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味覚と記憶、そして手仕事としての発明

 プルーストのあのマドレーヌのことを持ち出すまでもなく、味覚というのは記憶を喚起する不思議な力をもっている。しかも、思い出された過去の味覚が、過去の経験を思い起こさせることさえありうるのだ。最近読んでみてなかなか面白かった小説ウーヴェ・ティムの『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』(原題は『カレーソーセージの発見』、浅井晶子訳、河出書房新社)のなかで、後にカレーソーセージを「発見」することになるハンブルクの女性レーナのところに転がり込んだ脱走兵ブレーマーは、おそらくは精神的なストレスのために味覚を失っているにもかかわらず、かつてインドでカレーを食べて、当時陥っていた抑鬱から立ち直った話をレーナに生き生きと語って聞かせる。そしてレーナは、そんな彼のことをふと思い出したがために、けっして必要ではなかったカレー粉を手に入れ、偶然にカレーソーセージを発明することになる。さらにブレーマーは、立ち寄ったレーナの屋台で彼女のカレーソーセージを口にすることで、失っていた味覚を取り戻すのである。
 そのような物語を、作者のティムは、年老いて屋台を閉め、老人ホームに入っていたレーナから、屋台の常連客の一人でカレーソーセージのルーツに興味津々な「僕」に聞き出させるかたちで紡ぎ出している。したがって、語り手が「僕」になったり、レーナになったりするのだが、そのように、この二人を中心とする複数の視点から、ヒトラーがエヴァ・ブラウンと結婚した日に始まる、第二次世界大戦末期から、ドイツの敗戦を経て、戦後の復興期に至る、ハンブルクとそこでの「カレーソーセージの発見」を中心としたドイツの歴史を、ティムは物語ってゆく。そうして彼は、一つの視点だけを絶対視することなく、言わば複眼的にこの歴史を描いているのだが、それを通じて彼が最も愛情を込めて生き生きと描き出しているのは、やはりレーナという女性の姿である。
 レーナは一面では確かな現実感覚をもって、戦争末期以来の混乱をたくましく生き抜いた「強い」女性である。しかし、それでいてけっして実直さを失うことはないし、何よりもファシズムと、それと無関係ではない男性の理不尽な横暴に屈することなく自分自身に誠実であろうとするあたりには、爽快感すらおぼえる。彼女は、時にヒトラーの手先に対して歯に衣着せない言葉を浴びせるが、何よりも圧巻なのは、出戻りのくせに横柄な夫を叩き出す場面であろう。とはいえ、レーナは他面で実に情にもろい。ひょんなことから知りあった、二十ほども年下の兵士に恋心を抱き、彼をかくまってしまうし、ハンブルクが降伏しても、出て行ってもらいたくないがために、降伏の事実を告げずに、この兵士を半ば監禁してしまう。そして、大喧嘩の末に彼が出て行った後も、彼のことが忘れられず、そのことが先に述べたように、彼女にカレー粉をもたらすのである。そのような現実感覚と感情の大きな振幅のうちに、レーナという女性の魅力があるのだろう。
 そのように、比較的若かった──と言ってもすでに四十を過ぎていたわけだが──レーナも魅力的ながら、年老いて盲目となったレーナの記憶力にも驚かされる。部屋のどこに何があるのか、コーヒーを二杯分淹れるために何をしなければならないか完璧に記憶していて、彼女を訪れた「僕」の前に、いつもきっちり同量のコーヒーを二杯運んでくるし、編み目を指で数えて複雑な絵柄のセーターを編み上げてしまうのである。そのセーターを完成させて間もなくレーナはこの世を去ってしまうのだけれども。
 おそらくこのような驚くべき記憶力と、味覚をはじめとする感覚は、彼女のなかで相互に補完しあうかたちで、緊密に関係していたことだろう。味覚は記憶力を喚起し、記憶力は味覚を鋭く研ぎ澄ませたのではないか。そして、両者の相互補完的な関係が、今手許にある乏しい材料からの、プリコラージュのような手仕事としての発明の才を、レーナにもたらしたのではないだろうか。ティムによるカレーソーセージ発見譚においてレーナは、記憶と味覚が相互に喚起しあうなかで、「どんぐりコーヒー」を、「にせの蟹スープ」を、そしてついにはカレーソーセージを、手近な乏しい材料の組み合わせのうちに見いだしていったと考えられるのである。
 この発見に至るまでの経緯を、ティムは実に淡々とした文体で物語っている。その後の展開には、やや性急で、またありきたりなところもなくはないのだけれども、大げさになりすぎることのない語り口は、戦争末期から戦後の復興期に至るドイツの歴史のさまざまな側面──これをティムは何人かの、これまた面白い登場人物に代表させている──に、読者が冷静に向きあうことを可能にするものなのかもしれない。訳文も読みやすい。
 蛇足ながら、カレーソーセージについてひと言。やはりこれは「カレーソーセージ」と書くと、何となく力が抜けてしまう。やはりドイツ語で「Currywurst」、せめて「カリーヴルスト」とでも言わないと、わたしとしては味とともに紙皿に載ったその姿が思い浮かばないし、食べようという気にもならない。とはいえ、大した料理ではなくて、どちらかと言うとジャンク・フードの部類に属する。焼いたソーセージを鋏や機械でぶつ切りにして紙皿に盛り、それにケチャップをたっぷりとかけ、そこにカレー粉を振れば出来上がり。プラスチックのフォークで、基本的には立って──多くの場合屋外で──食する。と言ってしまうと身も蓋もないかもしれないが、このケチャップがただのトマトケチャップではない。ドイツのスーパーに置いてある「カリーケチャップ」を使うとそれらしい味がするが、それを使えばよいというものでもなく、さまざまな香辛料の組み合わせで──ほんとうはこのあたりが「カレー」の妙味なのだろう──オリジナリティをもったケチャップソースを作って、味を競うことができるようだ。これもティムが『カレーソーセージの発見』で教えてくれたことである。
 これまでは、1949年にベルリンのカント通りの角でヘルタ・ホイヴァーがカレーソーセージの屋台を開いたのが、その始まりということになっていたのだけれども、ティムのこの小説以来、小説の主人公であるハンブルクのレーナ・ブリュッカーも、その発明者として注目されるようになったようである。ちなみに、彼女が発明者ということになると、カレーソーセージの誕生は2年早まって1947年ということになる。
 ちなみに、今住んでいる広島のお好み焼きも、戦後の復興期に産まれた名物料理のようだ。これを食べて育ったわたしの妻は、ベルリンでカレーソーセージがいたく気に入って、発つ直前にもそれを食べていた。カレーソーセージとお好み焼きを比較してみるのも面白いかもしれない。

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