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ピリオド楽器のブルックナー

 作曲者自身が「ロマンティック」と名づけたブルックナーの第4交響曲の注目すべき録音が、ここのところ立て続けにリリースされている。緊張感で漲る巨大な音の塊を蠕動させることでこの曲を壮大に歌い上げるとともに、そこに潜む悲しみを掘り下げたクラウス・テンシュテットとロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の東京でのライヴ録音(TDK-OC21)、そして深い呼吸のもたらす悠揚迫らぬ音楽の運びと、峻厳ささえ感じさせる響きの構築とによって宇宙の広がりさえ感じさせるような音世界を現出させる、言わば純粋音楽としてのこの作品の巨大さを究めたクルト・ザンデルリンクとバイエルン放送交響楽団のライヴ録音(Profil: PH05020)である。
 どちらの演奏も非常に説得力があるのだけれども、ブルックナーのこの曲を聴くときに求めてしまう、日の差し込んでくる森のなかを時にゆっくりと歩んだり、時に駆け抜けたりするときの爽やかさを感じさせるものではない。最初に愛聴していたのがラファエル・クーベリックとバイエルン放送交響楽団の演奏だったせいだろうか、曲の冒頭を聴くと、鬱蒼とした森の奥から日の光を頼りに見晴らしのよい草原へ歩み出て行くさまをどうしても想像してしまうのだ。
 そんなどこか「ロマンティック」な想像の喜びを、これまでにない爽やかさをもった響きで味わわせてくれる演奏に今日出会うことができた。フィリップ・ヘレヴェッヘとシャンゼリゼ管弦楽団のピリオド楽器による演奏(Harmonia Mundi France: 901921)である。新緑の響きと呼びたくなるほど瑞々しい響きで、ブルックナーの第4交響曲の清新な姿を浮かびあがらせている。とりわけ見とおしのよい晴れやかさを示すフォルテの響きが印象的だが。それもけっして皮相になることはない。むしろ奥深い森の空気のような香気さえ漂わせている。
 ヘレヴェッヘとシャンゼリゼ管弦楽団はすでに第7交響曲も録音している。こちらの演奏でも耳を惹いたピリオド楽器ならではの音の素朴さとフレージングの自然さがここでも生きている。ヴィブラートを控えた弦楽のハーモニーは、ブルックナーの未知の素朴さとでも言うべきものを感じさせるし、またヘレヴェッヘが指揮するバッハの声楽作品を聴くときにも感じるのだが、どこまでも自然な息づかいと音楽の運びに身を委せていると、内からじわじわと感動が沸き起こってくるのだ。いつの間にか作品の世界に没入させてしまう説得力をもった自然さが、ヘレヴェッヘのフレージングにはあると思われる。たとえば朝比奈隆の演奏を聴き慣れた耳には呼吸が浅く感じられるかもしれないが、ヘレヴェッヘの呼吸は、彼の呼吸とは異質の奥行きをもった世界を現出させるものであろう。そして、ブルックナーの第4交響曲においてヘレヴェッヘの息づかいは、緑の広がる晴れやかな世界を浮かびあがらせている。
 この曲のヘレヴェッヘとシャンゼリゼ管弦楽団の演奏に関してもう一つ特筆すべきは、楽器のバランスのよさである。金管のハーモニーが他の楽器群を圧することはないし、ふつうの演奏では聴き取ることのできないパッセージも生き生きと聴こえてくる。柔らかな空気のなか、生命あるものたちがそれぞれの光彩をもって輝き出てくるかのような世界を聴く者の前に浮かびあがらせるピリオド楽器によるブルックナーの第4交響曲の録音。晴れた春の日に聴くに相応しい1枚と言うべきであろう。

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