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ヴァイマール、ベルリン、クラクフ旅日記VII

 今朝のレストランは、アメリカ人とおぼしき男たちの集団がいて騒々しい。それにしても、この連中はどうしてこうも不作法なのか。隣の椅子に足を乗せるし、皿に載せずにパンやハムを手づかみで取ってくるし、不愉快なことこの上ない。いそいそと朝食を済ませて部屋に戻ってだらだらとしながらネットでニュースを見たりしているうちに、チェックアウトの時間はいつだろうとふと気になって、ホテルの約款らしきものが書いてある冊子を開いてみると、何と9時から14時までの滞在に追加料金がかかるとある。慌てて荷物をまとめてチェックアウトし、ひとまずカジミエーシュ地区へ向かう。
 まず、一昨日見逃したガリシア・ユダヤ博物館の展示を見る。ホロコーストを生き延びたユダヤ人が、今は地図上に存在しないガリシア地方のユダヤ人共同体の生活を回想して描いた素朴な絵も興味深いが、ガリシア地方のユダヤ人共同体の信仰生活の痕跡や、ポグロムやホロコーストによるその破壊の痕跡などを写真で追った展示がいっそう興味深い。シナゴーグの廃墟や忘れ去られた墓碑などの写真が、共同体が根こそぎにされたことを物語っている。奥に設けられているメディア・センターでは、ちょうど第二次世界大戦が始まる頃のクラクフのユダヤ人の生活を記録した映画を見た。ユダヤ人がカジミエーシュ地区を拠点に生き生きと日常生活を営んでいる姿が映し出されている。英語の字幕が付いているが、ナレーターが語っているのはイディッシュ語のようだ。
 ガリシア・ユダヤ博物館を出た後は、近くにあるスタラ・シナゴーグの展示を見に行く。かつてシナゴーグを彩っていた祭具や古い宗教書が展示してあったが、それほど面白くはない。マイモニデスの書物の17世紀頃のアムステルダムだったかの版を見ることができた。シナゴーグを出た後、路面電車に乗って市街中心へ戻り、城内にあるチャルトリスキ美術館を訪れる。お目当てはもちろん、レオナルドの「白貂を抱く女性」の肖像。この美術館、チャルトリスキ家の宝物、甲冑や武具、エジプトやギリシアなどの古代美術、それに絵画と、かなり多彩な展示を誇っているが、やや散漫な感じもなくはない。もちろん展示物の数は膨大で、とくに古代美術はどうやってこれだけの数を集めたのだろうと思うくらい。絵画の展示はたしか5つくらいの部屋に分かれていたと思うが、レオナルドの「白貂を抱く女性」とレンブラントの「善きサマリア人のいる風景」以外はそれほど見るべきものはない。たしかにレオナルドの絵の静謐な美しさと精緻な表現には目を見張らせられる。レンブラントのどちらかと言うと珍しい風景画も、風景そのものが精神化されている印象を受ける。どこか神々しささえ感じる光の表現。
 ホテルへ戻ってスーツケースを引き取り、来たときと同じように中央駅から空港行きの電車に乗り、クラクフ空港からエア・ベルリンの飛行機でベルリンへ戻る。なぜか今回はジェットの機材。機内には行きと同じ顔ぶれも見られる。テーゲル空港に到着した後はX9のバスでツォー駅へ。駅から大通りをしばらく歩くとホテルが見つかった。今回のホテルは、アート・ホテル・ベルリン。現代美術で彩られた瀟洒な造りだ。部屋も比較的使いやすいし、無線LANが無料で使えるのも有り難い。ただ、朝食に別料金がかかるのが玉に瑕だ。部屋から友人に電話を入れ、ホテルの玄関で落ち合う。少し本屋を冷やかしてから、近くのレストランへ。友人が頼んだのはMaultascheという、南西ドイツのパイ料理で、私が頼んだのは日替わりの鶏肉料理。胸肉にシリアルのようなものをまぶして、からりと焼いたもの。店がだんだん騒々しくなってきたので、隣のワイン居酒屋へ場所を移してしばらく話す。現在のドイツの問題、日本の若い人たちの問題、街並みの問題など話は尽きず、店が閉まった後は近くのカフェへ。別れてホテルへ戻ったのは午前1時近かった。それにしても、ワイン酒場で飲んだドイツの赤ワインの美味しかったこと。今回の旅の疲れを癒す酒だった。

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