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大原美術館と倉敷の大野和士

 9月29日、大野和士とベルギー王立歌劇場(モネ劇場)管弦楽団の演奏会を聴くために妻と倉敷を訪れた。そのついでに、大原美術館を久しぶりに再訪する。モディリアニをはじめいくつか重要な作品が、宮城でのこの美術館の名品展のために貸し出されていたが、何よりもエル・グレコの「受胎告知」に再会できたのは嬉しかった。
 スペインのバロック期の絵画において特徴的なのは、明暗の鋭い対照のなかに人間像が仮借なく抉り出されてくるところであり、その魅力は、たとえば東京の西洋美術館にあるリベーラの哲学者の肖像などで味わうことができるのだけれども、エル・グレコの作品は、明と暗を分かつ動きそれ自体を表現しながら、その瞬間にあるドラマを劇的に描き出している。こちらへ迫ってくる鳩は、闇を切り裂きながら、明暗の鋭いコントラストのうちに「受胎告知」の場面を開くかのようだ。イエス・キリストの受胎を告げる天使のまなざしとマリアのまなざしとの呼応が産み出す場景の緊張感が、最小限のタッチで表現されているあたりにもやはり瞠目させられる。
 グレコの作品以外では、クレーのいくつかの作品とともに、抽象的な表現のうちに音楽的な躍動をこれ以上はないと思わせるほどの洗練のうちに取り出してくるカンディンスキーの「尖端」が印象的。あとは、ミロとロートレックの作品が眼を惹く。
 ところで、夜は倉敷の市民会館で、大野和士とモネ劇場のオーケストラの演奏会を聴いたが、とりわけラヴェルの「ラ・ヴァルス」で、オーケストラの美質と大野の精緻な音楽性がマッチしていたように思う。メイン・プログラムであったマーラーの第5交響曲の演奏は、響きの重さと奥行きには不足していたものの、この演奏でも随所で大野の精密なスコアの読みと絶妙のバランス感覚が、細やかな歌に結びついていた箇所もあった。とくにスケルツォとアダージェットの楽章が印象的だった。フィナーレにもう少し表現の振幅と勢いがあれば、インパクトのある名演に仕上がっていたのではないだろうか。(この演奏会について詳しくは:http://homepage.mac.com/nob.kakigi/Ono_Monnaie_290905.htm)
 この夜の大野の指揮ぶりを見て思ったのは、スコアの精緻な読みを音楽的な表現、とりわけ自然な息づかいをもった歌に結びつける手腕に関して、彼の右に出る指揮者はほとんどいないのでは、ということである。少なくともこの点で、現在活躍している日本人指揮者のすべてを凌駕していよう。しかし、まだ大野は彼自身の読みにまだとらわれているのではないか。自分の頭のなかで構築したバランスをつくることに気を取られてはいないだろうか。とりわけ大野が振るマーラーを聴くとき、まだ彼自身が音楽と一体化しきれていないように思われるのだ。しかし、大野とモネ劇場のオーケストラの親密な協働を見るかぎり、彼の読みと表現を一体化させることも不可能ではあるまい。この夜の演奏は、その期待を抱かせるものであったように思われる。

 最後に演奏会場であった倉敷市民会館についてひと言。かなり古い建物であるが、そのホールの天井はすべて木造りのうえ、それに木彫の装飾まで施されていて、ちょっと贅沢な造り。そのため音響は、よいとは言えないにしてもけっして悪くはない。客席の奥行きがそれほどなく、会場全体の一体感を生みやすい点も好ましい。この市民会館のホールと芸文館のホール、それから大原美術館を会場に、倉敷では、現在わたしが住んでいる広島よりも頻繁に質の高い演奏会が催されている。その背景には、地元の企業の、おそらくは社会的な責任に対する感覚にもとづく財政的な支援があるようだ。たしかに倉敷独特の企業人たちの結びつきが作用しているのかもしれないが、企業が芸術的な活動を支援し、芸術の受け手も含めた将来の都市文化の担い手を育てなければ、企業が生きていくための環境そのものが荒廃してゆくのは間違いない。自己保存に汲々としている広島の企業に不足しているのは、そのことに対する危機感と、何よりも文化的な土壌づくりを含めた社会構築に対する責任感であろう。

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