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2008年5月

広島Van弦楽四重奏団第3回演奏会を聴いて

 広島交響楽団の弦楽器奏者で構成される広島Van弦楽四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏シリーズは、今最も楽しみにしている演奏会の一つである。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲が16曲すべて演奏されること自体、きわめて稀なことであるうえ、その実演に接するなかでこそ、作曲家が弦楽四重奏曲という非常に抽象度の高い形式に込めた深い思索を、あるいは情熱やユーモアを、肌で感じることができるのだから。そして、回を追うごとにアンサンブルが成熟していくのに立ち会える喜びも、このシリーズならではのものであろう。
 去る5月18日に行なわれた第3回演奏会では、第4番(ハ短調作品18の4)と第13番(変ロ長調作品130)の二曲が取り上げられたが、とくに後者の変ロ長調の四重奏曲の演奏からは、アンサンブルの成熟が一つの充実した音楽に結実しているのを聴き取ることができた。アレグロの楽章では、後期作品の厳格な形式性を保ちながらリズムが躍動し、緩徐楽章では、豊かな響きのなかに深々とした歌が浮かび上がる。この第13番の演奏によって、四重奏団のベートーヴェンの作品へのアプローチも明確になったのではないだろうか。奇を衒うことなく、ひとつひとつの音をしっかりと響かせることによって、音楽そのものに語らせようとするアプローチ。それによってこそ、ベートーヴェンが弦楽四重奏のために書いた最も美しい楽章と言われるカヴァティーナが深沈と響くし、晩年の彼独特のほろ苦いユーモアも、皮相に流れることがない。
 情熱をもって各フレーズを明確に描き取っていく鄭英徳のヴァイオリンがひときわ印象に残るが、それを支える各声部の充実ぶりにも目を見張らされる。もう一歩踏み込んだ表現を求めたい箇所もないではなかったが、これほど完成度の高いベートーヴェン後期の弦楽四重奏曲の演奏に接することができたことを、まずは率直に喜びたい。また、広響の忙しいスケジュールの合間を縫って、ベートーヴェンの作品に真摯に取り組む四人に、心からの敬意を表したい。弦楽四重奏を志す者が一度は登ってみたいと思う険しく聳え立つ山の頂を、手を携えて目指す四人を応援しながら、16曲の弦楽四重奏曲を聴き通す歩みをこれからも続けようと考えている。

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