« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

2006年5月

「辣韮のような存在」を映す鏡

 財政学を専攻する同僚のクラスと合同の1年生向けのゼミで、沢木耕太郎のルポルタージュ集『人の砂漠』(新潮文庫)に取り組むことになった。その掉尾を飾る「鏡の調書」は、岡山市奉還町で一人の老女が起こした詐欺事件を追っている。その事件とは、奉還町の人びとがみな「滝本キヨ」を名乗る80過ぎの老女によって3年近くにわたって騙され、彼女と付き合いのあった十数人が返済のあてのない600万円に及ぶ金を無心し続けたというものである。それにしても本名を片桐つるえというこの老女は、なぜこれほど長い間人びとを騙し続けることができたのだろう。この問いに答えるために事件の経緯をたどった沢木耕太郎は、事件が金儲けのために起こされたのではないことに行き当たる。「金持ちの素晴らしいおばあさん」として町中で認められている自分を演じ続けるための犯行だったのだ。そのことが「最上の張り合いとなっていた」のである。そして、東京から来た裕福で気風のよい老女の役を演じるために小奇麗に実なりを整え、詐欺を重ねてきた老女のことを、沢木は最終的にこう言い表わしている。「辣韮のような存在」。
 たしかに偽名を使い続け、いくつもの名前を行き来した片桐つるえは、「辣韮」さながらどこまで剥いても皮ばかりの、それどころか偽名を名乗ることで薄皮の一枚を他人に見せることに執着し続けた人物だったのかもしれない。しかし「辣韮のよう」なのは、果たしてこの詐欺をはたらいた老女だけなのだろうか。「世間」の評判を落とさないために「よき社員」を、「よき公僕」を、「よき親」を、果ては「よい生徒」や「よい子」までも演じ続けようとする人びともまた、「辣韮のよう」ではないか。いや、そう言う自分も、周囲の視線を気にしながら、社会からあてがわれた役割を演じるのに汲々とする「辣韮のような存在」ではないのだろうか。沢木耕太郎が描き出す片桐つるえの生きざまは、そのような問いを抱かせるものである。
 むろん、片桐つるえの奉還町の人びとを欺く手腕は、常人には真似できないほど見事である。「東京・銀座の煙草屋」という「眼新しさと馴染み深さが適度に入り混じった」役割の設定と、その信憑性を高める舶来煙草の手土産によって銀座から来た大金持ちの孤老であることを印象づけ、金を貸すことが途方もない見返りにつながる個人的なコネを強めることであるかのように期待させる心理作戦によって、町全体を「ほとんど集団催眠に近い完璧さで」騙すことに成功したのだ。もちろん騙すだけでなく、騙し続けるための手だても必要である。彼女は恩義を感じた人に対する付け届けを絶やさなかった。しかも、騙し取った金はもっぱら付け届けのために使われ、ほとんど自分の手許には残らなかったという。では、なぜそこまでして彼女は「金持ちの素晴らしいおばあさん」を演じることに固執したのだろう。この問いに向きあうなかで沢木耕太郎は、「滝本キヨ」という偽名のもとで奉還町の人びとに語られた人生が、「片桐つるえにあり得たかもしれない「また別の人生」への夢」と重なることを見抜く。「億万長者」であり、「島崎藤村の弟子だった」などといった嘘は、他人に騙されたのをきっかけに犯罪に手を染め、社会の底辺での生活を強いられてきた人生のなかで満たされなかった彼女の「夢」を表現していたのである。とはいえ、その「夢」は最後まで「夢」であり続けた。街中の人びとが彼女を「億万長者」と思ったところで、現実に「億万長者」になれるわけではないのだ。彼女は、それでも「億万長者」と思われることによって、「夢」の空虚さが埋められたかのような感触を得ようとしたのだろうか。
 そう考えるとき、大金持ちの孤老を演じ続けようとする片桐つるえの姿は、社会のなかで他人の視線に晒されながら生きるわたしたちの姿にも重なってくる。わたしたちはしばしば、「ひとかどの」とか「よい」とか認められるために身なりや立ち振る舞いを整え、ある理想化された「自分」の姿を装う。現実の自分がそれと重なっているわけではないのに。そうして「世間」で認められた自分を演じて満たされようとするわたしたちは、欺瞞に汚れた「辣韮」の皮にしがみついて生きていよう。しかし、その薄皮以外のところに「ほんとうの」自分などというものがあるのだろうか。「辣韮」をいくら剥いたところで剥いた皮が残るだけではないのか。だとすれば、そもそも「自分」とは何なのだろう。
 沢木耕太郎の「鏡の調書」は、一人の老女が起こした詐欺事件を追うことで、人はなぜ騙されるのかという問いに正面から向きあうばかりではない。それは、他人の視線に晒されながら社会のなかに生きる「自分」というものを映し出し、問いただす、それ自体が一枚の鏡のようなルポルタージュである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

