの苦悩を切々と伝えて感銘深い。こうした生の苦悩を鋭く抉り出しながら慈しみにも満ちたシーレの表現を前にすると、ココシュカの人物表現などは逆に表面的に思われる。たしかに彼がプラハの風景をパノラマ的に描いた作品など魅力的ではあるのだけれども。
 これら以外には、カスパー=ダフィート・フリードリヒが霧のなかの海や砂岩の山並みを描いた風景画が、無限に続く奥行きを穏やかに示していて美しく思われたし、キルヒナーが山並みの風景を描いた作品も、彼の様式の成熟が画面の魅力に結びついているように感じられた。団体の観光客がぞろぞろと歩いていて騒々しかったので、それ解放されてほとんど誰もいない中世美術の部屋でゴシックの木彫や祭壇画を眺めていると、妙に心が落ち着いた。  ベルヴェデーレを後にして、宮殿のすぐ向かいにある、店の人が言うには「シャロン・ストーンも来た」というシルク製品の工房で、クリムトの「花嫁」の絵をプリントしたスカーフを妻のために買った後、電車を乗り継いで、昨日行ったのと同じアルト・ヴィーンでクラーシュの昼食。牛肉が良く煮込んであって美味しいのだけれど、スープが少し塩辛かった。そこを出て、午後はまずカール広場前の分離派会館を訪れる。地下に据え付けられているクリムトの「ベートーヴェンフリース」を間近で見ることができた。因習に捕らわれる苦悩から解放された生の歓喜を求める憧れが、漆喰の壁面に流動する。金箔を多用したフレスコ画の制作過程を再現したヴィデオも上映されていて、これも非常に興味深かった。
 そこを後にして、今度はカール広場の反対側にあるヴィーン博物館を訪れる。先史時代から現代までのヴィーンという街の歴史を伝える博物館であるが、クリムトやシーレの貴重な作品も展示されている。「愛」の寓意画や芸術の因習に挑みかかるクリムトの「パラス・アテナ」神像、それに美しい「エミーリエ・フレーゲの肖像」なども魅力的だが、ここでもやはりシーレの作品に惹かれる。自画像と向日葵の絵が展示されていたが、向日葵の絵を彼はほかにも何点か描いている。彼にとって向日葵とは何なのだろう。この博物館には、19世紀に天候による劣化から守るために取り外されたシュテファン寺院の外壁の彫刻の14世紀のオリジナルや、同時期のステンドグラスが展示されていて、これも興味深かった。ビーダーマイヤーを代表する作家グリルパルツァーの住まいを再現したコーナーもあったし、1848年の革命の様子を描いた絵とともにその時期を振り返るコーナーでは、最近読んだ革命史が思い出される。
 夜はコンツェルトハウスでカメラータ・ザルツブルクの演奏会。「安らぎなく! Ruhelos!」 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のソロイストを務めたパトリシア・コパツィンスカヤがアンコールで弾いたクルターグの「カフカ断章」の一曲「安らぎなく」を弾いて叫んだこのひと言は、この演奏会で演奏された二つの協奏曲の演奏を図らずも象徴しているように思われる。前半にファジル・サイの独奏でモーツァルトの第21番のピアノ協奏曲(K. 467)が演奏されたが、彼の独奏には嫌悪感すら覚え、聴いていて気持ちが悪くなった。自己顕示的に叩きつけられるフォルテの音は、モーツァルトの書いた楽譜から聴こえるものからはほど遠い。テクニックに長けたサイのことなので、「モーツァルトっぽい」繊細なピアノも弾けなくはないが、明らかに取って付けたようである。彼の恣意だけが聴こえ、モーツァルトは聴こえなかった。いくら即興的であったとしても、かつてのグルダのようにモーツァルトの精神を響かせることができるのだ。アンコールで演奏された「キラキラ星変奏曲」は、サイの自己顕示欲の塊でしかなかった。これほどまでではないにしても、コパツィンスカヤによるベートーヴェンの協奏曲の演奏も、「安らぎ」とともに音楽に身を委せられるにはほど遠かった。恣意的なところが耳について、途中から独奏に耳を傾ける気を失ってしまった。彼女の即興性も、ベートーヴェンの音楽が求めるものからかけ離れているとしか言いようがない。ヴァイオリン自体の響きを生かしたなかに晴朗な世界を現出させるこの協奏曲の音楽を充分に繰り広げるなかに清新な風を吹き込むのなら理解できるが、むしろ作品のダイナミズムを阻害しているところが目立つ。何よりも許容しがたく思われたのは、ベートーヴェンが書いた音を改竄しているところがいくつかあったところ。カデンツァは、ベートーヴェンがこの協奏曲のピアノ協奏曲版のための書いたカデンツァをコパツィンスカヤが編曲したもの。ティンパニのほかに、コンサートマスターのヴァイオリンが掛け合いに加わるが、この日のコンサートミストレスは、コパツィンスカヤのアプローチに同意しているようには見えなかった。「カフカ断章」を含め、アンコールで披露された現代作品の演奏は見事だった。
