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2011年2月

Tremolo Angelos「ホシハ チカニ オドル──Dialogues in the Dark 2011」公演に触れて

 身体表現者大槻オサムとヴァイオリニスト谷本仰が結成したパフォーマンス・ユニットとも言うべきTremolo Angelosの公演「ホシハ チカニ オドル──Dialogues in the Dark 2011」に接することができた。人工の太陽とも言うべき核エネルギーが発する放射能によって命を奪われた死者をはじめとする、理不尽に死に追いやられたばかりか、歴史から消し去られ、忘却の淵へと葬り去れた死者たちの声を聴き出し、響き出させ、闇のなかに輝かせるとともに、その星座から、この死者たちを抹殺していくのとは別の物語を紡ぎ出させようという試みという。二人の戦慄する天使たちの戦きのなかから、小田実の言う「難死」を強いられた者たちの声の谺がどのように響いてくるのか、期待を胸に会場へ赴いた。
 会場のカフェ・テアトロ・アビエルトの内部は、あちこちに写真が掲げてあったり、ノートパソコンのディスプレイ上でビデオクリップや写真のスライドショーが流れていたりといった具合に、それ自体が一つのインスタレーションのように構成されている。そこに映し出されているのは、チェルノブイリや旧ユーゴスラヴィア、あるいはイラクやガザで、放射能や軍事力によって理不尽な死を強いられた人たちの記憶であったり、沖縄の高江や山口の祝島で、軍隊と資本の暴力に抗して命をつなぐ闘いを続けている人々の記録であったりする。それらのイメージが発する光が闇に包まれて、公演が始まった。
 舞台は、「闇」、「身」、「光」の三つの場で構成されており、最初の「闇」は、一部には「日本の原子力開発の歴史の汚点」とも評される東海村の事故が穿つ「歴史」の闇を見据え、そのなかから事故の犠牲となった死者の声を響き出させるもの。家族に語りかける優しい語り口のなかから、この「歴史」の欺瞞とともに、放射能によって生命体、ないしは有機体としての再生力をもった組成がずたずたにされていくことへの恐怖が抉り出されてくる。その犠牲者が幻視する天使のような白い形姿──人工の太陽を直視した際に網膜に焼き付いたのだろうか──のたゆたうような舞いも胸を締めつける。
 「身」と題された次の場には、ニガヨモギ、すなわちチェルノブイリの森の精が登場する。「身」という文字は、命を抱く身体、とくに妊娠した女性の身体を象徴しているとのことであるが、この森の精の最初の身振りは、死者たちの命の痕跡をかき集めようとするかのようだ。そのような、これまた一人の天使のような精が、分厚いコンクリートの「石棺」のなかに封じ込められた、チェルノブイリ原子力発電所の事故の犠牲者と対話を繰り広げる。その傍らに、化石化した人の顔のような仮面が置かれているのが印象的。その顔に森の精が親しみを込めて語りかける。すると死者の声が聞こえてくるのだ。死者が目覚め、語り残したことを、顔を通して森に響かせる──「人格」を意味するpersonという英語の語は、仮面劇の仮面を意味するラテン語のpersonaを語源としており、その語はさらに「それを通して (per) 」あるものが「響く (sonare) 」ことを意味する──のである。その死者の言葉の一つに、森と一つになりたいという希望を表明するものがあった。森の精によると、その可能性は、劣化したコンクリートの亀裂としてすでに開かれているという。そのひび割れから骨片の一つでも土に落ち、そこから草が生えるなら、その希望は成就するのである。
 事故後のチェルノブイリで植物が自生し、森をなすまでになっていること自体に希望を見る向きがあるようだが、私はそれは違うと思う。そこにあるのは、コンクリートの棺が皮肉な仕方で象徴するように、不朽であろうとする人間の歴史的な営為に、仮借なく腐敗と衰滅をもたらす、自然の生命の営みにほかならない。それが穿つ歴史の亀裂から、核という人工の太陽を生み出し、生命を破壊するのとはまったく別の仕方で、自然と関わり合う可能性の光が漏れ出てくるのである。
 最後の「光」の場は、エピローグのような短い場だが、非常に強い印象を残す。「大地がぼくらに閉じていく」と始まるマフムード・ダルウィーシュの詩が、谷本と大槻のあいだで応唱のように朗読されたのには、心を打たれた。「大地がぼくらに閉じていく」というのは、東海村の犠牲者が夢に見た閉じていく闇に通じるだろうし、「ぼくらの血がオリーヴを植えるのだ」という詩句は、チェルノブイリの死者の森になりたいという希望に連なる。これまで舞台に蘇った死者の記憶が今、イスラエルの圧倒的な軍事的暴力によって「難死」を強いられたパレスチナ人の記憶と応え合うのだ。やがて、大槻は一人の天使のような姿になって、化石の仮面を慈しむように白い布で包んだ後、羽ばたくように舞台上方へ、名残り惜しげに去っていく。すると、生者と死者の記憶を映す会場の展示の光が少しずつ点っていった。その様子はまさに、闇のなかに星たちが光るかのようであった。そのあいだに一つの星座を見て取るなら、今も無数の「難死」者を生み出し続けている歴史とは別の物語を、紡ぎ出せるかもしれない。「光」という文字は、松明を掲げる人の姿を表わすそうだが、そのような文字を冠した最後の場面は、もう一つの物語の可能性を観る者に語りかけるものだったのかもしれない。
 全体を通して、大槻の一つひとつの命への暖かい共感に満ちた身体表現が印象的だった。なかでも、包んだり、かき抱いたりする行為に、慈しみと同時に、遭遇した個としての命を、どこまでも引き受けて生きようとする身振りを見て取ったとき、感動を覚えずにはいられなかった。そこに、イトー・ターリが2009年の冬に広島の原爆ドームの前で見せた身体表現に通じるものを感じたのは、おそらく私だけではなかっただろう。さらに、最後に登場する天使の羽には、星たちが抱かれている。ヴァルター・ベンヤミンが語る「歴史の天使」の羽根が進歩の強風に煽られて、未来へと後ずさりさせられるのに対して、ここに降り立った天使は、無数の命をかき抱いて未来を開こうとするのだ。そのような天使を現出させるに至る大槻の身体表現に呼応する谷本のヴァイオリンも、表現の振幅が大きく、舞台上の世界に奥行きをもたらしていた。電気的な効果を駆使して、激しいリズムや放射能の威力を表現する凄まじいノイズを音にするところも印象的だったが、何よりも心を打ったのは、やや抑えた表現で切々と歌われた哀切な歌である。大槻と谷本の二人の戦慄する天使は、それ自体が応唱によって構成された一つの歌のような舞台に結実する身体的表現の振動のなかから、死者たちの声の谺を歴史の闇のなかに響き出させ、星座のように応え合わせる可能性を、力強く示していたように思う。「ホシハ チカニ オドル」の舞台は、ベンヤミンが述べるように、「敵は勝つことを止めていない」、また「死者たちまでもが安全ではない」今ここの状況において、「難死」した死者たちの一人ひとりと応え合うなかから、「難死」の歴史とは別の物語を紡ぎ、もう一つの世界を想像し、創造する糸口が、歴史の闇のなかに萌していることを、暗示していたのではないだろうか。

