« スークとフィルクシュニーの「プラハの春」ライヴ | トップページ | 雪に閉ざされて »

音楽書二題:ベルリン歌劇場史とショスタコーヴィチの評伝

 最近読んでみて面白かった音楽書を2冊紹介しておきたい。1冊は、菅原透の『ベルリン三大歌劇場──激動の公演史』で、もう1冊は、ローレル・E・ファーイの『ショスタコーヴィチ──ある生涯』(藤岡啓介/佐々木千恵訳)。どちらも、アルファベータという音楽書を中心に重要な文献をいくつも世に送り出している出版社の「叢書・20世紀の芸術と文学」シリーズの中の1冊である。2冊ともかなりの大部で(とくにファーイの『ショスタコーヴィチ』は、本文が2段組みで350ページ以上ある)読むのに骨が折れたが、その労に見合う読みごたえがあったのも確かである。
 現在ベルリンでは、ウンター・デン・リンデンの州立歌劇場、ドイツ・オペラ、コーミッシェ・オーパーという三つの歌劇場が競い合っているが、菅原透の『ベルリン三大歌劇場』は、ドイツ・オペラの前身である市立オペラ、もしくは今は失われた、コーミッシェ・オーパーのモデルとなった二つの歌劇場、当初王立だったリンデン・オーパー、そして今はその伝説だけが残っているクロル・オーパーの、それらが第二次世界大戦末期の空襲で焼失するまでに至るおもに20世紀の激動の公演史を、詳細に、また生き生きと描き出した好著である。やや歴史小説風の語り口には好みが分かれようが、舞台上でどのような公演が繰り広げられ、またその裏でどのような綱引きがあったのか、実に小気味よく描かれている。1929年頃にベルリンのイタリア大使館で撮影されたとされる、ブルーノ・ヴァルター、アルトゥーロ・トスカニーニ、エーリヒ・クライバー、オットー・クレンペラー、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーという5人の、今となっては伝説的な指揮者が顔を揃えた写真があるが、当時ベルリンでこの5人が、リンデン・オーパーで、市立オペラで、クロル・オーパーで、あるいは一大ブームを巻き起こしたイタリアからの客演者として、実際にどのように活躍していたのかが、膨大な資料を駆使してドラマティックに浮かびあがっているし、またその裏でリヒャルト・シュトラウスが、作曲家として、また指揮者として、いかに巧みに立ち回っていたのかも細かく記されている。当時の公演プログラムやポスターの図版、そして舞台写真を交えながら、これらの指揮者と協働した演出家や舞台美術家の演出のありようが、生き生きと描かれているし、今やそのほとんどが忘れ去れてしまった戦前の重要な歌手たちの活躍ぶりが、写真を交えて描かれているのも、資料として実に貴重である。とはいえ何よりも興味深かったのは、斬新な舞台で当時賛否両論の渦を巻き起こし、アドルノも擁護の評を寄せた「フィデリオ」の公演で知られる、クロル・オーパーの公演史である。今は跡形もないが、1920年代の終わりには、当時の新しい芸術運動の一大拠点であったこの歌劇場の苦難の歴史が、当時その音楽監督だったクレンペラーの活躍を中心に詳細に描き出されているのに、初めて触れることができた。その歴史は、新しい芸術運動を発信する媒体としてオペラを考えようとするとき、つねに参照されなければならないはずである。
 ところで、2006年に生誕100年を迎えることになる作曲家ショスタコーヴィチの新しい評伝、ファーイの『ある生涯』は、同時代人の自伝や手記、語録、書簡など、集められるだけの資料を駆使して、多角的な視点からショスタコーヴィチの生涯の各局面をつぶさに描き出している。それによってファーイの評伝は、たとえばソロモン・ヴォルコフの『証言』が浮かびあがらせるように「反ソヴィエト的」であるとかいった、強いイデオロギー的色彩をもったショスタコーヴィチ像が突出させるのを避けることができているばかりでなく、彼がソヴィエト政権時代を生き抜くことを可能にした、彼の多面性をまんべんなく浮かびあがらせることにも成功している。また、彼がムラヴィンスキー、オイストラフ、ロストロポーヴィチといった音楽家たちとどのように交わり、作品の初演を準備したか、あるいは第4交響曲の場合のように、初演を取り下げたか、といったことが細かく描かれているのも興味深い。今挙げた第4交響曲が代表するように、ショスタコーヴィチは、一面で交響曲をはじめとする既成のジャンルを限界にまで追いつめるアヴァンギャルドであり続けようとした。しかし、同時に他面では、けっしてそうしたジャンルも、それをメロディによって構成することも、けっして放棄しなかったし、十二音技法にも反対し続けた。そうしたショスタコーヴィチ自身の両面が、1930年代と40年代に訪れた危機が代表するように、彼をソヴィエト政権と衝突させたし、政権の求める作品を書いてこれらの危機を切り抜けることも可能にしたのだ。そのように、彼が二枚舌であったが、それでも同時に一枚舌でもあり続けたことを、ファーイは、同時代人にも証言させながら、多角的にかつ一本筋の通った仕方で描き出している。そのことがこの評伝に、ずしりとした読みごたえをもたらしているのだろう。もちろんそこに時代の重いドキュメントが詰まっていることも間違いない。
 さて、ここに紹介した2冊の音楽書、巻末の資料も実に充実している。菅原透の『ベルリン三大歌劇場』には、クロル・オーパー、市立オペラ、リンデン・オーパーの詳細な公演記録が収められているし、ファーイの『ある生涯』(ただし改訂新版のみ)には、評伝に登場した人物を紹介した人名事典が収められている。これらの資料にも、これからたびたび教えられることがあるにちがいない。

|

« スークとフィルクシュニーの「プラハの春」ライヴ | トップページ | 雪に閉ざされて »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126937/7781433

この記事へのトラックバック一覧です: 音楽書二題:ベルリン歌劇場史とショスタコーヴィチの評伝:

« スークとフィルクシュニーの「プラハの春」ライヴ | トップページ | 雪に閉ざされて »