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ベルリン旅日記:10月13日

 今日から昼間は文献を読むことに専念しようと、ポツダム広場のフィルハーモニーの向かいにある国立図書館の建物へ出かけ、利用を申し込む。利用料金は1か月10ユーロで年間25ユーロと、年間利用のほうが断然得なのだが、1年間のうちにベルリンへ戻ってくることはほとんどありえないので、仕方なく1か月の利用を申し出た。
 申し込みを済ませると、小さな利用券がもらえる。これを使って書庫の本を注文できるのだが、ベルリンへ来るまでにほとんど何も準備ができなかったので、読んでおきたい文献がほとんど絞られていない。ともかく、ベンヤミンの初期の言語論「言語一般および人間の言語について」で引用されているハーマンの著作や書簡を読んで、ベンヤミンの言語論の発想の源を探ることから始めることにする。ベンヤミンの著作集にしても、ハーマンの著作集にしても、注文するまでもなく、直接手に取って読むことのできる主要文献が並んでいる本棚に並んでいる。今日はハーマンの著作と書簡に取り組むことにした。ベンヤミンが引用した箇所の前後の文脈もたどってみると、ベンヤミンの発想の背景が暗示されているようで興味深い。書簡に関しては、ベンヤミンの著作集の編者註に、と言うよりもそこでベンヤミンが用いたとされるハーマンのアンソロジーに、書誌的な混乱があるようで、しばらく振り回された。久しぶりにドイツ語のいわゆるヒゲ文字をたどることになる。久しぶりだったせいか、しばらく眼が馴れない。
 18時過ぎまで図書館で勉強した後、ポツダム広場のショッピング・センターの地下にあるスーパーで、ミネラル・ウォーターをはじめホテルの部屋で飲み食いする品々を買い込んで、いったん部屋に戻る。ホテルとポツダム広場とのあいだの距離は、徒歩でだいたい10分強というところだろうか。途中には政府関係の大きな建物も建ち並んでいる。そう言えば、午前中出かけるときに、現在財務省となっている建物の壁に、巨大な社会主義リアリズムの壁ががあるのを見つけて、ギョッとさせられた。そう。このあたりはかつて東側だったのだ。
 夜、フィルハーモニーでベルリン・フィルの定期演奏会を聴く。曲はJ・S・バッハのミサ曲ロ短調(BWV. 232)だった。指揮はロジャー・ノリントンで、合唱はRIAS室内合唱団。最近活躍のめざましいノリントンがバッハ畢生の大作にどのように挑むのか、楽しみなところである。
 客席に入って舞台を眺めると、弦楽器群が馬蹄形に並べられている。指揮台も、指揮者用の譜面台も見あたらない。ではノリントンはどうするのだろう、と思いながら見ていたら、彼は、合唱が入るときには、弦楽器の輪のなかに入って指示を出し、独唱歌手のアリアやデュエットのあいだは、舞台のいちばん手前にヴァイオリン奏者の椅子の余りのように置かれた椅子にちょこんと座って、必要最小限の指示だけを与えていた。彼の譜面台はないので、当然すべて暗譜である。
 実際、ノリントンはこの巨大なミサ曲のすべてを手中に収めていた。そして、それとともに彼は、このミサ曲のあまりにも厳密と思われる形式が、生命のダイナミズムをその精髄において表現しているのを見て取っているようだ。基本的に楽天的で、またピリオド楽器の奏法を生かした──実際、弦楽器奏者はほとんどヴィブラートをかけていない──切れ味鋭いノリントンの解釈は、とりわけ生命の躍動を生きることの喜びとともに鮮やかに表現するところで、その美質をいかんなく発揮していたように思われる。グロリアが、キリストの地上への復活が、サンクトゥスが、これほど輝かしく響いたことがあるだろうか。この作品の演奏において、生きていることへの喜びがこれほど屈託なく表現されたことがあっただろうか。ノリントンがバッハのロ短調のミサ曲のうちに見ていたのは、少なくとも居丈高に屹立する巨大な神への捧げ物ではない。彼にとってその作品は、むしろ地上の被造物すべてに捧げられた、この地上に生きていることへの讃歌なのではないだろうか。
 したがって、そこにある対位法にしても、彼にとってはけっして抽象的な形式ではなく、絶え間なく躍動する生命が応えあうのと一体となった形式のようである。この曲におけるノリントンの指揮は、各曲の冒頭以外ほとんど拍子を出さない。むしろ、異なった生命が応えあうのを活気づかせるために強調すべき点を全身で表現することに重点を置くものである。少しビッグ・バンドか何かの指揮にも似ていなくはなかったのだけれども。ともあれ、そのような指揮によって、躍動する生命の呼応が、一つの音楽の高まりに結実してゆくのを聴くのは、感動的ですらあった。
 逆にキリエや、クレドのなかのイエスの磔刑を描く一節のように、地上の被造物の儚さを嘆きながら神の哀れみを求める深刻な箇所も、音が短く切られ、言葉の区切りが際立たせられることによって、逆に切々と胸に迫る祈りとして響いていたように思う。グロリアやアニュス・デイの最後の平和への祈りには、もう少し内側から湧きあがるものがあっても、とも感じたが、全曲の祈りが注ぎ込まれているとも言ってよいこの音楽が、これほど燦然と響いたのは耳にしたことがない。
 このような輝かしく、また鮮やかなバッハのミサ曲の演奏を支えていたのが、ラトル時代の若いベルリン・フィルの機動性であったことは言うまでもないが、それ以上に特筆すべきは、ベルリン・フィルのきびきびとした演奏が、RIAS室内合唱団と透明な響きと一体となっていたことである。時にそれぞれの声部が一人の歌手の声のように聴こえるくらいによく訓練されたこの合唱団の声は、力強く、そしてけっして混濁することなく響きわたる。また、バスによってしっかりと支えられた響きには、安心して身を委せることができる。演奏全体のこれほどの完成度は、この合唱団なくしてはけっして望みえなかっただろう。
 独唱歌手のなかでは、テノールのジョン=マーク・エンスリーとバスのデートレフ・ロートが印象的に残る。エンスリーのまっすぐに響きわたる力強い声は、最初から耳を惹いたし、またロートの真摯さも光る。グロリアのなかのバスのアリアは、狩のホルンを担当したラデク・バボラクの巧みな演奏と相まって、アリアのなかでは白眉の出来を示していたように思う。この二人に対して、ソプラノのスザンナ・グリトンとカウンター・テノールのデヴィッド・ダニエルスの歌唱は、今ひとつこちらへ迫ってこない感じ。とりわけダニエルスの声は、カウンター・テノールには珍しくとても自然だっただけに、惜しまれる気がする。もしかすると、歌手の背後で聴いたせいかもしれないけれども。
 この日、ベルリンのフィルハーモニーで聴いた、どこまでも澄んだ響きと切れ味鋭いアーティキュレーションで、生命の絶え間ない躍動を表現し、この世に生きることの喜びを力強く歌い上げるバッハの演奏。それはもしかすると、バッハがその晩年の大作に一人の人間として込めたものを、世俗的で普遍的なものとして今に響き出させるものだったのかもしれない。ノリントンとベルリン・フィルによるバッハの演奏が、現代の楽器奏法と歌唱法でバッハの作品にアプローチする一つの可能性を力強く示していたのは間違いない。

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