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フランクフルト+バーデン・バーデン旅日記II

 朝食と荷造りを済ませた後、バーデン・バーデン行きの電車までしばらく時間があったので、徒歩でゲーテハウスを訪れることにする。美術館へ行くには時間が足りないし、フランクフルトへ来たからには一度は見ておこうかと思ったのだ。ミュンヘン通りを欧州中央銀行の近くまで歩き、オペラ・ハウスの脇を通って、ゲーテハウスを目指すが、ミュンヘン通りは完全にトルコ人とアラブ人の街になっている。やや怪しい雰囲気ながら、いろいろ変わった店があって見るのは面白い。ゲーテハウスは、第二次世界大戦中の空襲で破壊されたゲーテの生家を復元して博物館にしたもので、客間やゲーテの仕事部屋、図書室、画廊、家族の部屋などが、疎開によって破壊を免れた当時の家具を用いて復元されている。ここはフランクフルト観光コースの一つであるらしく、韓国や日本の観光客グループ、修学旅行か校外学習と思われる生徒の集団が、ガイドに先導されてぞろぞろと部屋を回っている。これに巻き込まれると厄介なので、縫うように避けながら見て回った。
 たしかに書斎ではゲーテの仕事ぶりが、その他の部屋では、18世紀後半から19世紀初頭にかけてのドイツのブルジョワの生活が偲ばれるが、興味を引く展示物は少ない。少し面白いと思われたのは、ゲーテが愛読していたという当時の本の展示。ホメロスの『イリアス』をドイツ語で語り直したものや、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』のドイツ語訳などに混じって、ゲーテの『ファウスト』の土台となる『ファウストゥス博士』の当時の版があった。画廊には、16世紀から17世紀にかけてのネーデルランドの画家たちの画風を真似したとしか思えない、ゲーテ時代のフランクフルトの画家の絵が、所狭しと掛かっている。リューベンスの宗教画、レンブラントの肖像画、ライスダールの風景画、デ・ホーホの風俗画などのエピゴーネンのオン・パレード。あまりにも簡単にそれと判るのが滑稽な感じだが、ゲーテの父親が蒐集していたのだとか。
 ゲーテハウスのミュージアム・ショップとつながっているCD屋を冷やかしてから宿に戻って荷物を受け取り、中央駅へ向かう。弁当代わりにパン屋でブレーツェルとコーヒーを買って、バーデン・バーデンを通るバーゼル行きのインターシティへ向かうが、予約した席がホームのずっと先のほう。発車時間が迫ってきた──ドイツの特急は、発車ベルもなくすっと走り去ってしまう──ので少し焦ったが、何とか間に合って席に落ち着く。
 フランクフルトからバーデン・バーデンまでは、直通のインターシティだと1時間15分くらい。新幹線で広島から博多へ行くくらいの感覚だろうか。もちろん、それよりはずっとゆったりした感じだ。マンハイム、カールスルーエに止まった後、バーデン・バーデン駅に着いたのは13時25分頃。満員のバスに乗り込んで、しばらくすると祝祭劇場が見えてきた。とても大きな建物。バスのアナウンスが「旧駅」とも言うのでよく見ると、昔の駅舎と思われる建物に隣接するかたちで劇場が建てられている。ホテルはその祝祭劇場のすぐ近く。かつての修道院の建物を改築したというラディソンのホテルを取っておいた。チェック・インには少し早いかと思われたが、部屋に通してもらえた。シングルながらかなり広く、ゆったりと使える。ベッドもかなり大きいのはありがたい。荷解きをしてひと息ついて、外へ出ようと階段を下りると、大きな吹き抜けの広間に行き当たった。ぱっと空間が広がった感じで、なかなか見事というほかないが、かつては豪奢な修道院の──何という言葉の組み合わせ──客間だったのだろう。今はそこを、温泉に入ったらしい老夫婦がバスローブ姿でうろうろしている。
 ホテルを出て、今日は開いているというブラームスハウスを訪れようとバスを待っていると、本当に良い天気になってきた。この時期ならではの柔らかな日差しに緑が映える。それにしてもこの街は緑豊かだ、至る所に緑地が整えられているし、遊歩道には花が植わっている場所もある。道沿いにはせせらぎもあって、何だか嘘のようにのどかだ。ドイツの街はどこへ行っても、それぞれに尖ったところが感じられるのだが、ここにはそれがまったくなく、ゆったりとした空気が流れている。ドイツ有数の保養地というだけのことはあるし、数々の文化人が好んで訪れたのも解る気がする。
 バスで中心街を通り過ぎ、しばらく行くとブラームス広場に着く。そこで降りてブラームスハウスはどこかと見回すと、案内板がすぐに目に入った。ブラームスの夏の別荘だったという家は小高いところに建てられている。呼び鈴を押すと、小柄な女性が迎えてくれて、親切に展示物をいろいろ説明してくれたうえ、ドイツ国内の作曲家の博物館の案内までくれた。ブラームスはこの夏の別荘で、第1番のチェロ・ソナタ、ホルン・トリオ、ドイツ・レクイエム、第1番と第2番の交響曲など、重要な作品をいくつも仕上げたという。彼の仕事場だった部屋から外を見ると、教会の建物とともに、緑豊かな山並みの風景が広がっている。あの晴れやかで広やかな第2交響曲は、このような風景を見ながら構想されたのかもしれない。
 博物館には、自筆譜などの一次資料はないものの、写真や当時の演奏会プログラムなどが数多く展示されていて、なかなか興味深い。もとクララ・シューマンが借りていた建物だったこともあって、彼女に関する展示も多い。おばあさんになったクララの写真まである。後で人づてに聞いたところによれば、ひと昔前までは、クララ・シューマンとブラームスが連れ立ってバーデン・バーデンの街を散歩していたのを目にしたという老人がいたとか。ブラームスは、19世紀後半に活躍しただけあって、写真がかなり多い。ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムなど、彼と関わりのあった同時代の音楽家との写真もある。二重協奏曲がバーデン・バーデンで初めて演奏されたときの写真や、演奏会プログラムを見ていると、ブラームスの作品が初演されていた演奏会の様子が偲ばれる。彼の有名な子守歌の楽譜を、彼自身が紙片に書き付けたものもあった。
 ブラームスハウスを出て、バスで中心街へ戻って少し散歩してみる。緑のなかに豪華なカジノの建物があったり、温泉の周りに高そうなブティックがあったりと、いかにも高級リゾート地という感じだ。ホテルに細川俊夫さんを訪ね、ひとしきり話した後、街へ出て、ちょっとした食事ができそうな場所を探す。結局小さなホテルのレストランに落ち着き、そこでこの辺りの郷土料理であるマウルタッシェを頼む。マウルタッシェというのは、挽肉や野菜、場合によってはチーズなどを詰めた、本当に餃子に似た感じ──ただし大きさは餃子の倍くらいで四角く包んである──の料理で、ここでは塩辛いオニオンスープに入って出てきた。ドイツ風の水餃子という感じか。量もちょうど良いくらい。特別美味しいというわけではないが、食べきれない量の肉やジャガイモが出てくるよりはましで、雰囲気も味わえるというところだろう。腹が落ち着き、暖まったところで店を出ると、かなり冷え込んできている。それに、昼間見られなかった若者たちが街に集まってきている。日中とは違ったバーデン・バーデンの顔を横目に、帰途を急いだ。

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