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神戸のアムステルダム国立美術館展

 神戸の兵庫県立美術館で開催されている「アムステルダム国立美術館展」を見に行く。「オランダ絵画の黄金時代」と題されたこの展覧会、アムステルダム国立美術館の大規模な改修工事に合わせて企画された、世界を巡回する展覧会で、日本ではここ神戸だけで開催されるとのこと。フェルメールの「恋文」が見られるうえ、オランダへ行くのはいつのことになるのかわからないので、妻と出かけることにしたしだいである。
 「オランダ絵画の黄金時代」ということで考えられているのは、オランダがスペインからの独立を勝ち取ってゆく背後で商業をいとなむ市民階級が台頭し、そのニーズに応じた絵画が花開く17世紀のことである。17世紀のオランダの画家と言えば、先に名前を挙げたフェルメールをはじめ、レンブラント、ハルス、ライスダール、デ・ホーホといったところが思い浮かぶが、彼らの作品をそれぞれ数点含めた17世紀の絵画に同時代の工芸作品を合わせた90点ほどが展示されていた。グラスや銀器など展示されていた工芸作品の多くは、展示されている絵画に実際に登場するもので、静物画や風俗画のなかに描かれる当時の生活のなかで用いられているさまと、300年を超える時を経て残されているさまとを見比べるのは、それはそれで興味深かったのだけれども、個人的にはもう少し多くの絵を見たかった気もしないではない。
 今回見た絵のなかで最も気に入ったのは、ヤーコプ・ファン・ライスダールの「ベントハイム城」。前景に倒木や岩を配して、自然の猛々しさと時の移ろいを演出し、その背後に城郭をそれに抗うかのように屹立させるドラマティックな構図は、彼が描く風車を中心とする風景のように、人力を越えた自然の力、それがもたらす人為的なものの儚さ──同時代の画家たちがしばしば描き出した「世の虚しさ(ヴァニタス)」──をしかと受けとめるとともに、それに押し流されることなく、自然のダイナミズム、時の移ろい、さらにはそれを耐えて存えるものを描き取ることのできる視点を確保しようとする画家の意志を感じさせる。
 フランス・ハルスのタッチの無駄のなさにも、今回あらためて感嘆させられた。当時のオランダの富裕層の夫妻の一対の肖像画において、ハルスは妻のほうを静かに、ただし実に人間的な温かさを感じさせる表情の動きを交えて描く一方、夫のほうは自由闊達な表情の動きの一瞬をとらえるかたちで描いている。こちらを振り向いた一瞬の自信に満ちた表情が、スナップ・ショットさながら、素早く、まったく無駄のないタッチで描き取られているのである。この夫の肖像は、妻のと並べられたとき、夫の自由な市民としての活動力をいっそう際立たせていたにちがいない。
 カレル・ファブリティウスに帰属するとされる「洗礼者ヨハネの斬首」を見られたのも、今回の収穫の一つ。彼の絵とは、昨年1月以来の対面となったが、ヨハネの首を求めるサロメの表情を光のなかに浮かびあがらせる筆遣いに、どこか師のレンブラントとは異なった細やかさを感じる。その師匠のレンブラントの作品のなかでは、「青年期の自画像」が印象的(妻も気に入った1枚)。自画像を、生乾きの絵の具を引っ掻いて髪の質感を出すといった実験の場にしたような絵ではあるが、どこか憂いを漂わせる若さが魅力的に描かれている。
 今回のお目当てであったフェルメールの「恋文」は、実際に眼の前にしてみると、他のフェルメールの作品、とくに初期の作品にくらべて細密さの点で劣るように思われ、いささかもの足りない。とはいえ、周りに配されたデ・ホーホらの作品と並べてみると、この「恋文」が卓越した仕方でオランダの風俗画の伝統に連なろうとしてることが、うすうすと感じ取られる。後期の作品に属する「恋文」は、人物をも画面の一要素に還元し、事物の細部を、その光彩を、どこまでも緻密に描き取って、やや冷たさを感じさせるまでに静かな画面を構成するこれまでの画風を離れ、人物の一瞬の生き生きとした表情をとらえることを、室内の調度の緻密な描写を両立させようとする画風への移行を示す一枚かもしれない。フェルメールはその頃、人間的な温かみを感じさせる、より風俗画にふさわしい様式を──もしかすると経済的な理由もあって──模索していたのではないだろうか。そうして、時間を画面に導入しようとしているように思われるのである。
 17世紀のオランダの絵画はそれより南方の絵画にくらべてもの静かであり、緻密な描写によって貫かれている。オランダの画家たちは、「世の虚しさ」を暗示しようとする静物画家が代表するように、その描写によって仮借なき時の移ろいを表現しようとしていた。17世紀のオランダの絵画における空間と時間の静かな交錯。神戸の「アムステルダム国立美術館展」は、このさらに掘り下げられなければならないテーマを、わたしに与えてくれた。b93
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