 多少なりとも安心して耳を傾けられたのは、カメラータ・ザルツブルクの生気に満ちた演奏だった。モーツァルトの音楽が求めるものを、つねに新しい息を吹き込みながら守っていて、いつ聴いても素晴らしく思う。この日の最初に演奏された第28番の交響曲の演奏は、歌の喜びと沸き立つようなリズムの喜びとが共存する見事なものだった。Img_0783


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ヴィーンへの旅:2012年3月26日

 月曜日なので美術館は軒並み休みかと思いきや、ヴィーンではいくつかの美術館が開いていた。午前中はそのなかの一つ、レオポルド美術館を訪れた。世紀転換期のヴィーンの美術シーンを工芸や都市の変化にも視野を広げながら浮かび上がらせる展示に始まり、クリムトが家族などに宛てた相当な数の絵葉書と、彼のアトリエの再現などとを背景としながら、この美術館が所蔵しているいくつかの作品によって、今年生誕150年を迎えるクリムトの生涯と芸術を浮かび上がらせる特別展、それにこの美術館が誇るエゴン・シーレのコレクションを特集した展示と、どれも見ごたえがあった。クリムトの作品では、当然ながらこの美術館のコレクションを代表する「死と生」の色彩も素晴らしかったが、とくに美しく思われたのは、アッター湖の水面を描いた風景画、静かに彼方へ消え入っていくような背景から、緑がかった青の輝きが穏やかに映える。静かにこちらへ近づいてくるその色の配置が絶妙である。シーレの作品のコレクションも素晴らしかったが、そのなかでは、暗い色の岩肌から聖人の姿が徐々に浮かび上がるかのような「顕現」と、日没の風景を描いた作品の深沈とした美しさがとくに印象的だった。家並みを描いた風景画も、クレーの作品に見られるような色彩のリズムが、沈み込むような壁面の色と対照的で面白い。地下のほうでは、シーレの作品からインスピレーションを得た現代の作家のインスタレーションなどが展示されていたが、人間の身体性を鋭く抉り出すシーレの表現は、現代の作家に強く訴えるものがあるにちがいない。
 昼食は、シュテファン寺院の奥の路地を入ったところにあるアルト・ヴィーンというカフェで、この日の定食であるシュニッツェル。値段は、斜向かいにある、シュニッツェルが有名なフィグルミュラーのちょうど半額だった。豚肉のシュニッツェルも香ばしくて美味しいが、付け合わせのじゃがいものサラダがどこか心落ち着く味でよい。催し物のポスターや、ちょっとダダ風の美術作品が飾ってあって、よい雰囲気の店だった。
 午後は、アルベルティーナで印象派とクリムトの素描の特別展を見る。下階の2フロアを使って、マネからセザンヌに至る素描がパステル画などとともに展示してあった。相当な數の作品である。モネがロンドンのテムズに架かる橋を描いたパステル画がまず目を惹く。バレエの踊り子たちを描いたパステル画も美しいし、ロートレックの、あの特定の空間における人物の一瞬の相貌を無駄のない仕方で捉える力は、ことにパステルによる素描で発揮されるように見えた。セザンヌの素描は、彼が事物の形態を構成的に把握する過程を示して興味深い。  上階からは、この美術館の新しい常設展示となった、バルティナー・コレクションによる印象派から晩年のピカソまでの油絵作品が展示されているが、この展示も驚くべき充実ぶりで、これまでデューラーらからの素描や版画によって知られていたこの美術館の新たな魅力をなすものと言えよう。キルヒナーらしさがよく出た女性像があったのも嬉しかったし、ノルデの生命感にあふれる花園の絵もあった。印象的だったのは、ロートレックによる厩の白馬の絵。少し悲しげな表情が心に残る。カンディンスキーの左右に対照的な構成を示した作品やクレーの「逸脱」の一歩を示す作品も見られたのも喜ばしい。シャガールの三点では、どれも彼らしい幻想が画面いっぱいに繰り広げられている。戦後すぐのピカソが描いた、緑の帽子を被った女性の像は、深い哀しみに包まれていて、思わず立ち止まらせられる。
 最後にクリムトのこれまた膨大な素描を見たが。建物の壁面を彩る人物群像や、あるいは金色に包まれた肖像画を創作する前に、彼がいかに多くの素描を繰り返していたかを知ることができる。女性の肢体を捉える眼差しと手つきを完全に自分のものにしてから、彼はそれを大きな画面の造形に生かしていった。そのプロセスを伝える充実した展示だった。
