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ベルリン旅日記:10月19日

 今日も午前中から国際ベンヤミン・フェスティヴァルの学会プログラムに参加する。午前中の基調講演を担当したベルント・ヴィッテは、文化的な記憶、そしてその伝承がいかにその媒体に依存しているかを論じていた。伝承の媒体が歴史的な人間の言語となり、それとともにたとえばユダヤ教のトーラーが無限に解釈可能となったことを「ディアスポラ」と結びつけていたあたりは興味深かったものの、物語的な伝承、印刷された文字、近代国家の記念碑的建築と変化していった記憶の媒体が、20世紀に至って文学となり、今やその注釈に文化的な記憶の伝承がかかっているとする議論は、制度的な学問としての文学研究の自己正当化を志向しているように思えて、ややついて行きがたい。
 ベンヤミンの哲学の反体系性をテーマとする分科会へ行ってみると、二つの発表がキャンセルされたようで、発表は一つだけ。若いベンヤミンのソクラテス批判を取り上げながら、ベンヤミンが評価するプラトン的対話を「トラクタート」の概念と結びつけようとするものだったが、対話ということとベンヤミン自身の方法とを接続されるためには、もう少し詰めておかなければならないことがあるように思われた。それに続いて昨日の発表者を交えて討論が行われた。若い研究者たちが今ベンヤミンを読む可能性を熱く論じあう姿に触れることができたのは貴重な経験だったし、またその該博な知識にも驚かされた。それに比べたら自分はまだまだ勉強不足である。
 いったん宿に戻って少し本を読んだりした後、今度は国立歌劇場のアポロザールへベンヤミン・フェスティヴァルの午後のプログラムを聴きに行く。室内楽の演奏会やオペラ公演のアフタートークの会場として用いられることの多いこのホールで、ジョルジョ・アガンベン、ジョルジュ・ディディ=ユベルマン、ステファヌ・モーゼスという世界的に知られた三人の哲学者の講演が行なわれるわけである。
 会場で空席を見つけて座ると、一列後ろの女性が携帯電話で「アガンベンは病気よ」と話している。ジグリット・ヴァイゲルによれば、アガンベンは今朝になって突然来られないと連絡してきたとか。病気か仮病か定かではないが、アガンベンが今ベンヤミンについて何を語るか楽しみにしていただけに残念である。とはいえ、ディディ=ユベルマンの講演もモーゼスの講演も興味深かった。とくに、コソヴォで撮られた家長の死を悲しむ家族の写真をモデルに制作されたレリーフを例に用いながら、その未完結性によって一回的で特異なものの記憶を甦らせるイメージの可能性を論じたディディ=ユベルマンの講演は、現代にベンヤミンを生かす道を説得的に示していたように思う。「パサージュ」としての、あるいは「根源」としてのイメージ、その反復、そして複製のうちに一回的なものが新たに見いだされるのだ。それを媒介する「解読」は、ディディ=ユベルマンによると「イコノロジー」の対極にあるという。モーゼスの講演は、ベンヤミンのうちにユダヤ神秘主義の伝統の継承を見て取りながら、『ドイツ悲劇の根源』の「認識批判的序説」に見られる「原聴取」の概念が代表する聴覚的なモティーフがベンヤミンの思考のうちに一貫して見られることを強調するもの。ベンヤミンとショーレムがバベルの塔の建設と結びつける堕罪とともに失われた根源的な真理を聴覚的に復元しようという志向が、ベンヤミンの思考を貫いているというのである。
