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武満徹|Visions in Time展

 最晩年の武満徹が芸術総監督を務めたオペラシティのアート・ギャラリーで、武満の没後10年を記念して開催されている展覧会「Visions in Time展」を訪れる。同時代の美術からインスピレーションを受けながら、あるいは同時代の芸術家たちと実際に協働しながら作品を産み出し、また同時代の映画をはじめとする映像作品の制作にも積極的にコミットしながら、独自の、また普遍的な広がりをもった音の世界を切り開いていった作曲家の創造の軌跡を描き出そうとする展覧会。その展示は、武満の自筆譜と、刺激を与えあった同時代の芸術家の作品とを対位法的にと言うべきか、一つの空間に並べ、響きあわせることで、武満の音楽が響き出てくる場の息吹をそこに甦らせようとしていた。
 なかでも武満の世界のなかにいることを強く感じさせられたのは、「美術家との交感」と題されたセクション。ルドンやクレーの作品とともに、そこから着想を得た武満の作品の自筆譜が展示されているうえ、その演奏をヘッドフォンで聴くこともできる。眼を閉じ、人間の弱さをさらけ出しつつ、内省の静けさへ沈潜してゆく姿を祝福するルドンの絵を前にしながら、ピーター・ゼルキンの弾く「閉じた眼」を聴くことができるのだ。あるいは、イサム・ノグチの作品を見つめながら、彼の追悼のために書かれたフルート独奏のための「巡り」を聴くこともできる。そうして、武満の音楽の世界がルドンやノグチの作品の世界と響きあう地点に思いを馳せようとするとき、武満の切り開いた世界の広がりをひときわ強く感じるのである。
 ノグチやミロの彫刻作品からほど近いところには、武満自身が描いた絵も展示されていた。それを、クレーの東方風の「大聖堂」の絵──今回展示されていたなかでやはり最も魅力的な絵──と見比べると、クレーがそれぞれ独自の響きをもったひとつひとつの色を緻密に配置することによって暖かな音に満ちた世界を構成しているのに対して、武満は一つの色の濃淡の豊かさを画面の躍動につなげ、生命の流動の豊饒さを表現しようとしているように見える。そのあたりが、武満の世界の水ないし海との親和性を暗示しているのかもしれない。
 武満の音楽と並べられていた造形芸術作品のなかでもう一つ魅力的に思われたのが、ノグチの「死すべきもの」。全身で重力を受けるように沈み込んでゆくように苦悩に沈むさまが、逆に力強い存在感を示している。他に楽譜へと転生するムナーリの作品、他の芸術家とのコラボレーションによって産み出された図形楽譜、さらには同時代の芸術家が腕を振るってデザインした演奏会のポスターなども展示されていたが、どれも一つの芸術運動を時代に刻印しようとする力強さに満ちている。そうした作品が次々と産み出されていた時代の息吹を伝える武満徹の回顧展と言えるのではないだろうか。翻って今へ目を向けると、一つの時代を開くような同時代の芸術作品が、他のジャンルとの協働のなかから生まれてくることは少なくなったような気もして寂しい。この回顧展から、どれほどの数の芸術家が、自分の創作活動が他者のそれと響きあう可能性を読み取っただろうか。

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