辺見庸『自分自身への審問』

 辺見庸は、脳卒中に倒れて右半身が麻痺したばかりでなく、癌にも蝕まれつつある身体で書いた。おそらくは一語一語絞り出すようにして。しかも「自己自身への審問」というかたちで。彼の思考の強靱さは、病床で自分自身を問いただすほどだった、と言うべきなのだろうか。いや、その「審問」はむしろ、彼をその身体もろとも強靱さといったものを越えた次元へと導いているのではないか。
 辺見庸の新著『自己自身への審問』(毎日新聞社)は、脳卒中で半身の機能を失い、記憶の一部を失った自分自身の身体をさらけ出すところから始まっている。「襤褸のような」と彼が形容する、みずからの身体の剥き出しの姿を見つめるところに、新たな出発点を置こうとするのだ。「老いて病んだ自己身体に即して世界を眺める」。つまり、「なるたけ裸形を怖れず、幻影をまとわず、格好をつけずに風景に分け入る」こと。これがより衒いのない、ということはより深く身体経験にそくした彼の新たな思考のモットーなのである。
 とはいえ、病に蝕まれてまったく思うようにならない身体を前にして、「自死の衝動」が首をもたげてきていることも、辺見庸は否定しない。だからこそ、脳梗塞の末に自殺した江藤淳が最後に書き残した言葉のことも思い出される。しかし辺見は、江藤のように「自ら処決して形骸を断ずる」ことは選ばない。自死の権利を最終的なものとして留保しながら、自死が自分にとって可能であるかぎり、自己自身を、すなわち「自己身体に即して世界を眺める」思考を、表現し続けようとするのである。「形骸化しつつある自己身体を消滅させる前に、おつにすました者どもの面前で醜怪きわまる踊りの一つも踊ってみせて紳士淑女を仰天せしめよ」。むしろ思考がすでに「形骸」と化してしまっていた江藤のように「自裁」を選ぶのではなく、健常者には「形骸」と見えるものそれ自体を、さらにはその内部に湧きあがるものをさらけ出そうとするのだ。そのとき、いったい誰が「健常」なのかという問いも湧いてくることになる。
 脳卒中を経て「眼球が体外ではなく体内というか、躰の「裏側」へ向かい視界が反転する」のを経験した辺見は、「見る」ことの「不遜」をこれまで以上に強く感じるようになる。病院でつねに見られる立場にあるなかで、「一般に〈見られる〉ぼくの〈見る〉を想定していない」医師の「見る」まなざしに居心地の悪さを感じ、「〈見る者は見られない〉という関係性」に不遜なものを見て取っているのである。その関係を自明なものとして享受しているところに、辺見がそれに対する心の底からの嫌悪感を吐露してやまない「安手のシニシズム」の根があるのかもしれない。
 辺見は、第二次世界大戦後の世界についてハイデガーが語った「世界の夜の時代」という言葉を引いて、その「夜の時代」とは「まさに現在のこと」かもしれないと述べたうえで、そのような「神の不在をそれとして感じることができず、夜を昼と錯覚している時代、恥なき季節、徒労と失意の時代」では「チープなシニシズム」が伝播してゆくと指摘している。彼によると、そのシニシズム自体は古くからある低い声の笑いとして現われていた。日本では「人として当然憤るべきことに真っ向から本気で怒ると」、「必ずどこからかそんな低い声調の笑いが聞こえてきます」。「何もしない自分を高踏的にみせたいのでしょうか。それとも、何も怒らない絶対多数の群れにいるという安心感からでしょうか、何の意味もない放屁のような笑いなのでしょうか」。
 そして、今日そのように人を笑わせているのは、「資本」であるという。「ハイデガーの言った「神性の輝き」を放っているのはいまやキャピタルと市場だけではないですか。人間がその意思の力で資本の暴走を阻止しようとする運動も逆に資本に蚕食されて、いまや瀕死の状態です」。いわゆる「勝ち組」を含めて意識が資本によって収奪されてゆくなかで、その収奪された意識から「安手のシニシズム」の笑いが漏れているのだ。そのとき笑いを漏らす者には、「自分の精神のあらかたが資本に絡めとられているという、本質的貧しさの自覚がない」。そのようななかで、マジョリティに属しているという安心感に浸りつつ、まったく実質のない資本という虚無を追い求めるという、それこそ藤田省三が「全体主義の時代経験」のなかで資本主義のニヒリズムと呼んだ「妄」が全体を覆っていることを、病床の辺見は喝破しているのだ。こちらが「健常」どころではない。ゴヤの版画の題名さながら「すべては妄」であるなかで、ナルシスティック記憶の捏造をともなう記憶喪失が進行し、「市場とは富だけでなく同時に途方もない貧困とこれにともなう悲劇を産み出す無慈悲な場」であることも同時に忘却されているのだ。
 だとすれば、「自分自身への審問」とは、脳卒中に倒れて右半身が麻痺し、癌にも身体を蝕まれている者だけが行なわなければならないことなのだろうか。むしろ市場と連動する「腐った民主主義国家」の内部で消費生活と世界のスペクタクルを享受しながら生きている者は、わたし自身を含めてまず、自分自身の生きざまを、いや今ここに生きていることそれ自体を問いたださなければならないのではないか。自己の生存への審問を、スペクタクルの社会の内部で、つねに見ているのではなく、実はさまざまな権力装置によって見られていることの恥辱を「自己身体」で引き受けるところから始めなければならないのではないだろうか。辺見庸の「自分自身への審問」は「未完」となっている。辺見庸の自分自身への審問も、わたしたちの自分自身への審問も、まだ終わっていない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »