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2010年11月

ハーゲン弦楽四重奏団のシューベルト

 昨日の夜、NHK教育の「芸術劇場」で、ハーゲン弦楽四重奏団の来日公演を収録したものを放映していた。曲は、シューベルトが書いた最後の弦楽四重奏曲である第15番ト長調(D. 887)。この四重奏団の演奏したシューベルトと言えば、アンドラーシュ・シフらと組んだ「ます」五重奏曲、弦楽四重奏曲では第14番の「死と乙女」、そして弦楽五重奏曲の録音があるが、これらはいずれも活動初期の録音で、清新さと端正さの際立つ演奏である。とはいえ歌心も欠けておらず、どの録音も愛聴している。たしか「ロザムンデ」四重奏曲と初期のいくつかの四重奏曲を組み合わせた録音もあるはずだが、現在はディスクを入手しにくくなっているようである。
 そのようなわけで、演奏を楽しみに画面に向かったのだが、期待をはるかに上回る素晴らしい演奏だった。何よりも、四人のアンサンブルによって織りなされる音楽のスケールが、以前の演奏とは比較にならないくらい大きい。会場で聴いていてもほとんど聞こえなかったのでは、と思われるほどのピアニッシモから、凄まじいまでのフォルティッシモまで、ダイナミクスの幅が大きいばかりでなく、ゆったりとたゆたうような静けさに満ちた音楽から、情熱がほとばしり出るような激しさと推進力を併せもった音楽までの表現の振幅もきわめて大きい。そして驚いたのは、静から動へ、あるいは動から静への移行がきわめて自在で、そこに即興性さえ感じられたこと。時に大胆な、おそらくこれまでのハーゲン弦楽四重奏団からは聴かれなかったようなアゴーギグも聴かれた。しかもそれが、シューベルトの音楽自体のダイナミクスと一体になっていて、ごく自然に響く点も特筆されるべきであろう。
 このような振幅の広い表現によって、まず第一楽章の付点リズムのモティーフにきわめて多様な表情が与えられていて、これが断片的に現われるときも、三連符の刻みやトレモロを背景としながら、時に安らいだ、また時に決然とした感情を凝縮した仕方で表現しているように思えた。第二楽章では、チェロが歌い始めるメロディックな主題が、豊かな歌に満ちていながらシューベルトの後期の器楽作品に特有の求心力を失っていなかった点が好ましかったし、激情を爆発させる場面では、一点に凝縮された響きが胸に突き刺さってくる。第三楽章では、リズミックなモティーフの動的な発展と、トリオにおける静けさのなかにたゆたうような歌の対照が印象的。フィナーレではとくに、音楽が前へ前へ進むなかで感情を押し殺すかのように現われる、少しパルランドなパッセージの密やかさが耳を惹いた。演奏に先立つインタヴューで、第二ヴァイオリンを担当するライナー・シュミットが、シューベルトと涙の関係を語ったアドルノのエッセイを思い起こさせるように、この曲を演奏して最後のほうに来ると泣きたくなると語っていたが、そのことが心底から理解できる。喜怒哀楽のあらゆる感情が、音楽の推進力と一体となってぐっと胸中に迫ってくるのだ。
 シューベルトの最後の弦楽四重奏曲においては、随所に、どこかブルックナーを先取りするかのように現われるトレモロが象徴するように、広大な、そして深い世界のなかで人間の身体が、世界の空気と共振するなかに、人間の感情がきわめて豊かに表出されるが、それを今回のハーゲン弦楽四重奏団による演奏ほど大きな振幅において響かせえた演奏はこれまでなかったのではないだろうか。そして、豊かであるなかでも解釈の端正さとともに、響きの清新さと求心性を失わない点が、この四重奏団の素晴らしいところである。そのことが音楽そのものと結びつく仕方で、演奏の自然な大きさをもたらしているのであって、それに触れてしまうと、このハーゲン弦楽四重奏団によるシューベルトの後に放送で紹介されたエマーソン弦楽四重奏曲の響きの厚みは、どこか人工的で嘘くさい。
 今回のシューベルトの演奏を聴いて、ハーゲン弦楽四重奏団によるシューベルトはさらにひと皮剝けた感触を得た。演奏会場に居合わせられなかったことが返す返すも悔やまれる。この最後の弦楽四重奏曲を録音する予定はないのだろうか。

