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「シャガール──ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展など

 東京芸術大学美術館で、以前から気になっていた「シャガール──ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展を見る。ロシア・アヴァンギャルドのいくつかの動きとの布置において、シャガールの芸術を初期から晩年に至るまで通観する展覧会。シャガールが同時代のアヴァンギャルドの運動と切り結ぶなかでみずからの画風を磨いてきたことのみならず、アヴァンギャルドそのものについても再発見させてくれる。それに先に触れるならば、ロシア・アヴァンギャルドの美術については、マレーヴィチらのシュプレマティズム、デザインの領域におけるタイポグラフィや人間と機械を融合させた意匠くらいしか、じかに触れたことがなかったが、今回レイヨニズム(光線主義)、既成のジャンルを乗り越えるアサンブラージュなどの多彩な動きに触れることができた。立体の量感に表現の力点が置かれたキュビスムの動きや、ロシアの伝統を再発見するネオ・プリミティヴィスムも興味深い。
 出品作品のなかで、こうしたアヴァンギャルドの動きに触発されたシャガールの芸術が最良の仕方で表われているのが、1911年の「ロシアとロバとその他のものに」であろう。ネオ・プリミティヴィスムやキュビスムの影響を感じさせる画面構成のうちに、故郷ヴィテブスクの記憶がイディッシュの諺をつうじてユーモラス、かつ神秘的に浮かび上がる。そして、その背景をなす漆黒の闇の吸い込まれたいほどの美しさ。ロシア正教の教会と思われる建物から、ダヴィデの星のような形象がクッキー型で抜いたように飛び出しているのも面白い。
 しかし、ヴィテブスクの記憶が表われた作品としては、1947年の「家族の顕現」が最も感動的だった。1937年にいったん描かれ、戦時下で奇跡的にアメリカに持ち出すことのできた絵を描き変えたこの作品のうちには、すでに亡くなっていた最初の妻ベラをはじめ、亡くなった両親や兄弟が、画面右下に描かれたヴィテブスクの街から次々に立ち現われている。画面右上に浮かぶ天使は、この死者たちを呼び出しているかのようだ。それを振り返る画家のまなざしは優しく、また愁いを帯びており、画面の基調をなす赤は、画家の思いに呼応するかのように死者たちを柔らかく包んでいる。追憶のなかに死者たちが甦る、想起の奇跡とも呼ぶべき顕現の瞬間を描いたこの絵の前に、長く立ち止まらせられた。ベラが亡命先で客死するおよそ4年前には、ヴィテブスクはナチス・ドイツの侵攻を受け、そのシュテトルのユダヤ人はナチスの手で虐殺されたという。この絵に顕現する死者たちも虐殺されたのだ。そのことに思い至るとき、一見柔らかなこの絵を包む悲しみの深さに打たれざるをえない。
 ただし、死者との関わりに触れたシャガールの作品は、これが初めてではないようだ。1917年、妹が亡くなった年に描かれた「墓地」では、墓石がリズミカルに並ぶのに光が乱反射し、復活の希望が柔らかに閃いている。生命の密やかな予感に満ちた墓地の風景。この作品に限らず、この時期のシャガールの作品を、不思議な静けさが貫いているのも印象的だった。
 さて、先に触れた「家族の顕現」と、オペラ『魔笛』のフィナーレの背景幕用に描かれた絵が、どこか通じ合うように見えてならない。このモーツァルトのオペラの大団円をなすのは、死者たち、そして万物の復活と見ているかのようだ。それ以外にも、1967年のメトロポリタン歌劇場での『魔笛』上演のためにシャガールが描いた絵を見ると、この上演へ向けた並々ならぬ情熱が感じられる。もしかするとシャガールは、『魔笛』の上演をつうじて、「家族の顕現」に表わした復活の奇跡をより普遍的に表現しようとしたのかもしれない。
 「シャガール──ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展を見た後、まだ時間があったので、国立西洋美術館で「カポディモンテ美術館展──ナポリ、宮廷と美」を見る。この美術館所蔵の作品を、ルネサンスとバロックの絵画を中心に展観するもの。こちらはやや期待外れだった。立ち止まらされたのは、ティツィアーノの「マグダラのマリア」とフセペ・デ・リベーラのいくつかの作品くらい。彼とカラヴァッジョの影響は、一考すべきと思われたけれども。正直、常設展のほうがよほど見応えがあった。

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