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ザルツブルクとミュンヘンへの旅

 このウェブログに一年以上も何も書かなかった。物理的に書く時間がまったくなかったわけではないけれども、自由に書きたいことを書くだけの心の余裕がなかったのだ。昨年は、原稿の執筆、学会での発表、翻訳の仕事、ヒロシマ平和映画祭をはじめとする広島での文化的な活動(第2回となるヒロシマ平和映画祭2007については公式ウェブ・サイトをご参照いただきたい)、そしてもちろん講義をはじめ大学の仕事で非常に慌ただしかった(こうした活動の記録についてはわたしのウェブ・サイトの記録をご参照いただきたい)。さらに7月には、初めての子どもである娘の美音が生まれ、子育てにも忙しくなってしまったのだ(美音の成長記録についてはこちらのウェブログを)。そうした忙しさに振り回されてしまった、というのが正直なところである。たしかにこうした忙しさのなかに、これからの仕事の糧となる貴重な経験があったのは間違いないのだけれども、今のところそれを反芻するだけの気持ちの余裕をもつことが未だできていない。何よりも、昨年中に読んだ本、聴いた演奏会、足を運んだ展覧会、そして今までになく数多く見た映画についての考えをまとめることができないでいるのが悔やまれてならない。
 2008年もそのような慌ただしさを引きずったまま始まってしまい、早いものでもう50日が経とうとしている。そのようなか、後期の講義が終わったところで、妻とミュンヘンとザルツブルクへの短い旅行へ出かけた。主たる目的はザルツブルクで毎年モーツァルトの誕生日の1月27日を中心に行われる音楽祭モーツァルト週間のいくつかの演奏会を聴くことで、今回は2泊3日の滞在期間中に4つの演奏会を聴くことができた。なかでも最近活躍のめざましいマルク・ミンコフスキとレ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルの演奏会は鮮烈な印象を残した(モーツァルト週間2008の演奏会の報告についてはわたしのウェブ・サイトをご参照いただきたい)。
 今回の旅行ではフライトに成田からのミュンヘン行き直行便を使い、到着した日と出発する前の日にはミュンヘンに泊まった。ミュンヘンとザルツブルクの間は特急列車で1時間半ほどと近いし、妻がミュンヘンの街を見たことがなかったからである。ミュンヘンでは、空いた時間を利用して、古典絵画の宝庫とも言うべきアルテ・ピナコテークと、カンディンスキーをはじめとする「青騎士」の精華が展示されているレーンバッハハウス・ギャラリーを訪れた。前者ではロヒール・ファン・デル・ウェイデンの祭壇画の静謐な美しさや、デューラーをはじめとするドイツ古典絵画の力強さに打たれ、後者ではマルクの動物をモティーフとした絵の色彩のユートピア的とも言うべき美しさに心を動かされた。ちなみに、レーンバッハハウス・ギャラリーの各展示室の内装は、それ自体が現代美術家によるインスタレーションのようになっていた。20世紀の古典を21世紀の今と呼応させようというのだろうか。
 ミュンヘンを発つ前の夜には、ガスタイク文化センター内のフィルハーモニーで、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴いた。指揮はドイツの中堅マルクス・シュテンツで、前半は現代イギリスの作曲家トーマス・アデスの「アシュラ」、後半はハイドンの第22番と第100番の交響曲というプログラムであった。最初のアデスの曲が始まる前に、指揮のシュテンツがマイクを手に、曲の構成を聴衆に紹介していた。なかなかウィットに富んだコメントで、これなら現代音楽を聴き慣れていない聴衆も作品の世界に入って行きやすいだろう。演奏そのものも、今のミュンヘン・フィルの機能性を最大限に生かしたもので、リズムの躍動感と響きの見通しのよさを見事に両立させていた。
 後半の最初に演奏された、「哲学者」という表題で親しまれるハイドンの第22番の交響曲では、管楽器として珍しく2本のコーラングレが加わり、第一楽章ではそれとホルンの対話が聴きどころとなるが、シュテンツは両者を舞台の両端に配して、山を隔てて呼応しあうかのような対話を際立たせていた。それ以外の楽章の音楽の運びは、きびきびとしていて聴いていて心地よい。
 最後に演奏された第100番の「軍隊」交響曲の演奏は、基本的にはオーソドックスなアプローチで洗練された様式性を提示するものであるが、ところどころでハッとさせる間を取ったりして、かなり強烈な諧謔を表現するものでもあった。フィナーレの高揚感も素晴らしく、ハイドンを聴く喜びを存分に味わわせてくれる演奏だったと言える。一つ全体的に気になったのは、ホールの残響が非常に長いせいか、ひとつひとつの音のエッジがぼやけてしまったこと。それによって曲の輪郭も少し曖昧になってしまったように思えてならない。
 演奏会のはねた後、聖母教会近くのニュルンベルク風の焼きソーセージを食べさせる店に立ち寄ったが、これが強烈にバイエルン的な雰囲気を押し出す店でまったく落ち着けない。バイエルンよりはベルリンやその周辺の街のほうが、わたしにはしっくりくるようだ。

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