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2010年9月

「シャガール──ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展など

 東京芸術大学美術館で、以前から気になっていた「シャガール──ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展を見る。ロシア・アヴァンギャルドのいくつかの動きとの布置において、シャガールの芸術を初期から晩年に至るまで通観する展覧会。シャガールが同時代のアヴァンギャルドの運動と切り結ぶなかでみずからの画風を磨いてきたことのみならず、アヴァンギャルドそのものについても再発見させてくれる。それに先に触れるならば、ロシア・アヴァンギャルドの美術については、マレーヴィチらのシュプレマティズム、デザインの領域におけるタイポグラフィや人間と機械を融合させた意匠くらいしか、じかに触れたことがなかったが、今回レイヨニズム(光線主義)、既成のジャンルを乗り越えるアサンブラージュなどの多彩な動きに触れることができた。立体の量感に表現の力点が置かれたキュビスムの動きや、ロシアの伝統を再発見するネオ・プリミティヴィスムも興味深い。
 出品作品のなかで、こうしたアヴァンギャルドの動きに触発されたシャガールの芸術が最良の仕方で表われているのが、1911年の「ロシアとロバとその他のものに」であろう。ネオ・プリミティヴィスムやキュビスムの影響を感じさせる画面構成のうちに、故郷ヴィテブスクの記憶がイディッシュの諺をつうじてユーモラス、かつ神秘的に浮かび上がる。そして、その背景をなす漆黒の闇の吸い込まれたいほどの美しさ。ロシア正教の教会と思われる建物から、ダヴィデの星のような形象がクッキー型で抜いたように飛び出しているのも面白い。
 しかし、ヴィテブスクの記憶が表われた作品としては、1947年の「家族の顕現」が最も感動的だった。1937年にいったん描かれ、戦時下で奇跡的にアメリカに持ち出すことのできた絵を描き変えたこの作品のうちには、すでに亡くなっていた最初の妻ベラをはじめ、亡くなった両親や兄弟が、画面右下に描かれたヴィテブスクの街から次々に立ち現われている。画面右上に浮かぶ天使は、この死者たちを呼び出しているかのようだ。それを振り返る画家のまなざしは優しく、また愁いを帯びており、画面の基調をなす赤は、画家の思いに呼応するかのように死者たちを柔らかく包んでいる。追憶のなかに死者たちが甦る、想起の奇跡とも呼ぶべき顕現の瞬間を描いたこの絵の前に、長く立ち止まらせられた。ベラが亡命先で客死するおよそ4年前には、ヴィテブスクはナチス・ドイツの侵攻を受け、そのシュテトルのユダヤ人はナチスの手で虐殺されたという。この絵に顕現する死者たちも虐殺されたのだ。そのことに思い至るとき、一見柔らかなこの絵を包む悲しみの深さに打たれざるをえない。
 ただし、死者との関わりに触れたシャガールの作品は、これが初めてではないようだ。1917年、妹が亡くなった年に描かれた「墓地」では、墓石がリズミカルに並ぶのに光が乱反射し、復活の希望が柔らかに閃いている。生命の密やかな予感に満ちた墓地の風景。この作品に限らず、この時期のシャガールの作品を、不思議な静けさが貫いているのも印象的だった。
 さて、先に触れた「家族の顕現」と、オペラ『魔笛』のフィナーレの背景幕用に描かれた絵が、どこか通じ合うように見えてならない。このモーツァルトのオペラの大団円をなすのは、死者たち、そして万物の復活と見ているかのようだ。それ以外にも、1967年のメトロポリタン歌劇場での『魔笛』上演のためにシャガールが描いた絵を見ると、この上演へ向けた並々ならぬ情熱が感じられる。もしかするとシャガールは、『魔笛』の上演をつうじて、「家族の顕現」に表わした復活の奇跡をより普遍的に表現しようとしたのかもしれない。
 「シャガール──ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展を見た後、まだ時間があったので、国立西洋美術館で「カポディモンテ美術館展──ナポリ、宮廷と美」を見る。この美術館所蔵の作品を、ルネサンスとバロックの絵画を中心に展観するもの。こちらはやや期待外れだった。立ち止まらされたのは、ティツィアーノの「マグダラのマリア」とフセペ・デ・リベーラのいくつかの作品くらい。彼とカラヴァッジョの影響は、一考すべきと思われたけれども。正直、常設展のほうがよほど見応えがあった。

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Hiroshima Happy New Ear第7回演奏会