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ベルリン音楽日記:2月13日、15日

【2月13日】
 フィルハーモニーの室内楽ホールにて、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーによる室内楽の演奏会を聴く。ラトルとベルリン・フィルは、今年没後百周年を迎えるマーラーの交響曲のツィクルスを続けている──実際、来週には交響曲第4番を中心とした定期演奏会が予定されている──が、その一環としてマーラーの楽想の源泉と反響を探ろうとする演奏会と見受けられる。マーラーのピアノ四重奏曲の断章を中心に、シューベルトの弦楽四重奏断章、シェーンベルクの弦楽四重奏曲第2番に室内交響曲第1番を配したプログラム。
 とりわけ印象的だったのが、マーラーのピアノ四重奏曲断章の演奏。ピアノを担当したビシャラ・ハロウニを中心に、若きマーラーの屈折と、瑞々しい感情の発露とを、大きな表現の振幅をもって表現していた。暗く燃え上がる情熱が、歌を求めて迸り出る。これを聴くと、断章であることが、当時の後期ロマン主義の重荷からの出口を探るもののように思えてくる。
 この日演奏されたもう一つの断章、シューベルトの弦楽四重奏断章の演奏もなかなか興味深いものだった。この曲の演奏は、ともすれば情熱を生のままさらけ出したものになりがちだが、この日のベルリン・フィルの若い弦楽器奏者たちによる演奏は、どちらかと言うと、密やかな情熱のゆらめきを細やかに表現することに力点を置いたもの。もう少し歌の喜びがあっても、と思うところもないではないが、ピアニッシモでの細かい動きの表現がことのほか美しかった。
 これに続いて演奏されたのが、シェーンベルクの弦楽四重奏曲第2番。この作品における断片的なモティーフの緊密な絡み合いを、繊細かつ力動的に表現した弦楽四重奏もさることながら、最後の二つの楽章に置かれたデーメルとゲオルゲの詩を歌ったアンナ・プロハスカの声が印象深かった。澄んだリリック・ソプラノの声ながら、深みがあり、かつ妖艶ささえ具わっていて、詩に相応しい。最後に同じシェーンベルクの室内交響曲第1番が演奏されたが、本来指揮するはずだったサイモン・ラトルが病気のためにキャンセルし、ベルリン・フィルのメンバーの一人とおぼしき代役(名前は失念した)が指揮した。例えばヘルマン・シェルヘンの指揮による演奏のような表現主義的な熱さは感じられないものの、各奏者の妙技を生かした、充分すぎるほどダイナミックな演奏だった。

