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ヴィーンへの旅:2012年3月27日

 それにしてもよい天気だ。日差しが眩しい。今までヨーロッパで体験したことのない春の陽気である。公園の緑が映え、若者たちが座っておしゃべりを楽しんでいる。今日の午前中は、ベルヴェデーレ宮殿の上宮で、クリムトやシーレの作品を中心に絵を見る。かつて下宮に展示されていた近代絵画や中世の美術がすべて上宮に移ってきたせいだろうか、以前よりもクリムト作品の展示は縮小されていたように思う。彼の生誕150年の記念の年だというのに奇妙なことだ。あの「接吻」だけが赤い特別の壁に掛けられて、展示室の真ん中あたりに据えられていて、そこに観光客の人だかりができている。
 クリムトの作品では、絵画と工芸の融合を成し遂げたいわゆる黄金期の作品よりも、身体の運動性が高まるとともに新たな色彩表現が模索される晩年の作品のほうが魅力的に思われる。「アダムとイヴ」そして未完に終わった「花嫁」あたりは、身体表現と色彩表現が生気を帯びながら融合している。そしてより率直な喜びを感じられる。  昼時に観光客が減ったところで「接吻」をよく見てみると、女性の黄金の衣服の裾から藤の花か下に垂れる木の葉のようなものが垂れ下がっているのが目に付いた。そこに注目しているうちに、この作品が、男女の至福に包まれた瞬間というよりは、自然と人間、そして美術と工芸の結合を象徴しているように思われてくる。もしかするとこれは、ユーゲントスティルそのものの寓意でもあるのかもしれない。同じ部屋には、「水蛇」や「フリッツァ・リードラーの肖像」など、黄金期を代表する作品のほかに、美しい風景画──とくに農家の庭を描いたものなど、花々が実に生き生きとしている──もいくつかあって、それを見ているうちに一つ気がついたことがあった。アッター湖畔の風景を描いたものが一点あったのだが、それを見ると湖畔には木々の緑が豊かに生い茂っている。そうすると、昨日レオポルド美術館で見たアッター湖の水面を描いた絵の緑がかった青は、木の葉の緑が水面に映った色なのかもしれない。それにしても、まさに世紀末に描かれた「ソーニャ・クニプスの肖像」のアウラのような香気は何なのか。
 しかし、今はクリムトよりもシーレの絵のほうに惹かれる。「四本の樹」の日没の表現は、色彩の階層的配置が画面全体の深沈とした雰囲気を醸し出して実に美しい。土に染み込むような夕映えのなかに、シーレが生命の蘇生にも見立てる木々の枝が夕日に黒く映える風景の少し張りつめた静けさ。岩が剝き出しとなった慰めのない光景のなかに人の命の儚さが象徴される「死と乙女」では、すでに石のような死神に捕らえられた少女もまた石化していくかのようだ。最晩年の家族の肖像が示す哀しみに包まれた喜びを前にすると、言葉を失わざるをえない。廂を色彩の配置によって構成しながら壁面の質感を執拗なまでに追究した「家の窓」も魅力的に思われた。これも哀しみに包まれた母子像も、たしかに聖母子像をモデルとしている点に注目するなら瀆神的かもしれないが、神に見放された世界で命をつなぐことの苦悩を切々と伝えて感銘深い。こうした生の苦悩を鋭く抉り出しながら慈しみにも満ちたシーレの表現を前にすると、ココシュカの人物表現などは逆に表面的に思われる。たしかに彼がプラハの風景をパノラマ的に描いた作品など魅力的ではあるのだけれども。
 これら以外には、カスパー=ダフィート・フリードリヒが霧のなかの海や砂岩の山並みを描いた風景画が、無限に続く奥行きを穏やかに示していて美しく思われたし、キルヒナーが山並みの風景を描いた作品も、彼の様式の成熟が画面の魅力に結びついているように感じられた。団体の観光客がぞろぞろと歩いていて騒々しかったので、それ解放されてほとんど誰もいない中世美術の部屋でゴシックの木彫や祭壇画を眺めていると、妙に心が落ち着いた。  ベルヴェデーレを後にして、宮殿のすぐ向かいにある、店の人が言うには「シャロン・ストーンも来た」というシルク製品の工房で、クリムトの「花嫁」の絵をプリントしたスカーフを妻のために買った後、電車を乗り継いで、昨日行ったのと同じアルト・ヴィーンでクラーシュの昼食。牛肉が良く煮込んであって美味しいのだけれど、スープが少し塩辛かった。そこを出て、午後はまずカール広場前の分離派会館を訪れる。地下に据え付けられているクリムトの「ベートーヴェンフリース」を間近で見ることができた。因習に捕らわれる苦悩から解放された生の歓喜を求める憧れが、漆喰の壁面に流動する。金箔を多用したフレスコ画の制作過程を再現したヴィデオも上映されていて、これも非常に興味深かった。