 生まれて間もない音の世界に開かれる広島の新しい耳を祝福する現代音楽の演奏会シリーズ、Hiroshima Happy New Earの第7回の演奏会が、アステールプラザのオーケストラ等練習場で行なわれた。今回は、パリを中心に世界中で活躍する気鋭のクァルテットであるディオティマ弦楽四重奏団が、このシリーズの音楽監督である細川俊夫の二つの作品と、彼の友人でもあるヘルムート・ラッヘンマンの弦楽四重奏曲第3番「グリド(叫び)」を演奏した。古典的なレパートリーから現代作品まで幅広く手がけ、とくに現代の作品の演奏で高い評価を得ているというこのクァルテットが、これらの作品をどのように響かせるのか、非常に期待されたが、期待に違わぬどころか、それをはるかに超えた衝撃的な演奏だった。
 最初に演奏されたのは、細川俊夫の1998年の作品である「沈黙の花」。張り詰めた静けさのなかに、書の打ち込みのような一撃が時の亀裂をもたらし、その余韻から新たな響きが生成するのを基調としながら、やがて生命のエネルギーが横溢するかのような激しい展開が生じ、それが儚さを感じさせながら細い絹糸のような響きへ昇華されていく曲の流れを、ディオティマ弦楽四重奏団は深い奥行きをもって表現していた。それによって、沈黙を背に咲く花の変化する美が、人間の手では飼い馴らされえない生命の輝きとして、まざまざと立ち現われてくる。そのさまは妖しささえ感じさせるが、そこに同時に研ぎ澄まされた美も感じるのは、このクァルテットの演奏ゆえのことかもしれない。楽器の胴を弓で擦って息のような音を出すといった特殊奏法も、花の変化のただならぬ気配を感じさせ、非常に効果的だったように思うが、それもきわめて高い技術を要求されることは言うまでもないだろう。
 次に演奏されたのは、蓮の花をモティーフにした細川の最近の作品「開花」。変ロの持続音によって表わされる水面の上に蓮が花咲くに至るプロセスを、自己が花開いていく過程として、ゆったりとした、水面にたゆたうかのような時の流れのなかに表現するこの曲のなかには、天空から注ぐ月光に感応して、水底の泥土が蠢き、そこから伸びた蓮が水面から顔をもたげるのを表現した、非常に印象的なシークエンスがある。それをディオティマ弦楽四重奏団は、豊かな歌をもって表現していた。ただし、そこにある歌は、あまりにも人間的な歌ではない。むしろ蓮が天空へ向けて歌うのだ。細川がいわゆる歌に回帰するのではなく、人間ではない者たちにも声を返し与えるような新たな歌を模索していることを、今回の演奏は明快に示していたのではないだろうか。そして、そのような歌のうちに自己というものがあり、かつそれが他のものとの照応のうちにある、いやこの照応のうちにこそ自己が開花するというのが、この曲の主題の一つであろうが、そう考えるとき、「まぎれもない自己の生は〈他者〉との有機的な関係のなかにおいてあらわれるものであり、それは正しく個を越えたものである」という武満徹の言葉が思い出される。
 最後に演奏されたのは、イタリア語で「泣き叫ぶ声」を意味するGridoという語を標題にもつヘルムート・ラッヘンマンの弦楽四重奏曲第3番。泣き叫ぶことが、その際の全身の衝迫、さらには無意識の衝動に至るまで、弦楽器から音を出すあらゆる可能性を駆使して表現し尽くされたかのような凄い作品である。そのように、言わばミクロコスモスとしての一人の嘆きに沈潜することによって、それがマクロコスモスの広がりに連なるのが見いだされることを、ディオティマ弦楽四重奏団は、素晴らしい技術をもって完璧に表現していたと言ってよい。心の軋みのような衝撃から放出されるエネルギーが、まさに宇宙的な広がりのなかに駆け巡るさまを、全身が拉し去られるような速度感をもって響かせるあたり、瞠目させられるほかはない。そして、その運動が突如として停止するときの凄まじい緊張感。深い音響空間のなかで、運動と停止が間然することなく交互するのに、ただただ身を任せるほかはなかった。そして、心のうちにあるものすべてが堰き止められるかのような、暴力的とも言える停止とともに曲が閉じられるとき、全身が震えるかのような衝撃を味わった。
 今回の演奏は、弦楽四重奏という西洋音楽の最も凝縮された演奏形態の一つから、しかもその既成の演奏様式を越えたところから開かれる世界の底知れぬ広がりを体感させる、一つの事件とも言うべき衝撃的な出来事だったのではないだろうか。それに立ち会えたことを心から幸せに思っている。

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