【2月15日】
 ウンター・デン・リンデンの劇場の改装工事のため、西のエルンスト・ロイター広場近くの、そしてライバルであるドイツ・オペラにもほど近いシラー劇場へ移ったベルリン国立歌劇場で、モーツァルトの「後宮からの逃走」が演じられるのに接した。フリードリヒ・ハイダーの指揮で、ミヒャエル・タルハイマーの演出。タルハイマーの演出については、ヤナーチェクの「カーチャ・カバノヴァー」の公演で好印象をもった覚えがある。
 序曲のときから舞台に組まれた、黒い、邸宅の大きな窓にも見える足場の上に、白の上下を着た男が立っている。すぐにこれがスヴェン・レーマン演じるバッサ・セリムとわかるのだが、舞台にも登場人物にもオリエント色がまったくない。ベルモンテを歌ったケネス・ターヴァーも同じような白の上下で客席から現われ、なかなかの美声で最初のアリアを歌った。コンスタンツェは、無垢さを強調するかのような白いドレスをまとっていて、ペドリーロとブロンデは、若者のカップルのような出で立ちだった。当然ながら、バッサ・セリムの家臣オスミンもただの太ったおじさんでしかなく、そうして見ると、原作にあったトルコの太守とスペインの貴族の対立劇が、一つの社会における抗争に置き換えられているのかもしれない。ただ、そうすることでタルハイマーが何を伝えようとしたのか、この舞台では今ひとつよく摑むことができなかった。アリアがしばしば中断されたが、その意図するところも判然としない。ペドリーロとブロンデのあいだに、いわゆるデートDVのようなものも見られ、軟禁された状況からの解放がそのまま救いにならないことは理解できたのだけれども。確かに空々しさの残るバッサ・セリムへの讃歌による幕切れで、原作の大団円に対するアンチテーゼを、研ぎ澄まされた仕方で立てようとしたのかもしれない。舞台装置が簡素で、洗練されていた点には好感をもった。しかし、以前にカリクスト・ビエイトの演出でこの「後宮からの逃走」を見たときほどのインパクトはなかったと言わざるをえない。
 歌手では、先に述べたようにベルモンテを歌ったターヴァーが、澄んだ美声でなかなかの好演。一昨日に続きアンナ・プロハスカが登場して、ブロンデを歌うのを楽しみにしていたが、後半やや疲れが出たようだ。それでもよく通る艶やかな声と確かな技巧を聴かせていた。コンスタンツェを歌ったスーザン・グリットンは、意志の強さを声として強く響かせようとするあまり、ところどころで表現を濁らせてしまっていたのが惜しまれる。ハイダーの指揮は、引き締まったリズムできびきびと音楽を運んでいたし、コンスタンツェのアリアの伴奏などでなかなか迫力のある響きを作り出していたが、現代のモーツァルト演奏としては、もうひと工夫あってもよかったかもしれない。

