« 「ヌヴェール」という地名の符合 | トップページ | 目取真俊「水滴」 »

チョン・ミョンフン&ロンドン交響楽団演奏会

 チョン・ミョンフンが指揮するロンドン交響楽団の演奏会を広島郵便貯金ホールで聴く。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲にマーラーの第5交響曲というプログラム。
 ベートーヴェンの協奏曲で独奏を務めたのは、リトアニア生まれの若いヴァイオリニストであるジュリアン・ラクリン。最初の呼吸からして並々ならぬ気合いを感じさせるが、どうもそれが空回りしてしまっている感もなくはない。気持ちが入っているせいか、右腕の過大な圧力が弦にかかってしまい、音がややつぶれてしまっていた。そのためだろうか、全体的に音程が低く聴こえてしまう。ラクリンのヴァイオリンはまず、ベートーヴェンのこの曲の独奏に求められる、響きの崇高な輝かしさに欠けているのだ。
 ラクリンは肝心なところで何箇所か音程を低く外してしまっていたし、右腕に力が入っているせいか、フレーズの途中で音が変にふくらんでしまう箇所も散見された。フレージングを工夫しているところも見られたが、それもたんなる小細工のように聴こえ、そこに独創性と必然性を感じることができない。この曲の崇高な清澄さに達するためには、もう少し音色をコントロールしながら楽譜をしっかり自分のものにする必要があるのではないか。
 チョン・ミョンフン指揮のロンドン交響楽団の伴奏も感心できない。静かなところにはそれなりの緊張感があったものの、何でもないところ(冒頭のヴァイオリンの音程など)でミスを散発させていては締まりがない。
 後半に演奏されたマーラーの第5交響曲では、チョン・ミョンフンが、リズムの引き締まった、それでいてスケールの大きな解釈を聴かせてくれた。とりわけ第2楽章における、激情に荒れ狂う箇所と、深沈とした瞑想的な箇所との振幅の大きさが印象に残る。第4楽章のアダージェットでは、彼らしい清澄で自然なフレージングの歌が、下手に耽美的な解釈よりも深い感銘を残す。第3楽章のスケルツォは、途中に挟まれたワルツ風の一節のリズムをウィンナ・ワルツ風にしたのがやや空回り気味だったものの、躍動的なリズムを基調とした全体の運びが実に自然で、飽きさせない。両端楽章にはもう少し振幅の大きな表現があってもよかったように思われるが、そのあたりにはこれもチョン・ミョンフンらしい抑制がはたらいたのかもしれない。
 このような指揮者の解釈のスケールの大きさにオーケストラが対応できていたかというと、これはかなり覚束なかったと評するほかない。とくに弦楽器の各セクションの響きが、アインザッツや音程が揃っていないせいか、ざらついてしまっている。このことは、マーラーの第5交響曲の演奏に一方で求められる清澄さを表現するうえでは致命的ともなる。アダージェットには、そのせいで台なしになってしまった箇所もいくつかあった。もう一つ弦楽器に関して言えば、楽器が充分に鳴っていないようにも思われる。弦楽セクションの響きが一つにまとまってこちらに迫ってこないのだ。この曲の演奏にもう一方で求められる、うねり狂うような弦楽器の音は一度も聴けなかったし、深沈とすべき箇所も表面的に聴こえてしまう。それから、金管楽器にも少なからず落胆させられた。まず、音色が他の楽器の響きと溶けあわないし、ミスも多かった。マーラーの妻アルマは、フィナーレの最後の金管のコラールを「取って付けたよう」と批判したことがあったが、今回そのコラールは、ほんとうに「取って付けた」ように響いてしまっていた。
 そもそもオーケストラの側に、どさ回りのお仕事、と割り切ってしまっている雰囲気がなくはなかったのではないか。それではチョン・ミョンフンのすぐれた解釈と一体になるはずがない。こちらも、イギリスを代表するオーケストラと現代を代表する指揮者の一人の組み合わせに期待しすぎたのだろうか。(以上、http://homepage.mac.com/nob.kakigi/LSO_09032006.htmより抄録)
 もう一つこうしたネガティヴな印象を受けた要因として、ホールの音響もあるのかもしれない。木の内壁なのに、ドレスデンの文化宮殿を思わせるデッドな音響。それでも広島市内のホールのなかではましな部類に入るのだろうが。行政の財源に期待できない今、たとえば業績好調な(?)某製パン会社とかが一財を投げ打って、いい音響のコンサート・ホールを市内中心部に建て、街に文化的に貢献してくれないものだろうか。

|

« 「ヌヴェール」という地名の符合 | トップページ | 目取真俊「水滴」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126937/9019161

この記事へのトラックバック一覧です: チョン・ミョンフン&ロンドン交響楽団演奏会:

« 「ヌヴェール」という地名の符合 | トップページ | 目取真俊「水滴」 »