 夜は、楽友協会ホールにて、ズービン・メータ指揮によるヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会を聴く。メータが指揮する演奏を生で聴くのは初めてだが、彼がオーケストラから充実した響きを引き出すのにいかに長けているかを身をもって知ることができた。最初に演奏されたのは、ヒンデミットの交響曲「画家マティス」。メータはこの曲を得意としているのだろうか。落ち着き払った音楽の運びで、密度の濃い演奏を聴かせていた。ことに印象的だったのは、第2楽章の「埋葬」における沈んだ、そして清澄なピアノの響き。フィナーレの「聖アントニウスの誘惑」では、聖性と悪の抗争が力強く描かれた後、圧倒的なコラールで閉じられた。楽器の音が溶け合って壮大なハーモニーが形成されるのは、このオーケストラ、そしてこのホールならではのことであろう。続いて演奏されたのは、リヒャルト・シュトラウスの「四つの最後の歌」。たゆたうようなオーケストラの響きが実に魅力的な一方、ヴィーン国立歌劇場でも歌っているというマルティナ・セラフィンの声は魅力に欠ける。始終叫ぶような歌い方で、あまりにドラマティックに過ぎ、この曲に用いられている詩の細やかな魅力が台無しになった感もなくはない。アイヒェンドルフの「夕映えに」など、詩と声の抒情性が合致してこそ美しいのに。休憩のときに周りのマダム連が、「あの歌手、写真よりもずいぶん老けているわね」などと言っていたが、プログラムの写真そのものが相当古い印象だ。なお、ヘッセの詩による「九月」の終わりだったか、ホルンが実に魅力的なソロを聴かせてくれた。
 休憩を挟んで、この日のメイン・プログラムであるドヴォルザークの「新世界より」の交響曲が演奏された。第1楽章のテンポの運びは、音楽自体のダイナミズムを生かした見事なもので、これとヴィーン・フィルハーモニーの有機的な響きが相俟って、この楽章は素晴らしい演奏に仕上がっていた。再現部でノスタルジックなフルートの旋律をいっぱいに歌わせた後、コーダへ向けて一気にたたみ込むあたりは、聴き手も思わず興奮させられる熱演であった。最後の和音を少し溜めるのが想定外だった楽員が散見されたというハプニングも気にならなかったくらい引き込まれた。第2楽章のラルゴは、メータが取ったテンポが速すぎる感じで据わりが悪い。コーラングレのソロも歌いきれていない印象である。弱音器を付けた弦楽による旋律が高まって、木管楽器の田園的な旋律を引き出すあたりは非常に美しかった。スケルツォの楽章は、申し分のない充実した演奏。オーケストラが一体となった、力感に満ちたリズムが一瞬たりとも無機的なることがない。ここでもメータの巧みなテンポの運びが光る。フィナーレも全体的にきわめて密度の濃い演奏で、聴き応えがあった。唸りを上げる弦楽の刻みに乗って、ピラミッド状の響きで金管楽器が咆哮する。欲を言えば、美しい第二主題をもう少しじっくりと、ダイナミクスを微妙に変えながら聴かせてほしかったところ。ただ、それでも全体としては、おそらく来日公演などではほとんど聴くことのできない、このオーケストラならではの魅力が充分に発揮された演奏だったと思う。会場で思いがけず友人とその家族に出会えたのも嬉しかった。帰りがけ、通りがかったスペイン料理屋で、タパスの軽い夕食を取ってホテルの部屋へ戻った。

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ヴィーンへの旅:2012年3月25日

 今日から妻とヴィーンへの旅。ヴィーンを訪れるのは、新婚旅行のとき以来8年ぶりということになる。7時前に広島空港に着いてチェックイン。成田行きの便がオーストリア航空ともコードシェアしているためだろうか、成田からのヴィーン行きの便も同時にチェックインできて、荷物もスルーで預けられたのはありがたかった。9時半前に成田に着いてみると、南ウィングは、ものすごい人混みでごった返していて、出国審査場に通じる保安検査のゲートの前に長蛇の列ができている。本当は少しゆっくりしたかったが、すぐにこの列に並ばなければならなかった。おそらく今日から学校の春休みで、家族連れや卒業旅行で海外へ出る人々のちょっとした出国ラッシュになっているのだろう。