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細川俊夫「開花の時」世界初演

 花を見ることは、現に咲いている花の目に見える美しさを愛でることに終わりがちである。つまり、見る者に安らぎをもたらすような花の形態や色彩にのみ心を奪われてしまい、花が一つの生命の活動を表現していることを忘れてしまうのだ。しかし、一つひとつかけがえのない生命の営みを思う視点に立つならば、一輪の花が開くことは、無数の力の場とも言うべき宇宙のなかで行なわれる、緊張に満ちた運動にほかならない。自然界の葛藤のただなかからこそ、一輪の花は立ち現われ、唯一無二の生命をしばし輝かせるのである。
 このような一輪の花の開花の運動を、けっして外から分割されえない「時」の持続において響かせようとしたのが、細川俊夫の新作「開花の時(Moment of Blooming)」なのかもしれない。この作品は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、アムステルダム・コンセルトヘボウ、そしてロンドンのバービカン・センターの共同委嘱作品として書かれ、ベルリン・フィルの首席ホルン奏者シュテファン・ドールに捧げられている。2011年2月10日から12日にかけてサイモン・ラトルの指揮により行なわれたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会で、この新しいホルン協奏曲は世界初演の「時」を迎えた。その三日目に立ち会うことができた。
 ホルン協奏曲「開花の時」は、独奏ホルンに二管編成のオーケストラ、それに客席上方に配された二本のホルン、それぞれ一本のトランペット、トロンボーンのために書かれている。作曲者自身が初演に寄せたコメントによれば、独奏ホルンは一輪の蓮の花を具現し、金管楽器の響きによってぐるりと囲まれることになるホールは、全体としてその蓮の花が咲く一つの池をなすのだが、実際演奏は、ひっそりとした池のある風景を思い起こさせる密やかな、それでいて瑞々しい静けさとともに始まった。響きと一つになりたくなるような魅惑的なピアニッシモである。そのなかに、日の光を受けて水面が煌めくのを思わせる鈴の音が響き、生命の息吹が通い始める。その息吹を管楽器奏者の息の音が表現しているわけだが、そのなかから独奏ホルンの音がすっと立ち現われてくる。蓮の生命の営みが始まるのだ。
 独奏を担当したシュテファン・ドールは、ホルンという楽器の幅広い表現力を存分に生かして、蓮の茎や葉が、そして蕾が水底の土壌から伸びてくる運動を実に雄弁に表現していた。ただし、一つの池のなかでそのようにして生きる蓮は一本ではありえない。一輪の蓮の花が開こうとするとき、もういくつもの蓮が生い育ちつつある。あたかも一つの生命に呼応するかのように。そのありさまを、客席に配された二本のホルンが、独奏のエコーを響かせるように表現するわけだが、それがまさに蓮の命が通い合うかのように、よく溶け合った音色で響いたのには驚かされた。オーケストラのなかの緊密なアンサンブルが、フィルハーモニーの広大な空間で生きている。
 蓮の茎と葉が土壌のカオスから──作曲者のコメントに、「泥土の混沌なしに花が天空をさして咲くことはけっしてありえないはずだ」という印象的な言葉があった──もがき出てくるのに、さまざまな生命が呼応し、音楽が高まっていくが、池という生命の営まれる場にあるのは、調和ばかりではない。弦楽器の不吉なコル・レーニョが嵐の訪れを告げ、やがて猛烈な強風が、今にも咲きそうな蓮に吹きつける。そして池を囲む山から吹き下ろすかのような全オーケストラの下降音型に抗して、何とか頭を持ち上げて立とうとする蓮を表現する独奏ホルンとの葛藤が繰り広げられるのだ。
 それが頂点に達すると、時の流れが断ち切られたかのように、静寂が訪れる。そして、充実した、垂直的な高さをもった静けさが空間を満たすなか、独奏ホルンが柔らかに響く。そのときあたかも、蓮が茎を天空へ向けてすっくと伸ばしながら、今まさに己の花を咲かせようとする瞬間が、音となって響いているかのようだった。この作品の白眉とも言うべき「開花の時」である。その開花を優しく包むように音楽がしばし高まった後、静かに曲が閉じられると、一輪の花としてみずからを輝かせるに至る生命への共感に、会場全体が包まれたように見えた。
 ところで、細川俊夫はそのような蓮の生命の営みに、人間の生の営みを重ね合わせているようでもある。その生命も自己自身を表現する。そして、世阿弥の『風姿花伝』が示すように、その表現はしばしば花になぞらえられるのだ。この花としての表現が、泥土のなかからもがき出ることを、また激しい嵐のなかでも矜恃を保って初めてみずからを輝かせられることを、蓮の花をモティーフとしたこのホルン協奏曲は暗示しているのかもしれない。その矜恃とは、作曲家としての細川にとっては、自然と人間の今は失われた照応関係を、音楽のうちに求めようとする姿勢にほかならない。それを貫き、自然と一つになろうとする人間の祈り──細川によると、蓮の蕾は祈る人間の手に似ている──を音楽にする独自の語法を細川が完全に花開かせつつあることを、新作「開花の時」は示していよう。そのような作品が、ベルリンの聴衆に温かく受け容れられたことを、まずは心から喜びたい。そして、この作品ができるだけ早く日本で、とくに広島で鳴り響くことを願ってやまない。
 ちなみに、この優れて自己言及的な作品は、一つの約束が29年遅れで果たされたことを示すものでもある。1982年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団創立百周年を記念する作曲コンクールに、細川は「プレリューディオ」で優勝したが、そのとき優勝者に与えられるはずだった委嘱作品の仕事は、複雑な事情で結局与えられずじまいだったのだ。奇妙なことに、ベルリンのジャーナリズムは、そのことに何ら言及していないようである。昨日の初演は、これから新聞紙上などでどのように報じられ、批評されるのだろうか。

※本記事は、以下のサイトに掲載されているサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会評の抜粋によって構成されています。
http://homepage.mac.com/nob.kakigi/RattleBPh_12022011.htm

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