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ライプツィヒ&ドレスデン旅日記:11月7日

 朝、目が覚めたら、9時を過ぎていた。疲れて熟睡したのか、目覚ましのアラームも聴こえなかったようだ。危うく寝過ごすところだった。慌てて身繕いをして、朝食を食べにレストランへ下りてみると、どこに泊まっていたのかと思うくらいたくさんの人がビュッフェに群がっている。あまり時間がないので、簡単に取れそうなものだけ取って空いた席を確保した。日本の大きなホテルのようだ。何の気なしに皿に載せたドレスデン名物のアイアーシェッケ(卵をたっぷり使ったケーキ)は、まあまあ美味しかったが、アメリカのホテル・チェーンのせいかコーヒーが薄い。日曜の朝ということもあり、皆ゆっくりと朝食を食べている。
 いそいそと食べ終えて荷造りをし、チェック・アウトしようとすると、これも案の定時間がかかった。出る時間というのは重なるものである。冷たい雨のなか、急いでゼンパーオーパーへ向かい、ロッシーニの『アルジェのイタリア女』を見る。ペーア・ボイゼンの演出は、コミカルであるに徹した今ひとつインパクトに欠けたもの。観光客の眼差しとして浅薄化したオリエンタリズムとそれを内面化した現地住民の虚無性をよく表現していたが、アルジェという地名から喚起されたモティーフは見当たらない。とはいえ、ヘンドリック・ナーナシという若い指揮者の作る音楽がなかなか生き生きとしているし、何よりも歌手たちが粒ぞろいだったので、楽しんで聴くことができた。この劇場には珍しく半分くらいの入りだったが、聴衆も全般的に喜んでいたようだった。歌手のなかでは、リンドーロを歌ったテノールのハビエル・カマレーナの声がとくに素晴らしく、大きな喝采を受けていた。久しぶりに輝かしい声のテノールを聴いた気がする。最近評判のロランド・ビリャソンと同じメキシコ出身とのこと。
 オペラが昼過ぎに跳ねた後、ここも最近改装なったアルベルティーヌムを訪れる。ここに所蔵されているフリードリヒの絵は素晴らしく、それを楽しみに訪れた。有名な「山上の十字架」もさることながら、夕暮れ時の港の風景の静かな美しさも魅力的。墓地の絵は、ライスダールの「ユダヤ人墓地」と並べて考察してみたいと思った。
 フリードリヒ以外では、キルヒナーの二人の裸婦の像やクレーの小さな作品が美しい。オットー・ディクスの「戦争」祭壇は何度見ても衝撃的である。今回はリヒターの絵画作品にも惹かれた。と、絵に見入っているうちに空港へ行く時間が迫って来た。彫刻なども見たかったが、今回はあきらめることにする。ホテルで荷物を引き取って新市街駅へ向かう。小腹が空いたので、駅構内のスタンドでカリーヴルスト(乱切りのソーセージにスパイシーなケチャップ・ソースをかけ、さらにカレー粉をかけたもの)を食べて、空港行きのSバーンに乗り込んだ。

