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ベルリン旅日記:10月17日

 今日からベンヤミン・フェスティヴァルが始まる。そこで、まずベルリン・ブランデンブルク科学アカデミーへ行き、参加登録を済ませる。参加料の30ユーロを払うと、すべての講演会に通用するパスとA5判のプログラムが渡された。領収書を書いてもらっているあいだも、いろいろ苦情が舞い込んできて、フェスティヴァルを組織する側はさっそく大変そうである。
 その足で、ブランデンブルク門のすぐ脇のパリ広場にある芸術アカデミーを訪れる。そこで開催されている「ベンヤミンのアルシーヴ」と題された展覧会を見るためである。ベンヤミンのマニュスクリプト、彼が収集した絵葉書、彼が論じた玩具やパリのパサージュの写真などから構成されていたが、マニュスクリプトを見て驚いた。ベンヤミンが書く文字の小ささは噂には聞いていたが、これほどだとは思わなかった。ミネラルウォーターの広告が載ったホテルのメモ用紙と思われる紙に、あるいはレストランの勘定書きの裏面に重要なテクストが、5ミリ四方ほどの文字でびっしりと書き込まれている。また、同様に小さな文字で書かれた読んだ本のリスト、論文の構成に関するメモなどからは、彼の仕事の驚くべき緻密さがうかがえる。ベンヤミンの思考の空間の極微の緻密さに圧倒される展覧会であった。
 芸術アカデミーの本屋で、今となっては貴重と思われるベンヤミンに関する文献を手に入れ、いったんホテルの部屋に戻った後、今度は国立図書館へ行って、展覧会でもそのタイプ稿が展示されていた履歴書で影響を受けたとベンヤミンが語っている、エルンスト・レヴィという言語学者の「老いたゲーテの言語」という論文を読む。共同体のなかで習得した言語から出発しながらそれを独自の仕方で変容させ、「個人の言語」を形成してゆくさまが、ゲーテの『ファウスト』の第二部にそくして示されている。デリダなら「絶対的特有言語」と呼ぶであろうこの「個人の言語」が、また別の言語類型と類似しているのを発見するところに、この言語学者の本領があるのかもしれないが、ベンヤミンは、こうして詩的な言語が独特の仕方で言語そのものを変成させるところに関心をもったのかもしれない。このレヴィの論文以外に、ハイム・シュタインタールという言語学者が編んだフンボルトの言語哲学に関する著作のアンソロジーを借り出し、シュタインタールの序文を読む。フンボルトについて深い洞察を示しているとベンヤミンがショーレムに語っているものである。シュタインタールのフンボルト観が端的に表われているところを書き抜いておいた。
 何か食べようと図書館のカフェテリアに入ると、今日のおすすめということで、ジャガイモとズッキーニの入ったスペイン風オムレツを四角く切ったようなものが出ている。これを「グラタン」というのだそうな。このようなカフェテリアではお約束の厳めしいおばさんにそれを頼むと、巨大な一切れを皿に載せてくれた。すっかり腹一杯になってしまったのは言うまでもない。
 図書館を出て向かいのフィルハーモニーへ行き、当日券を買って、室内楽ホールでフィルハーモニア・クァルテットの演奏会を聴く。今年生誕百周年を迎えるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を全曲演奏するツィクルスの3回目として開かれたこの日の演奏会では、彼の第9番から第12番までの4曲の弦楽四重奏曲が演奏された。これらの弦楽四重奏曲はいずれも、1962年に初演された第13番の交響曲「バビ・ヤール」と第14番の交響曲「死者の歌」の間に書かれている。キューバ危機、アンドレイ・サハロフやアレクサンダー・ソルジェニツィンの迫害といった出来事によって、フルシチョフ時代の「雪解け」が幻想であったことが露呈しつつあった時期である。その時期にショスタコーヴィチ自身も、「バビ・ヤール」交響曲において、反ユダヤ主義、女性の抑圧、出世主義などを強烈に皮肉ったエフゲニー・イェフトゥシェンコの詩を用いたことで当局の批判を浴び、心身ともに弱っていた。そのようなショスタコーヴィチの苦悩が、これらの弦楽四重奏曲の苦渋と皮肉に満ちた形式に結晶していることは容易に見て取ることができよう。暖かなハーモニーはすぐに色褪せ、社会主義リアリズムを思い起こさせる民謡風の旋律はずたずたに引き裂かれる。
 そのようなショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を、フィルハーモニア・クァルテットは、驚くべき明晰さと充実した響きをもって演奏していた。第10番の弦楽四重奏曲のスケルツォのような荒れ狂う音楽においても、けっして響きが混濁することはない。他方で、亡くなったベートーヴェン・クァルテットのヴァイオリン奏者に捧げられた、ベートーヴェンの第3交響曲の葬送行進曲の主題の断片を自由に展開させたとも言うべき第11番の弦楽四重奏曲のエレジーをはじめ、悲哀に満ちた音楽も、説得力をもって迫ってくる。第1ヴァイオリンのダニエル・スタブラヴァがポーランドで抑圧的な体制を経験したことがショスタコーヴィチの音楽と響きあっているのだろうか。第12番の弦楽四重奏曲の十二音技法を思わせる展開も間然とするところがない。もう少し重苦しさと鋭さがあっても、と思うところもなくはなかったが、これほどの完成度をもってショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲が演奏されることは、きわめて稀なことであろう。

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