 夜はフィルハーモニーへベルリン・フィルの演奏会を聴きに行く。指揮はサイモン・ラトルで、シューマンとブルックナーの第4交響曲というプログラム。シューマンの第4交響曲は、1841年の初稿で演奏された。ちなみにブルックナーは、1878/80年のノーヴァク版。シューマンの第4交響曲を、楽章のテンポがイタリア語で記されている初稿で演奏すること自体、ラトルのシューマンへのアプローチのありようを示しているのかもしれない。ラトルは、少なめの弦楽器の編成で見とおしのよい響きをつくりながら、リズムの躍動を強調していたように思う。とりわけ、第1楽章と終楽章の主部における音楽の生命感には瞠目させられたし、第1楽章のコーダへ向かうテンポの運びもスリリングであった。目まぐるしくテンポが変化するなかでも響きを濁らせることのないベルリン・フィルの合奏能力にも、あらためて驚嘆させられる。とはいえ、リズムの躍動に力点が置かれるぶん、音楽の横の流れは後退し、それとともにこのシューマンの作品全体を貫く、そこはかとなく暗い緊張感も薄れてしまう。ラトルの指揮だと、すべての音が表に出てしまって、シューマンの音楽に必要な響きの奥行きと潤いが失われてしまうのだ。それゆえ、どのフレーズもたしかによく歌われているのだけれど、表情がどこか明るすぎてしまう。第3楽章まで短調で書かれているのを忘れてしまうくらい。また、スケルツォとフィナーレには、音楽の流れに実によくはまったルバートが見られたが、表現として少し表面的な感じも否めない。生命感に満ちた、鮮やかな、しかしあまりにも晴朗なシューマンだった。
 ブルックナーでは、ラトルの細やかな音楽づくりが印象に残る。メロディーに応じてトレモロの伴奏にも実に細かくダイナミクスの変化が付けられていたし、転調に応じて響きもさっと表情を変える。それによって、「ロマンティック」と作曲者自身が呼んだこの作品に特徴的なメロディーの美しさが引き立つのである。朗々としたソロを聴かせてくれたホルンをはじめ、管楽器奏者の巧さも光る。いや、管楽器のソロ以上に輝いていたのは、ヴィオラ・セクションのアンサンブルであろう。一本の楽器で弾いているように聴こえるほどのまとまりを見せながら、温かい深みをもった響きで、第2楽章の長いメロディーを見事に歌いきっていた。その心に響く深い余韻も忘れがたい。
 ラトルは、シューマン以上にブルックナーを自分のものにしているようで、音楽の運びに余裕がある。基本的にゆったりとしたテンポを取りながらも、音楽の流れが停滞することはないし、逆にテンポが速められても、性急さを感じることはない。間の取り方も実に自然だった。響きは、シューマンのときと同様、晴朗な鮮やかさが支配的である。迫力あるフォルテのトゥッティの響きも、晴れやかで見とおしがよい。各セクションの動きも生き生きとしていて、そのことが音楽の躍動感を高めている。そのことがとりわけプラスにはたらいていると思われたのが、第3楽章のスケルツォ。リズムの躍動と響きの解像度をこれほどの水準で両立させた演奏は耳にしたことがない。第1楽章も、晴れやかな喜びに満ちていて、聴いていて心地がよい。しかし、第2楽章と第4楽章においては、シューマンのときと同様、響きのあまりの鮮明さが音楽の奥行きを減じてしまっているように聴こえた。フィナーレのコーダを聴いても、奥深いところから湧き上がってくるものにどこか欠けるのである。また、ラトルの響きの鮮明さと音楽づくりの細やかさが、ブルックナーの音楽に特有の素朴さないしは豪放さを奪ってしまっている感じも否めない。フィナーレには、几帳面さが音楽の力強さを損ねてしまっているところもあった。このように、音楽の奥行きやブルックナーらしさがいくぶん欠けていたし、またライヴゆえの惜しいミスもあったとはいえ、音楽の自然な流れ、生命感に満ちた音楽の力強い躍動、細やかな表情、そして響きの鮮明さを、これほどの完成度をもって兼ねそなえた演奏は、ラトルの指揮するベルリン・フィルならではのものであろう。最近のラトルに対しては「伝統的」な「ドイツ音楽」のプログラムへの取り組みに不熱心であるとの批判があるようだが、この日のシューマンとブルックナーの演奏は、ラトルにそのような批判を浴びせる人びとにとって、どのような回答と映っただろうか。

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