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ライプツィヒ&ドレスデン旅日記:11月6日

 午前中にライプツィヒを発ってドレスデンへ向かう。少し買い物をしてから特急に乗り、1時間ほどで到着。新幹線で広島から博多まで行くような感じだろうか。ある程度改装された駅舎からの見通しもずいぶん良くなっている。着いたその足で、ツヴィンガー宮殿内の絵画館を訪れ、初期フェルメール展を見る。ドレスデンにある初期フェルメールの作品と言えば、「遣り手婆」だが、それに加え、エディンバラの「マリアとマルタの家のキリスト」と、デン・ハーグの「ディアナとニンフたち」が展示されていた。最初期のフェルメールの画法の洗練の過程がうかがえるのが興味深い。同時代の同じ主題の絵画とともに、これも比較的初期に属するドレスデンの所蔵作品、「手紙を読む少女」と、それに使われているのと関連のある陶磁器の類や、その頃の顕微鏡に地球儀なども展示されていたが、見応えがあるのはやはり作品そのものである。「手紙を読む少女」の静けさのなかに眼を沈めているあいだが、この美術館にいるなかで最も幸福な時間である。とはいえ、やはりいつものギャラリーで見たかった。この絵の構図を三次元的に再構成した部屋も設けられていたが、それをさらに二次元の画面に翻訳するプロセスまで空間的に構成したら、もっと興味深かっただろう。
 絵画館の常設のコレクションのなかでは、前に訪れたときに展示されていなかったライスダールの「ユダヤ人墓地」を見られたのが嬉しかった。墓地が一つの廃墟をなしていて、そのなかを水が流れているあたり、ベンヤミンの「自然史」の概念を連想せずにはいられない。仮借のない自然の衰微の過程に置かれた墓石の異様な存在感。それ以外の絵では、やはりジョルジョーネとティツィアーノによる「微睡みのヴィーナス」がやはり魅力的。ここにあるティツィアーノの作品は傑作揃いだ。後期レンブラントの老人像の深さにも惹かれる。
 絵画館を出ると、朝からの雨風が強まっているが、じっとしていても仕方ないので、冷たい雨に濡れながらエルベ川を渡って、対岸のウェスティン・ホテルにチェック・インする。部屋でしばらく本を読んだ後、新市街へ出て軽く何か食べようとぶらついているうちに市場にぶつかった。そこの肉屋が出している熱くて少しスパイシーなソリヤンカ・スープを食べてから、早くも売り出されていたクリスマスのシュトレンなど、お土産を買い求める。
 部屋に戻って身支度をしてから、細川さんたちと落ち合い、演奏会場の聖母教会へ向かう。広島やバーデン・バーデンで知り合った人々が何人も来ている。19時から行なわれた、細川さんと、ドレスデン・フィルハーモニーのマネージャーとの対談による作品紹介の最後に、プログラムに解説を書いたラインハルト・マイアー=カルクスさんが、作品に用いられているトラークルとショーレムの詩を朗読したのが印象的だった。
 20時から始まった演奏ではまず、ハイドンのオラトリオ「天地創造」の冒頭のカオスの音楽が演奏され、次いでアタッカのように細川さんのオラトリオ「星のない夜」の演奏が始まった。レナード・スラトキン指揮によるドレスデン・フィルハーモニーの演奏は、横の流れを重視したもので、バーデン・バーデンの初演のときよりも作品が全体的にロマンティックに響いた。オーケストラのプレイヤーが真摯に作品に取り組んでいて、そのため力強い響きが生まれていたし、とくにドレスデンの墓標の楽章など、凄まじいまでの迫力だったが、長い残響のためもあって、ピアニッシモが静まりきらない嫌いがあり、構造的な一貫性も後退してしまったのはやや残念。合唱は、初演と同じケルンの西部ドイツ放送合唱団。二度目ということもあり、聴かせどころを抑えた見事なものだった。2人のソプラノ独唱にも不満な点が残った。とくに広島の原爆をして体験した子どものテクストにもとづく楽章には、今一歩踏み込んだ表現を求めたかったところ。逆にアルト・フルートの独奏は、鋭い息による素晴しい演奏だった。
 このように、演奏にはいくらか問題が残るとはいえ、ドレスデンとヒロシマに捧げられたオラトリオが、聖母教会という歴史的な場所で、その垂直的に壮大な空間を満たす仕方で響いたことの意味は大きい。この作品をとくにドレスデンの人々がどう受け止めたのか、新聞などの評価が気になるところである。フランクフルター・アルゲマイネの記者は来ていたとか。終演後、先に触れたドレスデン・フィルハーモニーのマネージャーやマイアー=カルクスさん、ドレスデン在住の音楽学者などと近くのイタリアン・レストランで食事をしながら、零時頃まで感想など語り合った。

