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ヴィーンへの旅:2012年3月29日

 今日は曇って肌寒い。昨日までの晴天とは対照的だ。朝食の後、美術史美術館へ向かう。朝のうちは絵画のギャラリーは観光客の団体でごった返すので、まず古代エジプトやギリシア、ローマなどの美術品を見る。ギリシアのアンフォラの一つに、オレステスとエレクトラによるアイギストス殺害の場面があったのに目が留まった。ここでもクリムト生誕150周年ということで、彼が手がけた壁画を、特設の橋に上って近くから見られるようになっている。若いクリムトによる古代エジプトからルネサンスまでの各時代および時期の美術の美しい寓意。
 絵画では、まずジョルジョーネによる若い女性の肖像画や謎めいた若い戦士の肖像画の静けさに惹かれる。アルチンボルドによる「水」の寓意画は、彼が事物のモンタージュによって構成した顔のなかで、おそらく最もグロテスクだろう。顔のなかで無数の魚と海獣が口を開けている。カラヴァッジョでは、「薔薇の冠の聖母」のような大規模な作品よりも、ゴリアテの首を摑むダヴィデの像のような中規模の作品に彼らしさが強く表われているように思われる。
 美術館内のカフェで軽い昼食をとった後で見たフランドルとオランダの絵画では、何と言ってもロヒール・ファン・デル・ウェイデンによる十字架の祭壇画が素晴らしい。風景描写、人物の造形、そして哀しみの表現が、どれも研ぎ澄まされて静謐な画面の完璧な構成に結晶している。この祭壇画と並んで、ハンス・メムリンクの慈愛に満ちた祭壇画が置かれていたのが非常に興味深かった。こちらも前者に劣らず魅力的だ。柔らかな光景のなかに、慈しみそのものと言えるような聖母子像が静かに浮かび上がる。事物の質感を醸す細部の緻密な表現も優れている。
 この美術館が誇るブリューゲルのコレクションは、本当に見飽きることがない。共感に満ちた観察眼によって、愚かですらあるような人々の生きざまが躍動する。今回は「農民の結婚式」を描いた一枚がとくに魅力的に思われた。フェルメールの「絵画芸術」の寓意は、ある瞬間を永遠の相の下に描く彼の芸術の完成された姿を示すものの一つだろう。どこまでも緻密に描き込まれた画面のなかで、天使に仕立てられたモデルの服のラピスラズリによる服の青と唇の金色の一点が、窓からの光に映え、画家のアトリエの光景を開く。それと前景の重みのあるカーテンの対照も非常に巧みだ。レンブラントでは、後期の息子ティトゥスの肖像が魅力的だ。今回、万霊節を描いた大規模な作品をはじめとして、デューラーの作品を数多く見られたのも嬉しかった。ヴェネツィアの女性の肖像はとくに傑作と思う。
 部屋で少し休んだ後、夜はコンツェルトハウスにてハーゲン弦楽四重奏団の演奏会を聴く。前半は、ベートーヴェンの第6番の弦楽四重奏曲とヴェルディの歌劇「ルイザ・ミラー」からの数曲を弦楽四重奏に編曲したもの。ベートーヴェンでは、冒頭の楽章でヴァイオリンのルーカス・ハーゲンの音が、音程が定まらないままひっくり返ることが何度かあって、おやと思わされたが、全体的にはこの作品を特徴づける長調と単調の対比を見事に生かした演奏だったと思われる。沈み込むような単調の響きから、生気に満ちた長調の旋律が浮かび上がってくる瞬間の美しいこと。とくにフィナーレは、何度繰り返される沈欝なアダージョと、沸き立つようなリズムのアレグロとの対比が際立って、とても魅力的だった。ヴェルディの弟子というエマヌエーレ・ムズィオなる作曲家による、ヴェルディ中期の「ルイザ・ミラー」のいくつかのナンバーの編曲は、思ったよりも楽しめた。アリアの旋律の魅力と、その伴奏のオーケストレーションのツボを抑えたと言ってよい編曲で、旋律とリズム双方の躍動感がよく引き出されている。ヴェロニカ・ハーゲンのヴィオラの柔らかな音が旋律を担当するとき、とくに曲が魅力的に思われた。
 休憩の後は、モーツァルトの「ホフマイスター」弦楽四重奏曲。ヴァイオリンとヴィオラのための変ロ長調の二重奏曲の変奏曲の旋律に似た、カノン風の旋律の掛け合いが、非常に親密な雰囲気を醸すのと、アダージョで清澄な世界がどこまでも広がるのとの対照が素晴らしく、インティメートな室内楽を掘り下げることで作品の精神に近づこうとするこの四重奏団のアプローチが、見事に生きた演奏だったと思う。澄んだ響きのなかにモーツァルトの音楽の様式性が自然に生きているのも素晴らしい。ハーゲン弦楽四重奏団は、カメラータ・ザルツブルクとともに、モーツァルトの演奏の伝統を、絶えず新しい息を音楽に吹き込みながら今に伝えている、貴重なグループの一つと言えよう。アンコールは、おそらく同じ作曲家によるヴェルディのアリアの編曲もの。これも軽やかな旋律とリズムの躍動が生きた魅力的な作品と演奏だった。

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