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ザルツブルク旅日記:1月25日

 午前中はモーツァルテウムの大ホールでユベール・スダーンが指揮するモーツァルテウム管弦楽団の演奏会を聴く。前半にジャンルカ・カシオーリの独奏でモーツァルトのヘ長調のピアノ協奏曲(KV. 459)が演奏された。彼の演奏は、きわめて繊細で、細かな表情の変化を示す。とりわけ転調に対してきわめて敏感に反応する。しかし、たとえばクララ・ハスキルの演奏のように、不健康に胸を締めつけられるような感じを抱かせることはない。健康的な細やかさを示すピアノの演奏と言えようか。それがこの曲に実によくマッチしている。カシオーリの演奏は、両端楽章では天衣無縫の飛翔を聴かせるし、緩徐楽章では晴れやかな音で香気を漂わせるような歌を聴かせてくれる。独奏が非常に細かなルバートを多用するために伴奏がついて行けていない箇所があったのは残念だが、モーツァルトを聴く喜びを素直に味わわせてくれる演奏だったのではないだろうか。今回の旅行中に聴いたモーツァルトのピアノ協奏曲の演奏のなかでは、最もすぐれたものだったと思う。
 休憩後のメンデルスゾーンのイタリア交響曲の演奏は取りたてて強い印象を与えるものではなかったが、たとえばおよそ1年前に京都で聴いたライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏に較べれば、はるかに明るく、晴れやかな演奏に仕上がっていたのではないだろうか。リズムの切れ味が鋭いが、ところどころ楽節の処理が粗くなってしまったところがあったのは残念。全体としては、引き締まった、どちらかというとザルツブルク的な晴れやかさを示す演奏だった。
 午後、かつての救貧院を用いた、祝祭大劇場近くの玩具博物館を訪れる。とりわけラテルナ・マギカという昔の投影装置の展示が興味深い。映画が登場する以前に別の世界へいざなうものとして、ヴァルター・ベンヤミンのラジオ講演をつうじてのみ知っていたこの装置が、実際いかに造られ、またいかに機能していたのかを見ることができたのは大きな収穫だった。簡単に言えば、万華鏡と蝋燭による投影装置を組み合わせたものと言えようか。ここから、実写の映画とアニメーションの両方に道が開かれている。
 この博物館には、古い玩具以外に多くの古楽器も展示されている。ベルリンの楽器博物館ほどではないが、展示されている楽器の種類はかなり豊富。怪獣の顔をしたコントラファゴットなどとくに微笑ましい。モーツァルトの時代にどのような演奏がおこなわれていたのか、実際の楽器を見ながら想像できるのも、この博物館の展示の魅力であろう。あわせてビーバーをはじめとする、ザルツブルクを代表する作曲家の肖像も展示されているし、たとえば彼の作曲した作品で、展示されているヴィオラ・ダ・モーレがどのように響くのかも、録音で聴くことができる。もしかすると、ザルツブルク市内の博物館のなかではいちばん魅力的かもしれない。訪れる人は少ないけれども。
 夜は、州立劇場でモーツァルトの初期のオペラ・ブッファ「偽の女庭師」を見る。早々に売り切れていたこの公演のチケットも、ザルツブルク在住の女性に手配してもらった。指揮はアイヴァー・ボルトンで、演出は、ベルリンで「コジ・ファン・トゥッテ」や「トゥーランドット」の演出を見たことのあるドリス・デリエ。嫉妬に駆られたある伯爵によって、その伯爵が死んだと思うほどに重傷を負った別の伯爵の令嬢が、庭師になりすましてある代官の許に身を寄せるところから物語が始まるのだが、彼女の演出ではその庭が、郊外によくあるホーム・センターのガーデニングのコーナー。この令嬢は、そこの店員として働くことになった、というわけである。それだけでも、古典的な演出を期待した金持ちの年寄りの神経を逆なでするには十分であろう。日本からモーツァルト生誕250周年のガラ・コンサートを見にやって来た成り金の老夫婦たちは、すっかり出鼻を挫かれた様子だ。こちらとしては、もう笑いがこみ上げてくるのを抑えられない。
 ストーリーは王侯貴族の込み入った色恋沙汰なのだけれども、冷めた目で見ればソープ・ドラマにおける男女の絡みと何ら変わるところはない。そう考えれば、デリエの設定は、この若きモーツァルトのオペラを現代に行かすうえではまことに適切だったと思われるが、同じ手が他の作品にも同様に通用するか、と言われれば、首をかしげざるをえない。とはいえ、登場人物を血だらけにしてしまう食虫植物をはじめ、若い観客を喜ばせる装置は事欠かないし、それに全部値段が付いているあたりも、どれもネット上で売りに出せるものに囲まれている現代の生活を鋭く照らし出していよう。まずは成功した演出なのではないか。
 歌手のなかでは、ヴィオランテを歌ったアレクサンドラ・ラインプレヒトが出色の出来を示していた。ラミーロを歌ったルクサンドラ・ドノーゼの表現も胸を打つ。ヴォオランテに惚れるドン・アンキーゼを歌ったジョン・グラハム=ホールとその小間使いセルペッタを歌ったアドリアンナ・クツェローヴァは実に巧みだが、ベルフィオーレ伯爵を歌ったジョン・マーク・エンスリーとアルミンダを歌ったヴェロニク・ジェンスはやや弱い感じ。アイヴァー・ボルトンの指揮するモーツァルテウム管弦楽団は、午前中に聴いたのと同じオーケストラか、と思うくらい魅力的(実際ほとんど別のメンバー)。とくに弦楽器が、初期のモーツァルトにふさわしい切れ味鋭い表現を聴かせていた。管楽器も実に巧みだが、とくにナチュラル・ホルンとナチュラル・トランペットがミスなく吹いていたのには驚嘆させられる。全体として、初期のモーツァルトの魅力を現代に甦らせる演奏にに仕上がっていたのでないだろうか。

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