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ライプツィヒ&ドレスデン旅日記:11月5日

 朝食の後、ライプツィヒに研究滞在している知り合いの研究者と待ち合わせ、まずバッハゆかりのトーマス教会の傍らにある喫茶店カンドラーにて、コーヒーを飲みながら、ライプツィヒでの生活のことや、研究のことなどを話す。ここのバッハ・カフェなるコーヒー、アラビカ種の豆を使っているとのことだが、非常にマイルド。個人的にはもっと濃い味が好みだが、ここの名物とのこと。
 ひとしきり話した後、そろそろ昼食でも、ということになり、少し南に下ったところにある、有名なアウアーバッハス・ケラーと並ぶ伝統を誇るというテューリンガー・ホーフへ移動する。その途中、街を歩いていて思ったのだが、5年前に来たときよりも、地下駅の工事が進んでいるようで、街の見通しがずいぶん良くなっている。地下駅建設のために、市民に親しまれて来た、緑豊かな公園が破壊されて、猛烈な抗議が行なわれているシュトゥットガルトに比べれば、スムーズに工事が進んでいるとのことだが、それにも複雑な気持ちにならざるをえない。
 本やCDを売っている少し洒落た店で、ロッテ・レーニャがヴァイルを歌ったのを集めたCDを見つけ、買い求めた後、テューリンガー・ホーフでは、そろそろ出始めたジビエでも、ということで、薄く切った鹿肉を巻いてよく煮込んだ料理を食す。肉が柔らかいし、ブルーベリーの入ったソースとも良く合う。黒ビールともぴったりだ。久しぶりにまっとうなドイツ料理を食べたような気がする。
 知人といったん別れた後、街の中心にある造形美術館を訪れる。ここの目玉は、ライプツィヒ出身で19世紀に活躍した、マクス・クリンガーのモニュメンタルな彫刻と絵画のようだが、いかにも大げさで、壮大な勘違いの塊としか思えない。
 ここのコレクションそのものは、14世紀の作品から現代の作品までそれなりに充実していて、旧東独時代の絵画が見られるのも貴重だが、印象に残ったのは、まずオットー・ミュラーの恋人たちの絵。若さと儚さを同時に感じさせる。ココシュカによるジュネーヴの風景も美しい。ここに所蔵されている有名な作品の一つが、ベックリンの「死者の島」だが、これは少し前のはフリードリヒの無限へ開かれていく風景と好対照をなすように思えた。その他では、デ・ホーホの室内風俗画が、細密でありながら親密感を醸して素晴らしい。植民地出身の労働者ムラートの笑顔を捉えたハルスの肖像画も傑作だ。エル・グレコの、倉敷の大原美術館にあるのとまったく同じサイズと構図の受胎告知図を見つけ、驚いてしまった。
 美術館を後にし、部屋に戻って読み差しの本を読み進めた後、先の知人と再び落ち合って、行き着けというアイリッシュ・パブへ。飲みながら、研究の方向性などについて意見交換するうち、夜が更けていった。

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ライプツィヒ&ドレスデン旅日記:11月4日

 今日から3泊5日でドイツへ出かける。ライプツィヒで知人に会った後、ドレスデンへ行って、当地の聖母教会という歴史的な場所で細川俊夫さんのオラトリオ「星のない夜」が演奏されるのに立ち会うためである。朝の成田空港行きの飛行機を使って、昼のフランクフルト行きに乗り継いだ。全日空のフランクフルト行き、使用機材が新しくなったようで、エコノミー・クラスの椅子にもフット・レストが付いているし、ヴィデオ・モニターも使いやすくなっている。その点は良いのだが、肝心のコンテンツが付いて来ない。相変わらずオーディオのクラシックのチャンネルは、2時間そこらで聴き終わる2チャンネルのまま。この点、クラシック音楽の映像ソフトまで見られるルフトハンザとは雲泥の差だ。機内食もそこそこの味で、量が多過ぎないのは良いものの、到着前の食事会がホットドッグというのには、寂しい思いをした人がいたにちがいない。寝ずに支度をして出て来たので、機内で寝られると思ったし、そのつもりでもいたのだが、どうも熟睡できない。結局、本を読むことにするが、読み始めたドミニク・ラカプラの『アウシュヴィッツ以後の歴史と記憶』がなかなか興味深かった。
 フランクフルトにはほぼ定刻に到着。次のライプツィヒ行きのフライトまでかなり時間があったので、フランクフルトの街へ出て、シュテーデル美術館を訪れることにする。木曜は21時まで開いていると聞いていた。マイン川に架かるホルバイン橋を渡っていると、風が心地よく、また夕焼けも美しい。もうすぐ味わえなくなる秋の気候である。
 シュテーデル美術館は改築中で、現在は離れの建物で、主要な所蔵作品を年代順に展示する、「絵の年代記」展を催していた。1300年代初頭から現在に至る280点の作品が、まさに年代記とともに展示されていて、なかなか見応えがあったが、離れの建物ということもあってか、スペースが狭くてキャプションが壁面に入らず、すべて小冊子にまとめられていたのは、やや見にくかった。
 とはいえ、14世紀の作品から真近で見られるのは嬉しい。ペトルス・クリストゥスの力強くも緻密な描写に心を打たれ、ヤン・ファン・エイクとロヒール・ファン・デル・ウェイデンの聖母子像の静謐さに引き込まれているあいだは、心が満たされる思いだった。今回とくに印象的だったのは、デューラーの祈る女性の肖像と、クィンテン・マセイスの学者の肖像。前者では、堅い志をもって祈る姿が、デューラーの硬質のタッチと見事に調和している。祈る手が光を受けて浮かび上がるところはとくに素晴らしい。後者では、細密な描写が、学者の重みのある、かつどこか人間味を帯びた存在感を浮かび上がらせることに結びついている。背後の風景も美しい。
 この美術館は近代と現代の作品も所蔵していて、なかでもキルヒナーの作品を3点見ることができたのは、非常に嬉しかった。そのすぐ近くに掛かっていたアウグスト・マッケの、抽象的に構成された背景から2人の少女が浮かび上がる絵も、非常に美しかった。フェルメールの学者像に再会できなかったのは残念だったが、もしかすると、ドレスデンで開催されているというフェルメール展で見られるかもしれない。
 もう少しじっくりと見たかったが、飛行機に乗り遅れては大変なので、空港へ戻る。午後10時前の飛行機でライプツィヒへ向かい、空港からさらに電車に乗り換えて、ライプツィヒ中央駅近くのノヴォテルに着いたのは、もう零時過ぎ。丸一日を超える長旅で、さすがに疲れ果てた。

