« ベルリン旅日記:11月3日 | トップページ | ベルリン旅日記:11月5日 »

ベルリン旅日記:11月4日

 朝の5時半に宿を出て電車でヴァイマールへ向かう。フリードリヒ・シラーの没後200年を記念する学会に出席するためである。6時過ぎにベルリンを出て、ヴァイマールに搗いたのは9時過ぎ。何とか10時からの講演に間に合った。会場はバウハウス大学内のかつてバウハウスのアトリエとして使われていたというホール。天井が採光のためにガラス張りで、柔らかな光が入ってくる。「バウハウス」の名を冠した大学らしく、このホールがある建物以外にも、壁もすべてガラス張りの建物が並んでいる。
 講演はおもにシラーのテクストを解釈しながら、演劇の原題における可能性を論じるもの。前日に行なわれたジャック・ランシエールの講演を前提にして、それに対する応答というかたちで展開される箇所もあって、ついて行くのが難しいところもあったが、わたしにとっては現代における舞台芸術の意味と位置について考えるまたとない機会であった。シラー自身の議論のなかで彼が顕揚する「美的教育」が挫折することを示し、演劇の芸術美と教育的効果が両立しえないことを証明しながら、美的次元と、教育的ないし倫理的な次元との緊張を表現することで、自己反省的に自己形成を遂げるものとして演劇をとらえかえす講演や、世界の規範的なメカニズムないしエコノミーと主体性のあいだの深淵を開く熱狂が噴出する場として演劇を見つめなおそうとする講演など。ルソー的な一般意志のありようを批判しながら、来たるべき民主主義の可能性が示される場として演劇をとらえなおそうとする議論もあったが、その場合の聴衆あるいは大衆とは何か。あるいは、ある舞台演出を例に、俳優の演技による言語形成を論じる議論において、言語形成の場として何が考えられているのか。批評眼をもった聴衆による言語への翻訳なのか、あるいはそれを含めた演劇の舞台なのか。自問することも多い。それにしても、日本では考えられないくらい、劇作家として、美学者として、シラーが高く評価されている。
 夕方、学会の会場を出てベルリンへの帰途につく。大学近くのバス停でバスを待っていたら、一緒にバスを待っていたおばあさんが、虹が出ていると教えてくれた。見ているうちにだんだんと鮮やかな七色に変わってきた。おばあさんは、めったに見れるものではないと感嘆していた。わたしも実際に見るのは何年ぶりのことだろう。
 ほんとうはベルリンへ帰ってから、コンツェルトハウスでユン・イサンの没後10周年を記念する演奏会を聴くつもりだったのだが、ベルリンへ向かう電車が遅れてしまい、聴けずじまい。非常に残念だったが、いいかげん休め、ということかもしれない。少しCDを買ってから帰途につく。宿に着いたら、やはりまともに立っていられないくらい疲れ果ててしまっていた。

|

« ベルリン旅日記:11月3日 | トップページ | ベルリン旅日記:11月5日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126937/6903987

この記事へのトラックバック一覧です: ベルリン旅日記:11月4日:

« ベルリン旅日記:11月3日 | トップページ | ベルリン旅日記:11月5日 »