 そこを後にして、今度はカール広場の反対側にあるヴィーン博物館を訪れる。先史時代から現代までのヴィーンという街の歴史を伝える博物館であるが、クリムトやシーレの貴重な作品も展示されている。「愛」の寓意画や芸術の因習に挑みかかるクリムトの「パラス・アテナ」神像、それに美しい「エミーリエ・フレーゲの肖像」なども魅力的だが、ここでもやはりシーレの作品に惹かれる。自画像と向日葵の絵が展示されていたが、向日葵の絵を彼はほかにも何点か描いている。彼にとって向日葵とは何なのだろう。この博物館には、19世紀に天候による劣化から守るために取り外されたシュテファン寺院の外壁の彫刻の14世紀のオリジナルや、同時期のステンドグラスが展示されていて、これも興味深かった。ビーダーマイヤーを代表する作家グリルパルツァーの住まいを再現したコーナーもあったし、1848年の革命の様子を描いた絵とともにその時期を振り返るコーナーでは、最近読んだ革命史が思い出される。
 夜はコンツェルトハウスでカメラータ・ザルツブルクの演奏会。「安らぎなく! Ruhelos!」 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のソロイストを務めたパトリシア・コパツィンスカヤがアンコールで弾いたクルターグの「カフカ断章」の一曲「安らぎなく」を弾いて叫んだこのひと言は、この演奏会で演奏された二つの協奏曲の演奏を図らずも象徴しているように思われる。前半にファジル・サイの独奏でモーツァルトの第21番のピアノ協奏曲(K. 467)が演奏されたが、彼の独奏には嫌悪感すら覚え、聴いていて気持ちが悪くなった。自己顕示的に叩きつけられるフォルテの音は、モーツァルトの書いた楽譜から聴こえるものからはほど遠い。テクニックに長けたサイのことなので、「モーツァルトっぽい」繊細なピアノも弾けなくはないが、明らかに取って付けたようである。彼の恣意だけが聴こえ、モーツァルトは聴こえなかった。いくら即興的であったとしても、かつてのグルダのようにモーツァルトの精神を響かせることができるのだ。アンコールで演奏された「キラキラ星変奏曲」は、サイの自己顕示欲の塊でしかなかった。これほどまでではないにしても、コパツィンスカヤによるベートーヴェンの協奏曲の演奏も、「安らぎ」とともに音楽に身を委せられるにはほど遠かった。恣意的なところが耳について、途中から独奏に耳を傾ける気を失ってしまった。彼女の即興性も、ベートーヴェンの音楽が求めるものからかけ離れているとしか言いようがない。ヴァイオリン自体の響きを生かしたなかに晴朗な世界を現出させるこの協奏曲の音楽を充分に繰り広げるなかに清新な風を吹き込むのなら理解できるが、むしろ作品のダイナミズムを阻害しているところが目立つ。何よりも許容しがたく思われたのは、ベートーヴェンが書いた音を改竄しているところがいくつかあったところ。カデンツァは、ベートーヴェンがこの協奏曲のピアノ協奏曲版のための書いたカデンツァをコパツィンスカヤが編曲したもの。ティンパニのほかに、コンサートマスターのヴァイオリンが掛け合いに加わるが、この日のコンサートミストレスは、コパツィンスカヤのアプローチに同意しているようには見えなかった。「カフカ断章」を含め、アンコールで披露された現代作品の演奏は見事だった。
 多少なりとも安心して耳を傾けられたのは、カメラータ・ザルツブルクの生気に満ちた演奏だった。モーツァルトの音楽が求めるものを、つねに新しい息を吹き込みながら守っていて、いつ聴いても素晴らしく思う。この日の最初に演奏された第28番の交響曲の演奏は、歌の喜びと沸き立つようなリズムの喜びとが共存する見事なものだった。Img_0783


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