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ザルツブルク旅日記:1月26日

 朝早くホテルをチェック・アウトして、行きと同様オーブスでザルツブルクの空港へ向かう。バスでは今回2つの演奏会のチケットを世話してくれた女性とも偶然出くわす。彼女によれば、この日300人におよぶ日本人がザルツブルクに着くとか。中央駅で降りた彼女のその後の苦労はいかばかりか。
 空港に到着し、チェック・インを済ませて外の様子をうかがっていたが、フランクフルトへ向かう飛行機がなかなか来ない。どうもフランクフルトが大雪で、なかなか飛べないようだ。それでも1時間遅れで来てくれてホッとする。それに乗り込んでフランクフルトへ向かい、関西空港行きの飛行機に間に合ったまではよかったのだが、その飛行機のエアコンが壊れてしまい、ロシア上空で今度はミュンヘンへ引き返す羽目になる。どうやら雪のなかでエアコンを酷使したのがたたったようだ。
 ミュンヘンに着いたところで、乗客全員バスに乗せられ、ミュンヘン郊外のシェラトン・アラベラ・ホテルに連れて行かれる。そこで1泊して、翌朝早くに再び関西空港へ向けて飛び立つというわけだ。こちらは翌日そのホテルで寝坊してしまい、空港行きのバスに危うく乗り遅れるところだった。
 ミュンヘンから関西空港行きの飛行機は、今度は無事に飛び立つ。天気に恵まれ、機上からはアルプスの尾根も見える。モーツァルトの250回目の誕生日にあたるわたしたちの3度目の結婚記念日を、アルプス越しにザルツブルクを望みながら、ルフトハンザの機上で祝うことになったわけである。
 機上では、あの分厚い『モーツァルト頌』(白水社)を読了。それを読み終えたときにあらためて脳裏に浮かびあがってくるのは、作曲家としてのモーツァルトが、「ぼくのこと好き」、と問いかけるのに、彼の生前にだれも応えらえれなかったという事実である。たしかに、ハイドンをはじめ彼の音楽を愛していた人びとはいた。しかし、その愛は、彼にこの世の幸せをもたらすに充分なものではなかったのだ。彼がヴィーンで才能を磨り減らし、過労で倒れ、ほぼ無一文の状態で共同墓地に投げ込まれた、という話は、そうした結末に至る筋だけは自分の将来のようで恐ろしい。それはともかく、モーツァルト週間の演奏会場の様子を見るかぎり、彼の音楽はますます聴かれていなくなっているのではないか。むしろ金持ちの自己満足的な消費の対象に成り果ててしまっているのではないだろうか。そういう光景を目のあたりにすると、結局だれも聴く耳をもっていないし、そういうなかで災厄が繰り返されてゆくのだ、と考えざるをえない。パレスチナの総選挙におけるハマスの勝利に対する欧米の対応や、ドイツで移民への侮辱的な尋問が義務づけられつつある状況を報ずる新聞記事を見ていると、そうした思いをますます強くせざるをえないところである。

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