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第11回現代日本オーケストラ名曲の夕べ

 昨日のことだが、広島国際会議場フェニックスホールで行なわれた第11回現代日本オーケストラ名曲の夕べを聴いた。管弦楽は、広島交響楽団を中心に、全国から集まったオーケストラ・プレイヤーによって編成されたオールジャパン・シンフォニーオーケストラで、指揮は広響の音楽監督である秋山和慶。今回は、三人の広島出身の作曲家による「広島/ヒロシマ」に寄せられた作品を中心に、平和への祈りのこもった作品ばかりが集められた。とくに、糀場富美子の作品と細川俊夫の作品が同じ演奏会で響くことは、これまでめったになかったのではないか。それだけでも歴史的な意味のある演奏会と言えるのではないだろうか。私も、二人の作品を楽しみに私も聴きに出かけた。
 最初に演奏されたのは、弦楽合奏のために書かれた糀場富美子の「広島レクイエム」。原子爆弾の閃光をイメージしたというトーン・クラスターの衝撃の余韻のなかから、沈痛なモティーフが低音から静かに、悲しみに身を捩らせる人々の姿が徐々に浮かび上がるかのように響いてくる。それがさまざまな楽器に引き継がれながら絡み合うのだが、そうして形成される音響は、バルトークの弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽の最初の楽章を思わせると同時に、武満徹の弦楽のためのレクイエムの悲しみに通じるものも感じさせるが、つねに包み込むような温かさを帯びている。被爆した死者たちの無念の思いや、生き残った者たちの苦しみを抱き止めようとする響きとでも言えようか。そうした包容性を含みながらも、糀場の音楽そのものはきわめて凝縮されたもので、緊張が途切れることはない。その緊張が、最初のモティーフが急激に密度を増すことで頂点に達するあたり、合奏にそれこそ心臓を鷲摑みにするような凝縮度が欲しかったし、急に音楽が静まる瞬間の音響の変化の機敏さも今ひとつであったが、オーケストラの弦楽器のプレイヤーたちは、全体的には力のこもった演奏で作品に応えていたと思われる。被爆した人々の心身に刻まれた痛みを全身で受け止めようとするかのような祈りに包まれた糀場の音楽を聴くことができた。
 続いて演奏されたのは、北爪道夫のチェロ協奏曲。独奏を担当した広響の首席奏者マーティン・スタンツェライトの澄んだ音色が、作品に相応しく思われた。どこかシューマンの協奏曲のように、最初にチェロの独奏で長い「祈りの主題」が提示された後、シューマンの作品とは対照的に、透明感に満ちた、またつねに軽やかな管弦楽の響きが織りなされていく。その広がりに海を感じたのは私だけだろうか。聴きながら、最後まで日光の差す南洋の海の表層を漂う思いがした。たしかに澄んだ広がりをもった、そして旋律の豊かな北爪の音楽は、現代音楽には珍しくと言うべきか、軽みや清涼感を聴かせるものであろう。しかしながら、そのぶん逆に垂直的な力強さや密度には欠ける。それに旋律的なモティーフの結びつきも、内的な必然性を強く感じさせるものではない。下降する三つの音による「祈りの音型」がやや単調に繰り返されるのと相俟って、音楽そのものはだんだんと聴くのが退屈になってくる。後半は、音楽の構成がドビュッシーの「海」の第2楽章「波の戯れ」に酷似しているが、そこにあるような力動性は北爪の作品にはない。そのようななかでも、スタンツェライトの独奏は、旋律的なモティーフを魅力的に歌い切っていた。
