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ベルリン旅日記:10月14日

 朝から国立図書館にこもって文献を読む。まず、昨日読みかけたハーマンの『美学提要』をひとまず最後まで読み通す。この困難なテクストについて見とおしがついたとはとても言えないが、「言語一般および人間の言語について」におけるベンヤミンのアダムによる事物の命名についての記述、あるいは人間の堕罪の後に沈黙してしまった自然を救い出すために詩人がいるという言い方に何らかのインスピレーションを与えたのでは、と思われる箇所にぶつかった。その後、1917年のショーレム宛の書簡のなかで言及される、フランツ・フォン・バーダーの宗教哲学に関する著作を読んでみることにする。書庫から出してきてもらったのは、1853年に出たという、古めかしいことを通り越した分厚い本。それに収められた、モリトールという人物に宛てた書簡のかたちでかかれた論文をベンヤミンは読んでいたのである。さっそく読んでみたが、ヒゲ文字ではないとはいえ、キリスト教神秘主義の臭いがぷんぷんと漂う論調で、なかなかテクストに入っていけない。とはいえ、ベンヤミンが手紙のなかで挙げている以外にも、彼の発想につながると思われる箇所を見つけることができた。このあたりは1917年の「来たるべき哲学のプログラムについて」でもテーマになることだが、言語の記号への「堕落」を、啓蒙主義的な自然支配の問題と結びつけ、それが人間を逆に締めつけていることへの危機感を、あるいはそうした状況からの突破口を言語のうちに求めようといる発想を、ベンヤミンは、ハーマンやバーダーと共有していたのは確かなのかもしれない。
 夜、コーミッシェオーパーへモーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』の上演を見に行く。今年春のシュトゥットガルト歌劇場の引っ越し公演における同じモーツァルトの『魔笛』の演出でも話題を呼んだ、ピーター・コンヴィチュニーの演出に興味があったのだ。このオペラ・ハウスの恒例として、ドイツ語による上演である。
 コンヴィチュニーの演出に興味があったとはいえ、最初にぐっと惹きつけられたのは音楽である。ピリオド楽器による演奏に勝るとも劣らない切れ味のアコードで序曲の序奏が始まると、やがて柔らかな管楽器のハーモニーが、舞台を包む涼やかな空気のように立ちのぼってくる。そして序曲の主部に入ると、弓がよく弾んだ弦楽器の音がリズムを刻み、聴き手の心をいやがうえにもかき立てるのである。
 今回の上演を指揮したマルクス・ポシュナーという指揮者、まだずいぶん若いように見受けられるが、かなりの手腕の持ち主と思われた。ピリオド楽器の奏法を生かした鋭さを随所で引き出しながら、オーケストラの各セクションが一体となるようなアンサンブルを統率し、芳醇な、それでいて見とおしのよい響きをコーミッシェオーパーのピットから立ちのぼらせていた。このピットの指揮台にしばしば立つキリル・ペトレンコも、モーツァルト指揮者としてすぐれた手腕を発揮していたけれども、ポシュナーのモーツァルトへの適性は彼以上のものであろう。何といっても響きのバランスの取りかたが素晴らしい。ゆったりとした音楽においては、バスによってしっかりと支えられた響きが香気とともに漂っていた。軍隊に徴集されたと嘘をつくフェランドとグリエルモが二人の恋人に別れを告げる場面では、夜の香気が舞台を包むのである。
 歌手たちも、ドン・アルフォンゾを演じたディートリヒ・ヘンシェル以外聞いたことのない名前の歌手たちばかりだったが、いずれもそれぞれに与えられたアリアをほぼ完璧に歌いこなすばかりでなく、このオペラの命ともいうべき重唱でも、息の合ったアンサンブルを聴かせていた。なかでも印象的だったのは、デスピーナを演じたゲルトルート・オッテンタール。この女中の役はたいてい、若い、おきゃんなところのある歌手が演じるのだけれども、オッテンタールは見るからに相当なベテランである。しかし、デスピーナはほんとうは、恋愛の挫折を幾度も経験した人生のベテランのはずなのだ。そして、こと恋に関して年季の入ったところをドン・アルフォンゾと組んで、若い二組の恋人に見せてやらなければならないはずだ。このことをオッテンタールは、見事な声のコントロールで力強く主張していた。
