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ハーゲン弦楽四重奏団のシューベルト

 昨日の夜、NHK教育の「芸術劇場」で、ハーゲン弦楽四重奏団の来日公演を収録したものを放映していた。曲は、シューベルトが書いた最後の弦楽四重奏曲である第15番ト長調(D. 887)。この四重奏団の演奏したシューベルトと言えば、アンドラーシュ・シフらと組んだ「ます」五重奏曲、弦楽四重奏曲では第14番の「死と乙女」、そして弦楽五重奏曲の録音があるが、これらはいずれも活動初期の録音で、清新さと端正さの際立つ演奏である。とはいえ歌心も欠けておらず、どの録音も愛聴している。たしか「ロザムンデ」四重奏曲と初期のいくつかの四重奏曲を組み合わせた録音もあるはずだが、現在はディスクを入手しにくくなっているようである。
 そのようなわけで、演奏を楽しみに画面に向かったのだが、期待をはるかに上回る素晴らしい演奏だった。何よりも、四人のアンサンブルによって織りなされる音楽のスケールが、以前の演奏とは比較にならないくらい大きい。会場で聴いていてもほとんど聞こえなかったのでは、と思われるほどのピアニッシモから、凄まじいまでのフォルティッシモまで、ダイナミクスの幅が大きいばかりでなく、ゆったりとたゆたうような静けさに満ちた音楽から、情熱がほとばしり出るような激しさと推進力を併せもった音楽までの表現の振幅もきわめて大きい。そして驚いたのは、静から動へ、あるいは動から静への移行がきわめて自在で、そこに即興性さえ感じられたこと。時に大胆な、おそらくこれまでのハーゲン弦楽四重奏団からは聴かれなかったようなアゴーギグも聴かれた。しかもそれが、シューベルトの音楽自体のダイナミクスと一体になっていて、ごく自然に響く点も特筆されるべきであろう。
 このような振幅の広い表現によって、まず第一楽章の付点リズムのモティーフにきわめて多様な表情が与えられていて、これが断片的に現われるときも、三連符の刻みやトレモロを背景としながら、時に安らいだ、また時に決然とした感情を凝縮した仕方で表現しているように思えた。第二楽章では、チェロが歌い始めるメロディックな主題が、豊かな歌に満ちていながらシューベルトの後期の器楽作品に特有の求心力を失っていなかった点が好ましかったし、激情を爆発させる場面では、一点に凝縮された響きが胸に突き刺さってくる。第三楽章では、リズミックなモティーフの動的な発展と、トリオにおける静けさのなかにたゆたうような歌の対照が印象的。フィナーレではとくに、音楽が前へ前へ進むなかで感情を押し殺すかのように現われる、少しパルランドなパッセージの密やかさが耳を惹いた。演奏に先立つインタヴューで、第二ヴァイオリンを担当するライナー・シュミットが、シューベルトと涙の関係を語ったアドルノのエッセイを思い起こさせるように、この曲を演奏して最後のほうに来ると泣きたくなると語っていたが、そのことが心底から理解できる。喜怒哀楽のあらゆる感情が、音楽の推進力と一体となってぐっと胸中に迫ってくるのだ。
 シューベルトの最後の弦楽四重奏曲においては、随所に、どこかブルックナーを先取りするかのように現われるトレモロが象徴するように、広大な、そして深い世界のなかで人間の身体が、世界の空気と共振するなかに、人間の感情がきわめて豊かに表出されるが、それを今回のハーゲン弦楽四重奏団による演奏ほど大きな振幅において響かせえた演奏はこれまでなかったのではないだろうか。そして、豊かであるなかでも解釈の端正さとともに、響きの清新さと求心性を失わない点が、この四重奏団の素晴らしいところである。そのことが音楽そのものと結びつく仕方で、演奏の自然な大きさをもたらしているのであって、それに触れてしまうと、このハーゲン弦楽四重奏団によるシューベルトの後に放送で紹介されたエマーソン弦楽四重奏曲の響きの厚みは、どこか人工的で嘘くさい。
 今回のシューベルトの演奏を聴いて、ハーゲン弦楽四重奏団によるシューベルトはさらにひと皮剝けた感触を得た。演奏会場に居合わせられなかったことが返す返すも悔やまれる。この最後の弦楽四重奏曲を録音する予定はないのだろうか。

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