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エレニの叫びと音楽というユートピア

 先日、広島市内の映画館でテオ・アンゲロプロスの『エレニの旅』が再上映されていたのを見に行った。アンゲロプロスの作品らしく、息の長いショットで映像美をじっくりと味わわせてくれる映画であることをあらためて実感させられるが、その映画がゆったりとしたテンポで語りかけてくるのは、20世紀のギリシアの苦難の歴史を一身に背負っているかのような女性エレニの痛ましい生涯である。オデッサから逆難民として帰還したギリシア人のリーダー格だったスピロスの葬列の筏舟の一団が、薄暗く曇ったなかを静かに川を下ってゆくとりわけ美しいシーンには、切々と苦難の歴史を物語るこの映画の時空間が凝縮されていたのかもしれない。
 みなしごとなってオデッサから帰還したエレニの生涯を描くこの映画は、国家への反逆者を匿った疑いで監獄を転々とするあいだに、まず内縁の夫を沖縄戦で失った──エレニの幼なじみで、後に恋人となるアレクシスは、音楽家として羽ばたくチャンスをアメリカに求めた後、家族を呼び寄せるために米軍の移民部隊に加わっていたのだった──うえに、第二次世界大戦後の内戦で双子の息子まで亡くしてしまった彼女の慟哭によって締めくくられる。最後の子どもの遺骸を見つけた生涯の難民エレニは、もはや愛する者が一人もいなくなってしまったことを思い知り、見る者を突き刺すような叫び声を上げて泣くのだ。
 そのようなエレニの慟哭のシーンは、一面で『否定弁証法』におけるアドルノの言葉を思い出させるものである。「永遠に続く苦悩は、拷問にあっている者が泣き叫ぶ権利を持っているのと同じ程度には自己を表現する権利を持っている」(三島憲一訳)。エレニはまだ泣き叫ぶことができるし、永遠に続くかのような苦悩を背負った彼女には、そうする当然の権利があると思われる。それに、彼女の慟哭は、映画を見る者の胸に、彼女が生きた証を刻み込むことだろう。しかし、他面でエレニはもう泣き叫ぶことしかできないのかもしれない。叫びにしかならない彼女の思いを受けとめることができるのだろうか。そうして、どこかしら彼女と同じ苦難を味わった難民たちの生の歴史に思いを馳せることができるだろうか。映画館を出た後で、エレニの叫び声がどこか別の場所で反響しているのに耳を澄ませなければならないのかもしれない。
 ところで、エレニの涙をたたえているかのような雲に覆われた映画の空間のなかに、一つだけ心を和ませてくれる場所がある。テサロニキの難民居住区域「白布の丘」にある廃墟、通称「音楽の溜まり場」である。エレニとアレクシスがスピロスの手から逃れるのを手伝ったヴァイオリン弾きニコス──彼が後に反逆者として追われることになるのだ──は、アレクシスのアコーディオン演奏の才を認め、そこへ案内する。すると、仕事を待ってそこに集う音楽家たちが、アレクシスとエレニを音楽で歓待するのである。そのシーンは、廃墟のなかに一つの、現実の歴史からすれば文字どおりのユートピアを開くかのようだった。
 音楽は時としてユートピアを現出させることができる。そのような考えを抱かせるきっかけをもたらすものとして、ここでは1枚のDVDを挙げておきたい。それは、指揮者として、またピアニストとして、八面六臂の活躍を続けているダニエル・バレンボイムと、音楽への造詣も深かった思想家エドワード・サイードとが協働して創設した、ウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラのジュネーヴでのライヴ録音を収録したCD(Warner Classics 2564 62190-5)に付いてくるもので、そこにはジュネーヴでの演奏会の模様のほかに、ヴァイマールとセヴィリアでのワークショップとリハーサルの様子を記録したドキュメンタリーと、ユダヤ人バレンボイムとアラブ系の知識人サイードの対談とが収められている。
 ウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラは、パレスチナ自治区を含むアラブ諸国とイスラエルの才能ある若い音楽家たちによって構成されている。現実の世界では、アラブ人とユダヤ人の関係は険悪な状態が続いている。パレスチナ=アラブ人の居住地域とユダヤ人入植地のあいだに建設が進んでいる「分離壁」は、何よりもそのことを象徴していよう。しかもイスラエルのシャロンが病に倒れ、パレスチナ自治評議会の選挙でハマスが勝利を収めて以降、両者の和解への道筋はますます見定めがたくなっている。そのような困難な状況を乗り越えて、アラブ人とユダヤ人の若い音楽家が一つのオーケストラを、弦楽器セクションにあっては同じプルトを形成し、同じ一つの音楽をつくりあげようとするのである。
 ワークショップとリハーサルをオーケストラの創設者たちの話も交えながら記録したドキュメンタリー「レッスンズ・イン・ハーモニー」には、イスラム世界への憧れをうたった『西東詩集(ウェスト=イースタン・ディヴァン)』の作者ゲーテゆかりのヴァイマールにおける最初のワークショップで、アラブ人とユダヤ人の音楽家がところどころでぶつかりあいながらも、一つの音楽へ向けてだんだんと心を一つにしてゆくさまが生き生きと映し出されている。オーケストラが奏でる音楽は、たしかにまだ粗削りではあるけれども、プロフェッショナルなオーケストラの演奏からなかなか聴くことのできない若々しい力に漲っている。対話をつうじて若い音楽家たちの心を一つにしてゆく、バレンボイムとサイードをはじめとする指導者たちの力量も特筆すべきであろう。
 争いが絶えず、エレニのような難民を日々生み出しているこの世界のなかに、音楽というユートピアを一瞬現出させるかのようなウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラ。その活動が、日本でももっと知られるようになって、その支援者が増えれば、と思うと同時に、「平和文化都市」にして「オペラの街」であるここ広島で、現実の政治情勢のなかでは対立しあう国々や諸民族出身のアーティストたちで一つのオペラをつくりあげることができたら、とふと考えた。

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コメント

エレニの慟哭については私も記事にしました.少し視点が違いますが.この映画のサウンドについては多くを教えられました.機会がありましたら私の記事もチェックしてください.以下にその一部を. *『エレニの旅』で印象に残るシーンはどこか?オデッサを追われて,難民として船から降りるトップ・シーンである.實の父母を無くしたエレニが,難民集団家族内の義理の兄にむけて,その手をそっとさしだす.ここにはこの作品のすべてが凝縮されている.彼女はこの兄と愛し合い,子供ふたりを生む.ロシア革命によって抑圧を受け,難民家族の族長たる義父から抑圧を受け,ふたりの子供を手放す.ファッシズムによる圧迫,移民集団内部での嫌がらせ,ギリシャ内部での激突と内戦による規制.幻想としてのアメリカにわたった夫は,米軍兵士として沖縄に派遣され,慶良間で戦死する.内戦で二人の子供は敵味方に分かれ,ともに命を絶たれる.その結末としてエレニの号泣をもって映画は終わる.難民集団家族とともに,激動の歴史と激突する社会が描かれている.だからこそ,エレニのクローズ・アップ・シーンで終わらせてはならない.象徴的な背景映像を設定し,エレニの悲しみと怒りをそのなかに定めて,鋭いカットでエンドにすべきだった.いい作品ではあるがこの監督にしては傑作とはいえない.『ユリシーズの瞳』を越えてはいない.クローズ・アップを長く映し慶良間を視野に入れたのは,日本市場を意識したからか?それにしても,エレニは何にコミットしてきたのか?

投稿: Mの「残日録」 | 2006年2月26日 (日) 15時24分

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