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ヴィーンへの旅:2012年3月25日

 今日から妻とヴィーンへの旅。ヴィーンを訪れるのは、新婚旅行のとき以来8年ぶりということになる。7時前に広島空港に着いてチェックイン。成田行きの便がオーストリア航空ともコードシェアしているためだろうか、成田からのヴィーン行きの便も同時にチェックインできて、荷物もスルーで預けられたのはありがたかった。9時半前に成田に着いてみると、南ウィングは、ものすごい人混みでごった返していて、出国審査場に通じる保安検査のゲートの前に長蛇の列ができている。本当は少しゆっくりしたかったが、すぐにこの列に並ばなければならなかった。おそらく今日から学校の春休みで、家族連れや卒業旅行で海外へ出る人々のちょっとした出国ラッシュになっているのだろう。
 オーストリア航空のヴィーン行きの直行便で、11時間のフライト。前回このキャリアを利用したのは、ヴィーン経由でドレスデンへ行った2004年の秋以来ということになるが、以来使っていなかった理由を思い出してきた。機内のエンターテインメントの内容が乏しく、機内食もあまり美味しくなかったのだ。妻は見る映画がないとこぼしていた。ラジオのクラシック音楽のプログラムも3時間ほどのサイクルで同じ曲を繰り返している。機内食は、グリルチキンのグラタン添えか「カツ丼」という「究極の」と言いたくなるような選択肢だった。特別不味いわけではないが、美味しくはない。他のキャリアに比べて全体の量を抑えてあるのと、カイザーゼンメルなどのパンが香ばしいのが嬉しい。機内では、岡田暁生の『楽都ウィーンの光と陰──比類なきオーケストラのたどった道』と良知力の『青きドナウの乱痴気』を読了。前者は、ヴィーン・フィルハーモニーというオーケストラの歴史を掘り起こすことを軸としながら、ヴィーンの音楽文化の発展と凋落と同時に、移民の街であり、そうであるがゆえに同時に人種差別の渦巻く街でもあるヴィーンの姿をも浮き彫りにする。スター指揮者として華々しく登場し、歌劇場やオーケストラをめぐる陰謀に翻弄されたマーラー、そしてプラーターの貧しい移民の家に生まれ育ったシェーンベルクに関する章はことに興味深い。巻末の年表や地図もなかなか有益だと思う。音楽の都としてのヴィーンの歴史は、第一次世界大戦以前の、すなわちハプスブルク帝政期のブルジョワジーの興隆に負っていることとともに、これほどまでにヨハン・シュトラウスがヴィーンを代表をするものとしてこれほどまでに全面に押し出されるのは、その時代へのノスタルジーの表われなのだ。後者は、1848年の3月に始まり、10月の敗北に終わるヴィーン革命の歴史を、歴史に名を残さない人々の声や足跡を記した膨大な資料を渉猟して、革命史の見直しを迫る労作。労働者の権利を求める闘いが、やがてハプスブルク帝国内での民族抗争へ転化していく様子が、ヴィーンの都市生活を文字どおり支えていた人々の声から浮き彫りにされる。革命に立ち上がったヴィーンを皇帝の軍隊から守ろうと最後まで戦い、クロアチア人の部隊を先兵とする皇帝軍によって虐殺されたのが、ボヘミアやポーランドからヴィーンへ流れ込んできた人々であったのは、実に痛ましいが、こうした歴史は今も繰り返されていよう。
 少し早くヴィーンへ到着し、空港からバスで市街へ向かう。バスが到着したシュヴェーデンプラッツの停留所のすぐ前に、かつてゲシュタポの本部が置かれていたところに設けられた記念碑が見えた。「けっして忘れない」と碑文にある。気温が20度を超えて暑かったので、ジェラートを食べてから地下鉄でホテルへ向かう。宿はノイアー・マルクトに隣接するオイローパ。便利な場所にあるが、部屋がケルンテン通りに面しているので、夜騒々しくないか心配だ。
 少し休んだ後、アン・デア・ヴィーン劇場へオッフェンバックのオペレッタ『ホフマン物語』を見に行く。ウィリアム・フリードキンの演出で、リッカルド・フリッツァ指揮のヴィーン交響楽団がピットに入った。劇中のホフマンが思いを寄せるプリマ・ドンナがアンナ役を歌うモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の上演を劇中劇のように背景に据えながら、ホフマンの恋の遍歴を、彼のなかの無意識の暗黒面が表われてくるプロセスとして描き出す演出で、ヴィデオを駆使した演出ながら、読み替えを打ち出すのかどうか少し煮え切らない印象で、また後半の運びがやや冗長──ただでさえこの作品の後半は、失恋話の繰り返しなだけに退屈になりやすいだろう──に思われた。最後に作家としての人生に戻るところで、ホフマンはノート・パソコンに向かった。
 歌手はいずれも高水準の歌唱を聴かせてくれたが、なかでも全曲を通してミューズ/ニクラウスを演じたロクサナ・コンスタンティネスクは、素晴らしかった。オランピアを歌ったマリー・エリクスメンもほぼ完璧な歌唱。主役のホフマンを歌ったクルト・シュトライトも巧みだったが、今ひとつパンチに欠ける印象だった。それ以外の役もほとんど隙がない。フリッツァ指揮のヴィーン交響楽団は、少し垢抜けたところや軽やかなリズム感が欲しいところもあったが、全体には力強く舞台を支えていて、聴き応えがあった。
 帰りがけ、あるバイスルに寄って軽く夕食をと思ったが、その店はもはやなく、結局市電の停留所のインビスでケバブなどを買い求めて宿へ戻る。ヴィーンにはずいぶんケバブを売る店とアメリカ系のファスト・フードのチェーン店が増えている。

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