 オーストリア航空のヴィーン行きの直行便で、11時間のフライト。前回このキャリアを利用したのは、ヴィーン経由でドレスデンへ行った2004年の秋以来ということになるが、以来使っていなかった理由を思い出してきた。機内のエンターテインメントの内容が乏しく、機内食もあまり美味しくなかったのだ。妻は見る映画がないとこぼしていた。ラジオのクラシック音楽のプログラムも3時間ほどのサイクルで同じ曲を繰り返している。機内食は、グリルチキンのグラタン添えか「カツ丼」という「究極の」と言いたくなるような選択肢だった。特別不味いわけではないが、美味しくはない。他のキャリアに比べて全体の量を抑えてあるのと、カイザーゼンメルなどのパンが香ばしいのが嬉しい。機内では、岡田暁生の『楽都ウィーンの光と陰──比類なきオーケストラのたどった道』と良知力の『青きドナウの乱痴気』を読了。前者は、ヴィーン・フィルハーモニーというオーケストラの歴史を掘り起こすことを軸としながら、ヴィーンの音楽文化の発展と凋落と同時に、移民の街であり、そうであるがゆえに同時に人種差別の渦巻く街でもあるヴィーンの姿をも浮き彫りにする。スター指揮者として華々しく登場し、歌劇場やオーケストラをめぐる陰謀に翻弄されたマーラー、そしてプラーターの貧しい移民の家に生まれ育ったシェーンベルクに関する章はことに興味深い。巻末の年表や地図もなかなか有益だと思う。音楽の都としてのヴィーンの歴史は、第一次世界大戦以前の、すなわちハプスブルク帝政期のブルジョワジーの興隆に負っていることとともに、これほどまでにヨハン・シュトラウスがヴィーンを代表をするものとしてこれほどまでに全面に押し出されるのは、その時代へのノスタルジーの表われなのだ。後者は、1848年の3月に始まり、10月の敗北に終わるヴィーン革命の歴史を、歴史に名を残さない人々の声や足跡を記した膨大な資料を渉猟して、革命史の見直しを迫る労作。労働者の権利を求める闘いが、やがてハプスブルク帝国内での民族抗争へ転化していく様子が、ヴィーンの都市生活を文字どおり支えていた人々の声から浮き彫りにされる。革命に立ち上がったヴィーンを皇帝の軍隊から守ろうと最後まで戦い、クロアチア人の部隊を先兵とする皇帝軍によって虐殺されたのが、ボヘミアやポーランドからヴィーンへ流れ込んできた人々であったのは、実に痛ましいが、こうした歴史は今も繰り返されていよう。
 少し早くヴィーンへ到着し、空港からバスで市街へ向かう。バスが到着したシュヴェーデンプラッツの停留所のすぐ前に、かつてゲシュタポの本部が置かれていたところに設けられた記念碑が見えた。「けっして忘れない」と碑文にある。気温が20度を超えて暑かったので、ジェラートを食べてから地下鉄でホテルへ向かう。宿はノイアー・マルクトに隣接するオイローパ。便利な場所にあるが、部屋がケルンテン通りに面しているので、夜騒々しくないか心配だ。
 少し休んだ後、アン・デア・ヴィーン劇場へオッフェンバックのオペレッタ『ホフマン物語』を見に行く。ウィリアム・フリードキンの演出で、リッカルド・フリッツァ指揮のヴィーン交響楽団がピットに入った。劇中のホフマンが思いを寄せるプリマ・ドンナがアンナ役を歌うモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の上演を劇中劇のように背景に据えながら、ホフマンの恋の遍歴を、彼のなかの無意識の暗黒面が表われてくるプロセスとして描き出す演出で、ヴィデオを駆使した演出ながら、読み替えを打ち出すのかどうか少し煮え切らない印象で、また後半の運びがやや冗長──ただでさえこの作品の後半は、失恋話の繰り返しなだけに退屈になりやすいだろう──に思われた。最後に作家としての人生に戻るところで、ホフマンはノート・パソコンに向かった。
 歌手はいずれも高水準の歌唱を聴かせてくれたが、なかでも全曲を通してミューズ/ニクラウスを演じたロクサナ・コンスタンティネスクは、素晴らしかった。オランピアを歌ったマリー・エリクスメンもほぼ完璧な歌唱。主役のホフマンを歌ったクルト・シュトライトも巧みだったが、今ひとつパンチに欠ける印象だった。それ以外の役もほとんど隙がない。フリッツァ指揮のヴィーン交響楽団は、少し垢抜けたところや軽やかなリズム感が欲しいところもあったが、全体には力強く舞台を支えていて、聴き応えがあった。
 帰りがけ、あるバイスルに寄って軽く夕食をと思ったが、その店はもはやなく、結局市電の停留所のインビスでケバブなどを買い求めて宿へ戻る。ヴィーンにはずいぶんケバブを売る店とアメリカ系のファスト・フードのチェーン店が増えている。

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