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2010年1月

ベルリン旅日記(2010年1月10日)

 4時頃に一度目が醒めた後もう一度寝入ってふと気がつくともう8時半。のこのこと起き出して身支度をする。やっと、ぐっすりとは言わないまでもある程度充分寝ることができたと思ったら、もう帰らなければならないというのが辛いところだ。外を見ると相変わらず雪が降っているが、朝食後にテレビのニュースを見ていると、ベルリンのテーゲル空港からの中継では、リポーターが今日の旅行は延期したほうがよいとまで言っている。他にも降雪のために交通機関のダイヤが乱れているとか、交通事故が起きているとか、気が滅入るニュースばかり。とはいえ、ニュースを見て頭を抱えていても仕方がないので、外へ出ることにする。
 部屋をチェック・アウトして、シャルロッテンブルク宮殿の向かいにある美術館へ。新しく開館して気になっていたシャーフ・ゲルステンベルク・コレクションを見たかったのだ。ゴヤとルドンに始まり、シュルレアリスムを中心とした充実した内容のコレクションで見応えがあったが、昨日に続きエルンストやマグリットなどシュルレアリスムの作品ばかり見ていると、正直食傷気味になってくる。ひと通り見て今度は、真向かいにあるベルグルエン美術館へ。マグリットやピカソの絵を満ちると、どういうわけか気持ちが落ち着く。ここはとくに初期から晩年に至るピカソのコレクションが見事なのだが、クレーのコレクションもなかなかのもの。初期の独特の緻密さをもった線描から死の年の作品まで集めている。温かで音楽的な遊びのある作品を中心に彼の絵を見ていると時間が経つのを忘れてしまう。とはいえ、飛行機に乗り遅れてはいけないので、いったんホテルへ戻ってスーツケースを引き取って、テーゲル空港へ。
 チェックイン・カウンターがなかなか開かないのでやきもきさせられたが、何とか30分ほどの遅れで出発してくれる様子。その前のフランクフルト行きが欠航になっていたのでどうなるかと思ったが、これから乗ろうとする便は国際線への乗り継ぎが多いせいか、飛ぶ準備を進めていてほっと胸をなで下ろす。待合室には、その前の便に乗務するはずだったルフトハンザの乗務員も待っている。
 50分ほどのフライトでフランクフルトに着くと、時刻は19時過ぎ。東京行きに何とか間に合った。しかしこちらも出発に時間がかかる様子。実際、翼に降り積もった雪の除去に時間がかかったうえ、寒波を突いてのフライトも通常より時間を要する様子だ。ここへ来て「デイジー」禍に見舞われた格好である。実際、成田に到着したのは予定より1時間遅れ、成田からの広島行きには乗れず、さらには振り替えてもらった羽田からの最終便にも乗れず、結局用意してもらったホテルに泊まることに。果たして明朝の第一便に乗って午前の仕事に間に合うかどうか。

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ベルリン旅日記(2010年1月9日)