 休憩を挟んで、細川俊夫の「記憶の海へ──ヒロシマ・シンフォニー」が演奏された。最初の瞬間から響きの存在感に打たれざるをえない。大太鼓の重い音が間欠的に刻まれて曲が始まるが、その一音一音が必然性を帯びている。そして広島の人々の思いが六つの川から流れ込んだ海を表現する、弦楽器を中心とした管弦楽の響きの密度は、深い奥行きを感じさせずにはおかない。先の北爪の作品の海が、表層の水面の動きに還元されていたとするならば、細川がこの作品で表現する海は、内海の穏やかさと、朝日や夕日に映える美しさを保ちつつも、それ自体が深淵であり続けている。そのなかで、生命の源泉としての豊饒さと、広島の死者たちが流れ着く場所としてその記憶が澱のように積み重なる場所としての重さとが、相互に浸透しながら、どこまでも深く折り重なっていくように思われるのだ。そして、この海に沈潜するなかから、そこに源泉をもつ生命を破壊する力が、徐々に浮き彫りにされていく。広島の人々の生命を一瞬にして消し去った、あの力である。それが猛々しさを露わにする瞬間を含め、管弦楽には今一歩踏み込んだ表現と、強度に満ちた響きを求めたいところだったが、全体的には細川の作品独特の響きの存在感を、気配のようなものも含めて、ある程度はよく表現していたように思う。しかし、全体的にやや焦点の定まらない印象を受けたのは、指揮の秋山が作品を内的統一においては完全に捉え切れていないからなのかもしれない。それとは対照的に、最新作のオラトリオ「星のない夜」を初演したケント・ナガノは、不十分な点が残るとはいえ、作品を構造的統一性において見事に把握していた。なお、舞台上方に金管楽器のバンダを配して、響きの垂直性を際立たせる手法は、今回演奏された「記憶の海へ」とともに、今触れた「星のない夜」にも生かされている。ともあれ、海の深い静けさのなかから、人間の破壊的な力が姿を現わし、それが自分自身を破壊しながら海の静けさのなかへ再び消え入っていく一つの流れが、強い内的緊張によって貫かれているのを、実際の響きから感じ取ることができたのは喜ぶべきことであろう。
 最後に演奏されたのは、佐村河内守が作曲した管弦楽のための「ヒロシマ」。今夜が世界初演とのことである。彼の音楽は、広島に捧げられた交響曲が初演されて以来世評が高いが、正直なところ私はまったく理解できない。たしかに、感覚的にはこれほど豊かな旋律性とリズムの推進力を兼ね備えた、かつ振幅の大きい作品を、一切の聴覚を失ったなかで──佐村河内は、35歳の時に聴覚を失い、またそれ以前からずっと激しい頭痛に悩まされているとのことである──構成しえたことには驚嘆を禁じえないし、そのことに対しては心からの敬意を払うべきだと思う。しかし、調性音楽と無調音楽のあいだを行き来するような音楽を、何故今ここで書かなければならないのか、その必然性を音楽のなかから聴き取ることはできなかった。聴きながら、例えばショスタコーヴィチとだいたい同時代の、また彼ほどの構成力をもたない作曲家が、社会主義リアリズムと新古典主義のアマルガムのように、このような交響的作品を、標題音楽として書いたかもしれない、などと妙な想像を繰り広げてしまうくらい、実は退屈させられた。静と動、強と弱の移り変わりも、ラプソディックとさえ言えないほど気まぐれに聞こえる。管弦楽のトウッティとともにチューブラー・ベルが打ち鳴らされるクライマックスには、赤面を禁じえなかった。こうした、恥ずかしいとしか言いようのない音楽を書く以前に、無調以後の音楽のテクスチュアを、そこにある論理を、心の耳で聴くことから始めてほしいと強く思わざるをえない。
 このように、佐村河内の音楽には落胆せざるをえなかったとはいえ、糀場と細川の音楽の充実した内容は、聴衆に充分伝わったのではないだろうか。そして、冒頭にも述べたように、両者の作品の邂逅が広島で実現したことは、画期的な出来事とも思われる。これを機会に、二人の作品が定期的に、かつ海外の作曲家が「ヒロシマ」に寄せた作品とともに、繰り返し演奏されることを願っている。

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