« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月

藤田嗣治展

 広島空港で東京行きの飛行機に乗り込もうとしたら、通路のあちこちに、現在広島県立美術館で開催されている「藤田嗣治展」の広告がぶら下がっているのが目に入った。広島県が相当に梃入れして宣伝しているということなのだろうか。
 今年は藤田嗣治の生誕120年の記念の年に当たるということで、彼の大規模な回顧展が日本各地を巡回している。それが今広島に来ているというわけなのだが、最初の開催地となった東京では、藤田の画業全体を網羅するほぼ初めての回顧展ということで話題を呼び、かなり多くの観客を集めたようだ。わたしも先日、広島での展覧会を見に行ってきたところである。
 日本初公開の作品を含め、初期から晩年にわたる藤田の作品を、これだけまとまったかたちで見ることができるのは、たしかに貴重な機会だったにちがいない。しかし、正直に言って、これほど絵を見る喜びの少なかった展覧会は珍しい。絵を見たという充実感がまったくなかったのだ。むしろ、何かをなぞっているのを延々と見せつけられたような虚しさだけが残った。
 もちろん、藤田の線描の巧みさは認めなければならない。対象の形態をさっととらえ、猫の毛が波打つさまをも、精緻に、かつ生き生きと描き出す腕は、非凡という以上のものである。しかし、その描線は、どこか見る者が喜ぶであろうものを当て込んで、それをなぞっているように見えるのだ。しかも、格好のよい「フジタ」のそれとして見せようという衒いも、描線から感じないわけにはいかない。
 たとえば、「タピスリーの裸婦」が代表するような藤田の「乳白色の肌」を産むことになる、あの、色と色のあわいを実に細かに見分け、塗り分ける色彩感覚も、たしかにそれはそれで凄いものなのだろう。だが、その感覚にしても、どこか衒いをもって、当時のオリエンタリズム的なまなざしを満足させるであろうものをなぞっているように思われてならない。1930年代に入ると、藤田の画面に強い色彩が導入されてくるが、これは正直なところ、フォーヴや表現主義の平凡な真似事にしか見えなかった。
 こうした藤田の画才と、色や線の試行錯誤を繰り返した画業の集大成が、「アッツ島玉砕」をはじめとする一連の戦争画だったことは、皮肉と言うほかない。これらの死の唯美主義化のうちに、それまでの藤田のすべてがあると言っても過言ではないだろう。そして、そうした死への総動員へ向けた政治の唯美主義化への明白な加担でもあるような作品においても、藤田は、彼の思う「日本人」が見たいであろうものを、相変わらずなぞっているように見えるのだ。
 晩年の一連の宗教画をはじめとする戦後の作品は、絵としてはほとんど見るに堪えなかった。高級少女漫画のような画面から伝わってくるのは、フランスに、そしてカトリックに帰属したいという強烈な欲動である。もしかすると、藤田の「なぞる」手を動かしていたのは、この帰属への欲動だったのかもしれない。彼は、あるアイデンティティに帰属し、安住することを求めて、自分の同胞が望むであろうものをなぞり続けた画家だったのだろうか。
 しかしながら、藤田の手は、晩年になっても同時に、ほかならぬあのダンディな「フジタ」あるいは「藤田」を見せようともしている。そのような衒いは、彼をある一つのアイデンティティに溶かし込むことを、最後まで妨げ続けたにちがいない。藤田は、戦後フランスに帰化し、カトリックに入信してもなお異邦人だったのではないだろうか。とすれば、藤田嗣治という画家を、帰属への欲動とダンディズムのあいだで引き裂かれた異邦人と呼ぶこともできよう。
 それにしても、藤田嗣治が今これほど注目を集めるのはどういうことなのだろう。日本人たちは、心のなかにぽっかりと空いた穴を埋めてくれる何かを求めてさまよう自分自身のロマンティックな似姿を藤田のうちに見て、共感をおぼえているのだろうか。藤田の名が話題を集めていることには、「日本」的なものへの批判を差し挟むことのない、あるいは批判を許さない「好感」が日本列島を覆っていることと重なりあうものがある気がして、薄気味が悪い。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