 どうもよく眠れず、朝早く目覚めてしまう。今日も雪が降っている。ニュースによれば、「デイジー」なる新たな寒波が上陸して、さらに降雪がひどくなるとか。明日のフライトが思いやられる。今日はまずポツダム通りの国立図書館へ。一日しか使わないのに、一月の利用を申し込まなければならない。申込書を書き込んで出すと、三年前の利用の記録があるとのこと。だからといってタダになるわけではない。10ユーロ払って新しい利用券を作ってもらう。中に入って目当ての本を探してみると、何でも建設作業のために出してもらえないとか。これにはがっかり。帰ってから、他の大学の図書館にあるのを急いで取り寄せてもらわないといけない。
 本を読んだり、覚え書き程度の書き物をしたりした後、図書館を出て昨日訪れた書店へ。行ってみると、昨日注文した本がちゃんと届いているではないか。素晴らしい。昨日選んだ二冊と一緒に購入すると、この書店が毎年一冊作って顧客に配っているという、お洒落な造りの冊子を付けてくれた。アガンベンの「友 (l’amico) 」という題の、おそらくは講演録をドイツ語に訳したもの。「友である」ことをアリストテレスの『ニコマコス倫理学』を参照しつつ分析する内容のようだ。そのような冊子を顧客に贈るという気遣いは実に心憎い。
 宿の部屋に戻って荷物を置き、ひと休みした後、フィルハーモニーへ向かう。今日は夕方まずベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会。ミシェル・プラッソンの後を継いでトゥールーズ・キャピトル管弦楽団の指揮者を務めるトゥガン・ソキエフのベルリン・デビューとなる演奏会とのこと。ハインツ・ホリガーの「リスト・トランスクリプション」に、ラヴェルのピアノ協奏曲、そしてラフマニノフの交響曲第2番というプログラム。ホリガーの作品は緊張感に満ちた、かつ魅力的な響きに仕上がっていて、感心していたのだけれど、ラヴェルはどうもいただけない。バランスを欠いているうえ、管楽器のミスも目立つ。とくに、表に出るべきソロがきちんと聞こえてこないのが気になった。エレーヌ・グリモーが独奏者だったが、どうも一本調子に過ぎる感じがするうえ、オーケストラともあまり噛み合っていない。素晴らしいテクニックの持ち主であることはうかがえたが、本来なら聴かせてくれたであろう冴えを感じ取ることができなかったのは残念だ。何ともしっくりしない雰囲気のまま曲が終わってしまった。休憩後のラフマニノフは、若いソキエフの面目躍如という感じで、曲の旋律性と劇性がともに生かされていたように思う。曲に耽溺しすぎると、よくありがちなように音楽が重く停滞してしまうが、ソキエフの棒は、旋律線に沿ってダイナミクスを巧みに変化させ、曲の流動性を魅力的に表現していた。爽やかな甘さに仕上がったというところだろうが、私はこのラフマニノフ的な甘さ自体について行けないものを感じるので、正直それでも演奏に心から共感できない。聴衆は喜んでいたようだけれども。
 次の演奏会まで2時間近く時間があるので、新ナショナル・ギャラリーで開催されている「イメージの夢想」展を見に行く。ウーラとハイナーのピーチュ夫妻のシュルレアリスムを中心とした膨大なコレクションを展示する展覧会で、マックス・エルンストを筆頭に、ダリ、ミロ、マグリットといったシュルレアリスムの作家たちの作品やポロック、ロスコといったアメリカの抽象表現主義の作家の作品が、150点ほど展示してあった。シュルレアリスムの広がりとその影響の広さを感じ取ることができるし、作品の質が高いのにも瞠目させられる。
 夜は先ほどと同じフィルハーモニーで、ベルリン・ドイツ交響楽団の演奏会。ヘルベルト・ブロムシュテットの指揮で、メンデルスゾーンの珍しいピアノ協奏曲第2番と、これまた演奏される機会の少ないブルックナーの第2交響曲というプログラム。奇しくも二曲ともニ短調という調性。メンデルスゾーンの協奏曲で独奏を担当したのは、若いマルティン・ヘルムヒェンだったが、彼のピアノが本当に素晴らしい。完璧なテクニックと美しい音色で、独奏パートをニュアンス豊かに歌い上げていた。とくに音色の繊細な変化には何度もはっとさせられた。基本的には端正な曲へのアプローチで、小さな無数の真珠がこぼれ落ちるかのような彼の演奏には、力強さが足りないと思う向きもあるかもしれないが、少なくともこの日のメンデルスゾーンには相応しかった。アンコールに弾いた無言歌も、これ以上ないほどの名演奏。例えばシューベルトを弾いたらどうなるのだろう。ブロムシュテットの指揮によるオーケストラのサポートも申し分ない。暗い情熱に沈潜するなかから、ときに華麗に、ときに激しく感情が迸り出るのを、様式館を損なうことなく、落ち着きのある響きで見事に表現していた。
 休憩後に演奏されたブルックナーは、ほとんど忘れられていると言ってもよい初稿での演奏。次の第3交響曲の初稿と同様、部分的には別の曲と言ってもよいくらい、改訂稿とは音楽が異なるし、改訂稿よりも10分以上長い。それに、第2交響曲の場合、楽章の順序も異なっていて、第2楽章にスケルツォが来る。そのような第2交響曲の初稿を、ブロムシュテットとベルリン・ドイツ交響楽団は、ずっしりとした、また温かさのある響きで、ほとんど完璧に演奏していた。ブロムシュテットの指揮による演奏ががつねにそうであるように、それぞれのモティーフが明快に浮かび上がるので、後期の交響曲を形づくる要素の原型のすべてがここにちりばめられているのが手に取るようにわかる。基本的にはきびきびとした音楽の運びも素晴らしく、とくに速いテンポの楽章は躍動感に満ちている。フィナーレのコーダの追い込みには胸が熱くなった。かといって慌てた感じはまったくなく、楽節ごとのゲネラルパウゼは十分に取っているし、緩徐楽章の歌も実に美しい。その響きがけっして弱々しくならず、充実しきっているので、歌が内側から伝わってくるように聞こえる。ブルックナーの初期の交響曲の魅力を十二分に引き出した、80歳のブロムシュテットの演奏だった。指揮ぶりも若々しいし、気力も充実しているように見える。そう言えば、ブロムシュテットは第3交響曲でも素晴らしい演奏を聴かせていた。それと合わせて、この日の第2交響曲の演奏もCDにならないものだろうか。4月にはN響を指揮するために来日するという。これも楽しみである。
 曲が長かったうえ、喝采も長く続いたので、演奏会が終わったのは22時15分頃。雪道を早足で歩いてホテルのレストランへ駆け込むと、まだ料理を注文できるとのこと。グラーシュと黒ビールを頼んだ。しばらくして出てきたスープを一口飲むと、お腹に熱いものが染み渡る。またグラーシュかという感じもするが、冬の寒いときにはこれに限る。

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ベルリン旅日記(2010年1月8日)

 朝食を済ませて外に出てみるとやはり非常に寒い。ホテルからツォー駅まで歩くが、雪が踏み固められて凍りついた足下が滑りやすいので、おそらく普段の倍近く時間がかかってしまう。ツォー駅からSバーンで中央駅まで行って降り立つと、歩く人が少ないせいか、歩道がさらに雪深い。そのような道をしばらく歩いて、ヴァルター・ベンヤミン・アルヒーフへ向かう。見ればシュプレーの河面もところどころ凍っている。このような気候は、ポツダムが最も寒かったとき以来だろうか。
 ヴァルター・ベンヤミン・アルヒーフに着くと、訪問申し込みのメールに返事をくれた職員の方が温かく迎えてくれた。会議中にもかかわらず、少し時間を割いてデータベースの使い方を説明してくれる。備え付けのコンピューターには、全集、書簡全集、自筆の草稿、関連の資料の類がすべてPDFのファイルで収められていて、これを自由に見られるという仕組み。全集各巻の巻末に関連資料として収録されている手書きの草稿のもとの姿は、じかに眼にする機会の少ないものだし、それがさらに現在刊行中の新全集の基になっているだけに非常に興味深いが、やはりなかなか判読は困難。それでも、晩年の歴史哲学に関する草稿を見てみると、他人からの手紙の便箋の裏側などにびっしりと書き込まれている。書くことすらもきわめて困難な状況のなかで、最終的に「歴史の概念について」の20のテーゼに結晶する思想が紡ぎ出されていたことが偲ばれる。
 アルヒーフにはベンヤミンに関する研究書の類も集められていて、日本にいてはなかなか現物に触れることのできない二次文献も手に取ることができる。主にドイツ語にものだが、これほど多くの研究書がベンヤミンについて書かれているのかとあらためて驚かされる。そのいくつかを手に取って拾い読みしたり、全集のデータベースで検索をかけたりしてみた。ベンヤミンの全集は、アドルノの全集のようにデータベースが市販されていないので、ここのコンピューターを使えることは、行く行くは便利にちがいない。それと持ち込んだパソコンとを使いながら、これから書く原稿の構想を練って午後まで過ごす。そうこうするうち、何人もの人が閲覧室に入ってきて、それぞれ机に陣取って仕事に取り組んでいる。ベンヤミン研究の相変わらずの活況を示しているのだろうか。
 アルヒーフを辞して宿に戻ろうとすると、職員の方が呼び止めて、日本語の訳書をはじめダブって在庫のある書籍があるから持って行かないか、とのこと。ありがたい申し出なので倉庫へ連れて行ってもらうと、これまた膨大な在庫。そのなかの一角にそうした書籍があったが、残念ながらほとんど手許にあるものばかり。テーマごとのアンソロジーは持っていなかったので、それだけ少しもらって行く。アルヒーフを使わせてもらったうえにお土産までいただいた格好で恐縮なことだ。ともあれ、今後の研究滞在で使わせてもらうのにもよいきっかけになったのではないだろうか。
 宿へ帰って友人と落ち合い、書店を案内してもらう。連れて行ってもらった近くの店は、思想と文学を専門とする書店で、狭いながらも非常に充実した品揃え。店の主人に、ベンヤミン・アルヒーフで面白く思った一冊の研究書のことを尋ねると、現在在庫はないが、注文すれば明日の朝には届くという。ドイツの書籍流通のシステムの便利さにも驚かされる。それを注文して、明日他の書籍と一緒に引き取ることにした。
 大きな書店に寄って新刊をひと通り見て回った後、シュヴァーベン地方の料理を出すレストランで夕食。シュペツレという当地のパスタを七面鳥の肉やチーズと一緒にグラタン風に焼いた料理をリースリングの赤とともに。朝食の後何も食べていないので、熱いソースが腹に浸みる。さまざまな話に花が咲いて、閉店まで居座ってしまった。帰り道にはさらにうっすらと雪が降り積もっていた。