 さて、幕切れも間近となったところで、ドン・アルフォンゾが、女の浮気さを自分の手で証明してしまった二人の男を舞台の手前に連れて行くと、緞帳が下りてくる。そして三人で、「みんなそうするものさ!」──ドイツ語の歌詞は「女はみなそうしたものさ」ではなく、「女」にかぎらず「みんなそうするものさ」となっていた──と叫ぶと、どこからか拍手喝采の音が流れてきて、聴衆もそれにつられて拍手してしまう。やがてそこにデスピーナが、二人の女性を連れて割って入り、二人は新しい恋人と結婚する用意ができていると告げる。その光景を見て、これはただでは済むまい、と思っていたら、やはり最後にどんでん返しが待っていた。二人の若い女性の貞節を試す芝居の種明かしが終わると、今度は本来誰と誰が結婚するはずだったのか誰もわからなくなり、ついには台本をもった舞台監督まで舞台に呼び出されると、フェランドが突然結婚式のテーブルの上に立ち上がって、「おれはグリエルモと結婚する!」と叫ぶのである。コンヴィチュニーがプログラムに収められたインタヴューで述べているところによれば、台本には最終的に誰と誰が結ばれるのか、はっきりと書かれていないのだ。だから、二人の男が結ばれることもありうるのである。恋心は、誰に対しても燃え上がる。彼によれば、モーツァルトはそのことを、オペラの音楽で肯定しているのである。
 舞台では、フェランドとグリエルモが結婚することになったまま、結婚式の祝宴が再開され、登場人物たちは客席へ降りてくる。すると、合唱がテーブルクロスになっていた紙を広げるのだが、そこには物事を「少しは哲学的にご覧なさい!」──あるいは「お考えなさい!」──と大書してある。その文句は、相手を取り違えた恋人たちが最後には元の鞘に戻るというハッピー・エンドを期待する聴衆ばかりでなく、恋について教訓を与えようとした哲学者ドン・アルフォンゾとデスピーナにも向けられているにちがいない。そう、人間は恋について何も学ぶことはないのである。
 実際、四人の若者たちは、結局何も学ばない。コンヴィチュニーの演出では、四人はいつも相手のぬいぐるみの人形をもっていて、ドン・アルフォンゾとデスピーナはそれをことあるごとに取り上げようとする。お前たちが恋をしているのはお人形さんとしての相手なのだと言わんばかりに。しかし四人は、自分たちの浮気さと盲目を突きつけられても、教訓をわが身に刻もうとはしないのである。芝居の種明かしと、それに対する驚愕を、四人は結婚式のテーブルの上で、人形劇のかたちで演じるだけなのだ。その一方で、新しい相手が現われると、四人はいずれも相手に対して何か応えずにはいられない。そのときに新たな恋心が炎のように燃え立つこともありうるのだ。そこにこそ現実があることを、コンヴィチュニーは示していたように思われる。
 『コジ・ファン・トゥッテ』のドイツ語の副題は「恋人たちの学校」であるが、コンヴィチュニーはその「学校」を、聴衆を含めて、人間が恋について何も学ばないことを学ぶ場に変えている。この教訓なき教訓劇とも言うべきドラマのために、彼はブレヒト的な、文字による異化効果を、序曲の最中からふんだんに用いて、観客のなかば自嘲的な笑いを誘っていた。「みんなそうするものさ」というプラカードが緞帳のあいだから差し出されると、そこに「女は」ばかりでなく、「男は」とか、「猫は」とか、あるいは「消しゴムは」とか書かれたプラカードが次々と差し出されるのである。そして、文字とならんで異化効果を発揮していたのが、レチタティーヴォの伴奏にチェンバロではなく、ハンマーフリューゲルが用いられたことである。その硬い音色とともに歯切れよく繰り出されるドイツ語の台詞は、聴衆が期待するであろう『コジ・ファン・トゥッテ』の甘ったるいイメージを打ち砕いていた。コンヴィチュニーは、ドイツ語ででしかできない『コジ・ファン・トゥッテ』を、人間の真実を仮借なく突きつけるとともに、それを音楽で救い出すオペラとして、今に甦らせていたのではないだろうか。

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