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ベルリン旅日記:11月6日

 荷造りをして宿を引き払った後、ポツダム広場へ向かい、昨日同様楽器博物館で「美的経験の諸言語」をテーマとする学会に参加する。日曜日ということもあって電車の本数が少なかったのと、荷物を預けるコインロッカーを探すのに少し手間取ったのとでずいぶん遅刻してしまったが、最初の講演者がまだまだ熱弁をふるっていた。ルーマンのシステム理論などを下敷きに独自の「認知美学」とも言うべき理論を展開しているバツォン・ブロックという学者とか。ロスコなどを例に、ユダヤ系の芸術家が図像化禁止の掟を芸術的形象によって表現しているといった話はわからないではないものの、錯覚が知覚の明証性を前提としており、有意味であるとは騙されうることであるというテーゼを振りかざして、芸術は知覚の普遍性を表現すると述べ立てるのは、芸術を陳腐化するのに思えてならない。ブロックは、延々と制限時間を1時間近くオーバーして話し続けていた。その後の発表も、それに対する応対に終始した観があるが、それに対抗しうる明確な立場を打ち出しえていたとはとても言い難い。それは何よりも言語の位置づけ、さらに言えば「言語とは何か」という問いを言語哲学的に、芸術言語との関係を視野に入れながら理論的に掘り下げる作業が欠落しているからであろう。昨日も含めて、今回の学会で聴いた発表は、どれ一つとして、言語化を拒むものでもありうる強度をもった美的経験とその言語化との緊張関係を表現しえていなかったように思う。
 楽器博物館を出て、最後に発表したポツダム滞在中の知り合いと別れた後、ユダヤ博物館の近くに新たにオープンしたベルリン・ギャラリーへ向かう。そこで開催されている「表現主義の誕生」展を見ようと考えたのである。日曜日ということもあって、ギャラリーはかなり混んでいた。常設展として、20世紀初頭以後のドイツの表現主義、新即物主義、ダダから、現在存命中の芸術家たちの作品まで、多彩な作品が展示されていたが、そのなかには、フェリックス・ヌスバウムの作品やオットー・ディクスの作品も含まれていた。苦境に置かれた人間の困窮を包み隠さず描き出すことで、描かれた人間を画面上に屹立させるディクスによる詩人の肖像もさることながら、自画像であることを否定するかのように、自分自身の顔の上半分を画面の外に追いやったヌスバウムの1942年の自画像がとくに印象的。まったく無駄のないタッチで生存の危機に直面している人間の姿が、それが抱いている不安とともに鋭く描き出されている。やがてアウシュヴィッツへ送られ、そこで抹殺されることになる画家による、極限的にまで研ぎ澄まされた画面である。
 さて、お目当ての「表現主義の誕生」展は、常設展の一つ上のフロアで開催されていた。ホドラー、ムンクといった画家の影響のもと、従来のアカデミックな絵画のありようを真っ向から否定し、生の躍動とそこから噴出する感情を描ききるような表現を目指す集団として、ドレスデンに「ブリュッケ」が結成された時期から、キルヒナーらがベルリンへ移って、表現主義的な技法を大都市に生きる人間の生きざまを描きとるのに生かすようになるまでの作品が展示されていた。エミール・ノルデ、エーリヒ・ペヒシュタイン、カール・シュミット=ロットルフといった、「ブリュッケ」に加わった(ことのある)画家たちの作品の魅力を再発見することもできたが、最も強烈な印象を残したのはやはりエルンスト・ルードヴィヒ・キルヒナーの作品である。
 最初に眼を惹いたのは、1911年のドレスデンでの展覧会で「ブリュッケ」の画家たちを揺さぶったゴッホの影響のもと、補色どうしがぶつかりあうなかに女性像を、その皮膚の強烈な輝きとともに浮かびあがらせる裸体像。昨日見たピカソとはまた違った仕方で、キルヒナーも古典的な輪郭をはみ出してゆく身体性に接近しようと試み、はみ出してゆく動きをぎらりとした肌の光彩というかたちで画面に定着させているように見える。人物像のなかで最も印象的だったのは、「フランツルの肖像」。大胆に緑に塗られた顔面に浮かびあがる微笑みかける表情には魅了される。緑のなかから黒い眼と赤い唇を浮かびあがらせるというアイディアは、ゴッホらとの対話をつうじて独自の自由な色彩の配し方を模索するなかから生まれたものであろう。描き方はまったく対照的ながら、フェルメールの「ターバンの少女」と並んで魅力的な若い女性の肖像と呼びたいくらいの一枚。ところで、フェルメールの肖像画もそうなのかもしれないが、キルヒナーの「フランツルの肖像」が描きとっているのは、瞬間的な表情の変化、ここでは微笑みかけるという動きである。キルヒナーは、瞬間的な動きを描きとることにつねに関心を寄せていた。実際彼は、膨大なスナップ・ショット的スケッチを残している。あるいは、「ブリュッケ」の「表現主義」とは、古典的な輪郭をはみ出してゆく動きへの関心を示すものであり、なかでもキルヒナーはその運動の瞬間を画面に定着させるために、絶えず画家としての眼のシャッター・スピードを高めようとしていた、と言うべきなのだろうか。このようなキルヒナーの瞬間への関心は、やはりベルリンという大都市における生の速度を描きとることに生かされている。今回、以前に新ナショナル・ギャラリーで見た「ポツダム広場」とともに、ブリュッケ美術館に所蔵されている「ベルリンの街路の情景」を見ることができたのは幸運だった。どちらの絵でも、往来の速度のなかに、着飾った人びとの姿が、どこか儚さを感じさせる仕方で鋭く抉り出されている。1910年代のベルリンを、それを貫く未曾有の速度とともに描きとった傑作である。このように、都市における生へを見つめる一方で、キルヒナーは自然への、その躍動への憧れを失うことはなかった。彼が生涯にわたって好んで用いた緑は、それを象徴しているのかもしれない。都市生活を描いたキルヒナーの絵のなかでその緑が見事に生かされているのが、野外のカフェに座る女性を描いた一枚。もしかするとそのカフェは、今は跡形もなく失われた共和国広場のクロルのそれかもしれない。ベルリン・ギャラリーを出て、フリードリヒ通りの駅に預けた荷物を引き取った後、現在ドイツ政府の中枢があるその共和国広場の近辺を、テーゲル空港行きのバスで通過した。シュプレーの河畔に、カメラを提げた観光客のシルエットが浮かびあがっていた。

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