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ザルツブルク旅日記:1月21日

 夕刻にザルツブルク空港に降り立った。飛行機の窓から見るザルツブルクの街はすでに一面の銀世界。こちらへ向かう飛行機に乗り継いだフランクフルトとは大違いである。アルプスの麓にあるためか、ここはオーストリアのなかでもとくに寒さが厳しいようだ。ちなみにザルツブルクの空港はスキー客でごった返していた。幸いなことに外へ出てもそれほど寒さを感じない。
 オーブスと呼ばれる当地のトロリーバスに乗って、一路ミラベル広場近くのホテルへ。エレベーターをはじめ設備にやや古さを感じさせるが悪くはない。部屋は十分に広いし、書き物ができる机も備わっている。
 荷解きをしたところで、まだ確保できていないモーツァルト週間の二つの演奏会のチケットの手配を依頼している現地在住の女性と連絡を取る。ちなみに彼女は、ザルツブルクで旅行エージェントを営んでいるとのこと。ずっと気になっていた23日の演奏会のチケットは、明日の夕方にホテルに届けてくれるとの話でひと安心する。それから、彼女によれば、東京でずいぶん雪が積もったため、成田からザルツブルクへ向かう予定の旅行客がみな成田で足止めを食らっているようである。なかには明日からモーツァルト週間の演奏会を聴く予定のツアー客もいるとか。とすれば、関西空港から出発したわたしたちは相当に幸運だったわけだ。
 とはいえ、まる一日以上にわたる長旅にはさすがにくたびれてしまった。広島という街のヨーロッパへのアクセスの悪さをまたしても痛感させられたかたちだ。出発する日の朝の始発の新幹線でもフランクフルト行きのフライトには間に合うのだが、広島駅までの公共交通機関が動いていない。というわけで、前の晩に夜行バスに乗って大阪へ向かったのだが、これが身体にこたえたようだ。
 フランクフルトへのフライトのあいだ、吉田秀和が選んで訳した『モーツァルトの手紙』(講談社学術文庫)を読んでいた。一貫して神への篤い信仰が表明されているが、それはモーツァルトが熱心なカトリックであったことよりもむしろ、彼が、たとえどれほど苛酷であろうとも、遭遇した現実を誠実に受けとめようという信念をもっていたことを暗示しているのではないだろうか。そうした彼の誠実さを最も感動的なかたちで示しているのが、パリにおける母の客死を姉たちに報告するあの有名な手紙であろう。ちなみに──俗っぽい言い方をするなら──より神に近いところで神を愛していたモーツァルトにとっては、ザルツブルクの大司教もヴォルテールも我慢ならなかったようだ。
 手紙における楽器や演奏法に関するモーツァルトの評言も、彼の音楽観を生き生きと伝えていて面白いが、最も共感させられたのは、徐々にみずからの才能を自覚し始めたモーツァルトが、それを生かそうと苦闘するさまである。弟子をとらなければ生活できないが、弟子をとれば取るほど作曲に専念できる時間は削られていくと愚痴をこぼしているあたり──才能のことはともかく──身につまされる。とまれ、モーツァルトが青年期以来嫌悪してやまなかったザルツブルクに、彼の作品を聴くために来てしまったわけだ。モーツァルト週間の演奏会のなかで、彼が駆け抜けるように生きた生涯のなかから生まれた作品のうちに、新たな美を発見できるだろうか。

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