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香月泰男の絵

 ひろしま美術館で開催されている「香月泰男展」を見に行った。
 山口県の三隅に生まれたこの画家のことはこれまでほとんど知らなかった。シベリアに抑留された経験をもち、その経験を描いた絵があることくらいしか頭になかったのである。しかし、その絵を実際に目のあたりにしたとき、同時代の美術の潮流に背を向けるかのようにして自分自身とその「地球」(香月の作品には、「私の地球」という題で身近な人や事物を温かなまなざしで描いた絵のシリーズもある)を描きつづけたこの画家の重要性を認識しないわけにはいかなかった。
 今回、1945年の8月から1947年5月に至るシベリア抑留の経験を描き、みずからの言葉を添えた「シベリア・シリーズ」の大部分に接することができたのは幸運だった。当時の感情と収容所の空気の重苦しさを一つながらに表現するかのように絵の具を厚く塗り重ねたなかから色彩や形態を浮かびあがらせる、香月の晩年様式の絵がとりわけ印象に残る。なかでも惹かれたのが、「青い太陽」(1969)と題された作品。彼は、収容所のくまなく監視された剥き出しの生を生きるなかで、みずからの身を隠す巣穴をもった蟻に憧れたという。その巣穴から仰ぎ見られる空を描いたのが、この作品とか。巣穴の暗さと、そこからのぞき見られた空の柔らかな青とのコントラストが、彼の飾らない憧れを見事に描き出しているように思われた。
 これと対照的な作品として印象的だったのが、「業火」(1970)と題された作品。日本敗戦の際に住民の手によって火を放たれた兵舎が燃える様子が描かれている。その炎の赤は恐ろしいまでの動きを示しているように見えた。火を放った人びとの憎しみが止めどなく湧き出して、燃えさかっているかのように見えたのだ。
 彼が、収容所で死んだ仲間を悼んで描いた作品にも立ち止まらされた。とくに「涅槃」(1960)と題された作品では、暗い色調のなかに、ほとんど幾何学的な形態にまで彫りあげられたかのような仲間たちの死相が浮かんでいた。顔の切りつめられたフォルムは、この死者たちが名前を失い、それぞれの人格を奪われたなかで餓えと疲労に苦しまなければならなかったことを示しているのだろうか。裏返しのセザンヌとでも呼ぶべき表現。
 こうした死者たちの顔は、香月の脳裏に繰り返し浮かんでいたようだ。帰還を前にしてナホトカの渚にシベリアの囚人たちが集まっているなかにも、その顔は回帰している。生きているはずの人びとの顔が、香月自身認めるように、幾何学的な死者の顔になっているのである。
 こうして「シベリア・シリーズ」を見てくると、香月は、凄惨な抑留生活を経験しながらも、声高なメッセージを発することなく、静かに、みずからの様式を練り上げながら、自分自身の経験に向きあっているように思われる。そうした彼の歩みを、同じくシベリアに抑留された経験を言葉にしていた石原吉郎のそれと対照させてみたい誘惑に駆られているところである。

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» 常設展+香月泰男展@財団法人ひろしま美術館 [Megurigami Nikki]
 先日、広島へ帰省した折に良い機会だということで、広島美術館へ行ってきました。財団法人ひろしま美術館は広島銀行にて収集された多数の西洋画を寄贈したことで建てられたもので、少数ながらも質の良い常設展がされています。  美術館としては、その建築そのものが面白いのも一つの見所です。長方形の敷地には、南側を入り口として中央に丸型のケーキのような建物が鎮座しており、これが常設展の建物。この丸型の建物の内部は、また4つのファンを持つ換気扇のような構造をしており、それぞれのファンが各展示室になっています。こ... [続きを読む]

受信: 2005年8月11日 (木) 00時39分

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