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「ガーダ──パレスチナの詩」

 古居みずえ監督のドキュメンタリー「ガーダ──パレスチナの詩」を見る。上映会場となった原爆記念資料館の会議室は150人ほどのキャパシティだったが、中国新聞に監督を紹介する記事が出たためだろうか、雨天だったにもかかわらず、立ち見客が出るほどの盛況であった。
 作品は、ガーダというガザ在住の女性が、学問によって啓蒙された女性として、伝統的な慣習や女性の役割を押しつけられるのに反発しながらも、結婚し、子どもを産むなかで、苦難を生き抜き、抵抗を続けるパレスチナの女性としてのアイデンティティに目覚め、1948年以来のイスラエルの占領支配に苦しみながらも生活を守り続ける女性たちの記憶を一つの歴史として語り継ごうと決意し、ガザ周辺に住む老女たちを訪ねて回るさまを追っている。パレスチナの女性たちの日常の息づかいを、それを取り巻く空気とともに細やかに伝えるとともに、それ自体がイスラエルの圧政に対する抵抗となるような日常生活の力強さをも暖かく浮かびあがらせる映像が胸を打つ。
 古居みずえは、12年間にわたってガーダを追い続け、パレスチナの人びとの生活に密着しながら、500時間におよぶ映像を撮り貯めたという。そのなかから選りすぐられた2時間足らずの映像は、パレスチナの女性たちの息づかいのなかから、男性的視点からはなかなかとらえることのできないもう一つの抵抗の姿を浮かびあがらせている。家屋や農地を壊されてもそこで生活を守ることが、イスラエルの暴力に対する抵抗なのである。
 このドキュメンタリーが描き出しているのは、パレスチナの人びとの生活が歌に満ちていることである。結婚の祝宴のような場で人びとが歌い、そして踊るのはもちろんだが、けっしてそうしたハレの場だけに音楽があるわけではない。女性たちは、歌いながら生活を守っていると言ってもよいくらいだ。銃弾が飛び交うなか、女性たちは歌いながら菓子を作り、子どもをあやす。そして手を動かしつつ歌うなかに、かつての記憶が甦ってくる。そのように呼び覚まされてくる記憶をこそ、ガーダは聴き取り、語り継ごうとするのである。
 最も印象的だったのは、ガーダの義理の祖母が鎌を動かしながら、麦刈りの歌と思われる哀愁を帯びた歌を歌うシーン。刈り入れを真似ながら歌ううちに、イスラエルの侵攻によって故郷を追われた記憶が甦ってきて、彼女は涙にくれる。そのように、歌が時に涙とともに呼び起こす記憶を継ぎ合わせ、パレスチナの女性たちひとりひとりの身体的な生に根ざした記憶を描き出すこと、それはイスラエルのシオニズムのイデオロギーを形成する、ひと続きの国民的アイデンティティの物語とは異なったもう一つの歴史を提示することであろう。そして、このもう一つの歴史を書くことが、パレスチナの女性としてのガーダの抵抗なのである。
 ガーダがこのような抵抗に目覚めたのは、第二次インティファーダにおける幼い甥の死がきっかけだった。他の子どもたちと投石による抵抗に加わっていた甥は、イスラエル兵によって後ろから撃たれたのである。イスラエルの兵士は、逃げてゆく子どもの後頭部に銃弾を撃ち込んだのだ。映像は、そのような理不尽なイスラエルの暴力とそれに対するパレスチナの人びとの悲しみも描き出している。壊された家屋となぎ倒された果樹。その上に広がる青く澄み渡った空。古居みずえの「ガーダ」は、両者の落差のなかで悲しみを背負いながら、また歌うことで悲しみを他者と分かちあいながら生き抜く女性たちの息づかいを届けながら、もう一つの歴史の希望を感じさせる作品と言えよう。そこにあるのは、広島にいるわたしたちの抵抗としての歴史の希望なのかもしれない。
 パレスチナの女性たちの姿を暖かく、また細やかに描き出す「ガーダ──パレスチナの詩」の広島での上映が、この一回限りで終わってしまうのは実にもったいない。女性をはじめ、もっともっと多くの人びとに見てもらいたい作品である。広島市内の映画館で、一週間でもよいから上映する可能性はないものだろうか。

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