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ベルリン旅日記(2010年1月7日)

 前回ベルリンを訪れたのが昨年の9月の末だったので、およそ3か月でまた舞い戻ってくることになる。前回あまり時間が取れず、仕事のための本を読んだり、書店を物色したりすることができなかったので、今回は図書館と書店へ行くために来たようなもの。3泊4日の短い滞在である。その間に、ヴァルター・ベンヤミン・アルヒーフや国立図書館にこもったり、友人に書店を案内してもらったりする予定。
 ヨーロッパは寒波が覆っているということで、飛行機の遅れが心配されたが、定刻通りに飛んでくれた。飛行機のなかで寝ておこうと思ったのだが、思うように眠れない。そのようななか読んだのが、小沼純一の編集による『武満徹エッセイ選』(ちくま学芸文庫)。個とその根底にある悲しみから響き出て他者へ向かう音についての省察が、生と死についての深い洞察や、国家権力に対する鋭い批判に結びついている点にあらためて感銘を受ける。手荷物の鞄に入れておいてよかったと思う。
 飛行機がヨーロッパの上空に入って機内が明るくなったので窓を開けてみる。いつもは通路側の席を取るのだが、今回は窓側しか取れなかった。窓には雪の結晶が付着している。それを見て、初めてヨーロッパへ旅行に出たときのことを思い出した。そのときも窓側の席に座って、シベリアの上空を飛ぶ飛行機の窓に付いた雪の結晶を、その無数の形を飽かず眺めていたのだった。乗り継ぎ地点であるフランクフルトへ近づくと、眼下には一面の銀世界が広がっている。寒いところへやって来たものだ。
 ますます迷宮のようなフランクフルトでベルリン行きの飛行機へ乗り継いで、ベルリンに着いたのは19時過ぎ。バスに乗って、クアフュルステンダムの途中の停留所で降りて少し歩いたら、ホテルがすぐに見えた。通りには雪が積もっていて歩きにくいし、当然ながらかなり肌寒い。明日からのことが思いやられる。宿はとくに特筆するべきことのない中級クラスのホテルだが、無線LANが無料で使えるのが嬉しい。予約に付いていた、カレーソーセージのクーポンをもらったので、部屋で荷解きをしてから、夕食にそれを食べにレストランへ。フライドポテト付きのそれを食べてみると、ケチャップソースのトマト味が利きすぎて、カレーソーセージと言うよりは、トマトソーセージに近い。これに関しては屋台で食べるに限るということだろうか。部屋へ戻ってシャワーを浴びると、疲れと眠気が襲ってきた。

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