「9・11」に寄せられた二つの作品

 あの「9・11」のような夢を見た。勤め先の建物に飛行機が突っ込んだらしく、天井や壁が崩れ出したので、慌てて部屋の外に出て避難しようとしたところ、今度は逃げようとしている方向に正面からジャンボ機が突っ込んできたという夢。その後どうやって逃げたのかは憶えていないが、ややあって瓦礫の上に立ちつくしているところは何となく憶えている。どうやら夢のなかでは生き残ったらしい。
 それにしてもどうしてこんな夢を見たのだろう。5年前の今日からニューヨークの世界貿易センタービルに2機の旅客機が突っ込む映像を何度となく見たのが、トラウマのように残っているのだろうか。あの「9・11」からちょうど5年になろうとするときにあまりにもよく似た夢を見るというのは、薄気味悪い感じもしなくはない。ともあれ今日でその事件からちょうど5年。ニューヨークでは、犠牲者のための盛大な追悼式典が催されるようだし、日本の民放でも、この日に合わせて、事件当日を検証し、かつ再現しようとする特集番組が組まれているようだ。映画の世界でも、事件から5周年を迎えるのを機会に、新たな視点から「9・11」と向きあおうとする作品が制作されているようで、先日その一つ「ユナイテッド93」を広島市内の映画館で見た。
 ポール・グリーングラス監督の作品「ユナイテッド93」は、2001年9月11日にハイジャックされた4機の旅客機のうちただ1機目標に到達しなかったユナイテッド93便が、ペンシルヴェニア州シャンクスヴィルに墜落するまでのあいだに、どのようにハイジャックされ、また操縦桿を奪還するために乗客たちがどのように闘ったのかを可能なかぎり緻密に描き出そうとしている。そのために無名の俳優、さらには現役の管制官として働いている人びとを相当な数で動員しているが、そのことは映画の迫真性を高めるのにかなりの効果を上げていたように思われる。また、前半の日常的な機上の風景の淡々とした描写と、後半の機内電話で愛する人に最後のメッセージを送ろうとする絶望的な光景の緊迫感に満ちた描写とのコントラストは、このハイジャック事件によっていったい何が奪われたのかを見る者にまざまざと突きつけてやまない。そして、航空管理当局に人が足りず、また大統領の不在のために空軍の対応も後手後手に回るさまを描いているあたりは、事件に対するホワイトハウスの無為無策を告発する狙いもあるのだろう。こうも悪条件が重なっているのを見せつけられると、「9・11」は、起こるべくして起こった、あるいはもしかして仕組まれていたのでは、とさえ思われてくる。
 全体として、だんだんと緊張感を高めながら緻密な再現を積み重ねてゆくグリーングラス監督の映画づくりの上手さが光る作品である。最後のあたりなど、飛行機が上下に激しく揺れるのと相まって、胃が捩れるかのような感覚をおぼえた。ただし、気になったのは、ハイジャック犯と闘った乗客があまりにも英雄的に描かれてしまっていることと、それに対してイスラム教徒のハイジャック犯の描き方は、あまりにも型にはまってしまっていること。4人のハイジャック犯のひとりひとりがそれぞれどのようなバックグラウンドをもっているのか、なぜ自分の命を犠牲にすることになるハイジャックの実行犯の一人になることを決意したのかをもう少し詳しく描いたなら、事件がなぜ起きたのか、という重い問いにも取り組むことができたはずである。冒頭のコーランを読むシーンは少しクリシェが過ぎる感じがした。
 さて、書かれたのはすでに一昨年のことであるが、リービ英雄の小説「千々にくだけて」(『千々にくだけて』講談社)は、「ユナイテッド93」とはある意味で正反対に、アメリカの外で「9・11」に遭遇し、それに翻弄される経験を描くことによって、「9・11」に向きあおうとする作品である。日本に定住しているリービ英雄自身と思われるエドワードという主人公が、ワシントンに住む母とニューヨークに住む妹に会うために、バンクーバー経由でアメリカへ入ろうとするが、「9・11」の事件が起きたために、バンクーバーで足止めされ、結局母親にも妹にも会えないまま日本へ戻ることになる。その数日間の経験が私小説風に実に淡々と描かれるわけだが、その描写に「島々や千々にくだけて夏の海」と松尾芭蕉が松島の海を歌った句の解釈のヴァリエーションが入り込んでくるのである。「千々にくだけて」いるのは、まずバンクーバー付近の多島海的な風景であり、世界貿易センタービルの建物であり、その崩壊とともに破れ散って、主人公の妹のアパートメントにまで飛んできたビジネスの書類であり、そして「9・11」以後の世界であろう。あるいは主人公をはじめとする人びとの心も「千々にくだけて」しまったのかもしれない。
 とりわけ惹かれたのが、テレビを通して聴こえてくる言葉をつぶさにとらえることによって、世界がこれからどのように分裂していくのかを、あるいはすでにどのような裂け目が世界のうちにあったのかを照らし出しているあたり。リービ英雄の言葉に対する鋭敏な感性が、「9・11」とそれに続く「対テロ戦争」の背景にあるものを、とりわけそこに潜む他者に対するまなざし、そしてそこに込められた憎悪をはじめとする情念を鋭く照らし出している。それ以外の描写が淡々としているだけに、その鋭さが際立つ感じがした。もし「千々にくだけて」しまった世界を、もう一度、そしてこれまでとは別の仕方でつなぎ合わせようと思うのならば、他者たちの、あるいは自分自身の他者へのまなざしを見つめ返しうるような、言葉の聴力を高めるところから始めなければならないのかもしれない。そんな感慨を抱かせる小説だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »